銀座【哥利歐(ゴリオ)】|古き良きものを守る文学的矜持~ヒトサラ編集長の編集後記 第29回
哥利歐という名前からは、なんでも平易にしてしまいがちな風潮に抗うように古き良きものを守る文学的矜持を感じます。そんな哥利歐にお邪魔しました。いろいろ世の中が騒がしすぎて、今日は落ち着いてステーキを味わいたいと思ったからです。
銀座でステーキをいただくということ
哥利歐。
改めて何人の人が読めるのだろうと思ってしまいました。「ゴリオ」と読みます。炉窯ステーキの有名店であり、かの敷居の高い【麤皮】の分店でもあります。麤皮も難しいですね。「あらがわ」と読みます。知っている人にとっては、もはや常識の名店ですが、初めての人にはとっつきにくい。
検索に引っかかるのかしら、などと思ってしまう。そしてそれがバルザックの小説から取られたネーミングであるということも、これまた知る人ぞ知る、です。なかなか間口の狭さを感じる名前です。ただ、間口が狭いほうが奥行きの広いとも言います。それも正しいのだと思います。
哥利歐という名前からは、なんでも平易にしてしまいがちな風潮に抗うように古き良きものを守る文学的矜持を感じます。
そんな【哥利歐】にお邪魔しました。いろいろ世の中が騒がしすぎて、今日は落ち着いてステーキを味わいたいと思ったからです。
入口にバルザックのモニュメントがあります。重厚なドアを開けると良き時代の風情を残したウッディでクラシカルな雰囲気が広がります。
テーブルに腰を据えると、目の前に窯が見えます。これも古典的なステーキハウスならではの風景でしょうか。【哥利歐】も【麤皮】も、なかなか手に入らない最高級の但馬牛が名物です。部位の注文にも応じてもらえますし、なかには生産者を特定して注文する方もいるとか。
メインのお肉の分量を聞かれたので2人で400gのサーロインをお願いしました。焼きはミディアムレアレア。というのも、【哥利歐】では焼き具合を10段階で調整してくれるからで、かなり自分の好みに近い焼き方を提供してくれます。
燻製サーモンとルイジャドのムルソー
前菜は季節のものを月替わりにということです。この日は、『フルーツトマトのアメーラとアスパラガスの温製』でした。ソテーされたフルーツトマトの爽やかな甘さと茹でたアスパラガスの新鮮な食感が春を感じさせてくれます。フランスのワインが中心だということで、定番っぽいルイジャドのムルソーを冷やしてもらっていただきます。
そして、名物の『自家製高温燻製サーモン』。これは5日間塩漬けしたサーモンを1匹そのまま炉窯にてじっくり燻製したのもので、これを目当てにくる人も多いといいます。年一度ときしらずが市場に回るときもそれで対応とのこと。なんだかレア感ありますね。
コースなのでポーション小さめとのことでしたが、しっかり肉厚のものが2つ。
薫香が華やかで、口に含むとしっとりとした歯ごたえ。ほどよい塩味はレモンを垂らすと際立ち、ワインに寄り添います。ワインも少し力を感じる樽香のあるもののほうがよさそうです。冷えたムルソーとのマリアージュには成熟した世界を感じます。こういう時間を過ごせること自体が贅沢に思えてきます。
パンはドイツパンで、八分仕上げのものを仕入れ、それをここの窯で完成させて出しているとか。有塩バターをたっぷりつけていただきます。
茶巾の包み上げが出てきました。ナイフをざくっと入れると、トリュフの香りが広がりました。ホタテの包み上げです。パリパリした皮とブールブランのソースに包まれたホタテは、ほどよい塩加減と酸っぱさ。これはステーキに入る前にワインが進んでしまいます。
そしてもう一皿、『毛ガニのサラダ』です。
毛ガニをレタスと一緒にいただきます。温かいホタテのあとに冷たい蟹。北の大地の食材が温度を変えて交互に出されます。レタスのシャキシャキした食感と旨味の詰まった毛ガニの柔らかな歯ざわりの相性も素晴らしい。
サーロインをミディアムレアレアで
さてさて焼きあがったサーロインがやってきました。
カットする前に焼き上がりを見せていただきます。こんがりとむらなく焼き色がついていておいしそう。カットしてもらうと、中は綺麗な赤身。それも焼き色にグラデーションがなく、外側と内側の色がくっきりと、ちょうど肉のタタキのような具合になっています。
「串刺しの肉を高温1000度まで上げた炭の近くで両面を焼き、あとは窯の隅でゆっくり寝かせます。輻射熱と近赤外線効果でこういった焼きになるのです」と鈴木マネージャー。なかなかこの焼き方は難しそうです。「塩と胡椒でシンプルに焼いているだけです。味付けはそれだけです。よろしければマスタードもお使いください」。
まずは何もつけずに食べてみます。まさにタタキのようで、レアな肉を食べている感じです。肉の弾力がしっかりあって綺麗な繊維感があります。肉にストレスのない感じがします。ジューシーというよりしなやかで、じんわりとうまさが口の中に広がっていきます。これは400gでもいけそうと思ってしまいます。
ワインを合わせてもらいました。オーメドックのch.カントメルル2010.
ボルドーのワインを好む人が多いらしく、ビンテージにも結構気をつかっているとのこと。2010年のオーメドックのなかでもこのワインは評価の高いもので、人気だそうです。
マスタードを付けてみます。辛さのつよいものですが、たっぷりつけても肉に馴染んでくれます。2010年のオーメドックはとてもエレガントで、付け合わせのジャガイモの甘さも引き立ててくれます。ゆっくり噛みしめながらいただきますとだんだんお腹はいっぱいに。
最後に肉厚の果汁したたるメロンが運ばれてきました。そして最後にコーヒーを。
なんだか「昭和」の上質な時間の流れを感じます。ノスタルジーなのでしょうか。妙に落ち着きます。そういうものを求める人が来るのでしょうか。古き良き何か。
でも、良質なものは幾多の時代の荒波を乗り越えて今に受け継がれてきています。それが伝統であり、老舗であり、古典であり……。
そんな語りかけをされているような気もしました。年をとったということでしょうか。でもまあ、かろうじて哥利歐という字は読めたので、とりあえずひとりほくそ笑むことにします。(2020年3月)
小西克博/ヒトサラ編集長
北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。
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