発酵と薪で無限大に広がる美味の可能性を追究する、若手日本料理人の自然派ワールドへ|渋谷【SHIZEN】
和食×ナチュラルワインで感度の高いグルマンたちの支持を集め予約至難となっている【酒井商会】。同じビルのワンフロア上に【酒井商会】店主・酒井英彰氏が「薪と発酵」をコンセプトにした料理を追究中の若き日本料理人・國居優氏のために空間をプロデュース。正統派ながらも他とは違うアプローチで新たな境地を開こうとしている國居氏の料理の魅力に迫ります。
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自家発酵で食材の旨みや酸を利用
熱源は薪のみ
国産を中心のワイン、日本酒でペアリング
調味料は自家発酵、熱源は薪火のみの制限が生む新しい味わい
日本の伝統や心を大切にしながら卓越したセンスで時代を先取りした店づくりをしている【酒井商会】店主・酒井英彰氏。その酒井氏に、これからの時代を切り拓く料理人としてその感覚や実力を認められたのが國居優氏です。
調理師学校を卒業後、正統派の日本料理の名店【懐石 小室】で4年の修業後、在フランス領事館の公邸料理人を務めるためにフランスに渡りました。そこで興味を覚えた薪を熱源にする料理を探究するべく、帰国後は薪料理で有名な調布の【Maruta】へ。薪による火入れの技術だけでなく発酵も学ぶうち、「薪と発酵」をコンセプトにする日本料理を形にしたいと思うようになり、酒井氏にプレゼンしたそうです。
酒井氏の共感を得て実現。土壁、石切りなど日本が誇る左官の技術を集約した静謐の空間に、暖炉の炎がまるでオブジェのように美しく揺らめいている
「醤油やお酢を使わず、魚介や野菜や果実、趣味の野山歩きで採取した木の葉、花、実などを発酵させ、食材がつくり出す旨みや酸を利用しています」と話す料理長・國居優氏。例えば、春なら旬のホタルイカで自家製の魚醤をつくったり、ポン酢には発酵トマトの酸を利用したりしています。
「決して新しいことをしているつもりはないんです。きっと、昔の人は自然の恵みをこんなふうに利用していたのではないか、と想像しながらいろいろ仕込むのが楽しくて」と、カウンター席の背面に設えられた貯蔵庫を見せてくれました。
客席からも覗くことができる貯蔵庫。さまざまなものを塩漬けにし、発酵させている瓶が並んでいる
自然の中を歩くのが今や趣味となっているという國居氏。知らない草花や木、知らない香りもたくさんあり、その未知の可能性が発想の源になっていくとのこと。
「クロモジの木やヒノキの葉っぱは知っていても、それを塩漬けにするとどんな風味になるのか、とりあえずやってみることで、新しい発見があります。オープンした今年の初めには、うどを発酵させた酢に椿の花を漬けてみました。それをお造りや焼魚などに添えることで、鮮やかな色や季節感に加え今までに出会ったことのない風味を味わっていただくことができたのではないかと思います」。
3月には山菜と青苺を塩漬けにしたものを胡麻和えにして1品目で提供。「見た目だけでなく、食感や香りで春の訪れのワクワク感を表現しました」と國居氏。
コースの先付け『山菜と車海老の胡麻和え 発酵苺』(メニューは季節で変わります)
甘みはないが、小気味良い食感とチャーミングな香りの青苺を塩漬けに。北欧では春の訪れを知らせる食材としてポピュラー
また、薪火で火を入れた菜花と白魚に合わせたのは、発酵させたグリンピースと蛤のだしでのばしたもの。その緑のだしの中に浮かぶオレンジ色は金柑です。「日本料理の風味付けとして定番になっている山椒や柚子に頼らず、季節に合わせて変えていきたいと思っています」。
菜花の苦味と白魚の内臓の苦味を楽しむ春の焼き物『薪焼き菜花と白魚 発酵グリンピース』
発酵の力で密封袋がパンパンに膨らんだグリンピース
塩漬けの発酵だけでなく、木の内側を土壁で塗ったネタケースに灰を敷き詰め、魚を寝かせて熟成させることもあります。「土壁は発酵土ですよね。調湿機能に優れているので、箱の中の湿度が安定するんです。魚やワカメなど余計な水分を吸収し、しっとりしながらも旨みを深めることができる“灰干し”という日本の伝統製法にもヒントを得て特注でネタケースをつくってもらいました」。
内側に土壁を塗った特注のネタケース。灰を敷き詰め魚を熟成させると身はしっとりとしながら旨みを増し、脂も上質の味わいに
熱源はほぼ薪のみ。炭火とは違う柔らかな火入れが特徴
【SHIZEN】のもうひとつのテーマ「熱源は薪で」という発想は、國居氏がアルザスの在フランス領事館で公邸料理人を務めたことがきっかけで生まれました。
「アルザスの人たちは暖炉で料理をすることが多く、薪火での火入れに興味を持ったのです。日本もほんの100年くらい前までは熱源のほとんどは薪だったわけで、特別なことではないけれど、現代では忘れられた何かを呼び起こすこともできるのかなと思ったのです」。
料理や食材に合わせて火をコントロール。山梨のワイン畑から届く甲州の葡萄樹の剪定枝や、ナラ、桜の木を使い分けている
炎の中で魚の皮目を炙って叩きにすることもあれば、熾火で肉や野菜にじっくり火を入れたり、胡麻を煎ったり、ご飯や野菜を煮炊きしたり、料理に合わせて火をコントロールしながらコースで9品が供されます。
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灰で熟成させた鰆の皮目を炙ってお造りに
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野菜は熾火の上で炙ったり、鉄鍋で炒めたり。目指す食感や香りによって火をコントロール
器の蒐集も趣味という國居氏の器使いもまた楽しみなところ。冷酒に使われているバカラのアンティークグラスは、フランス滞在時にパリに足繁く通って買い集めたもの。食材や発酵、薪の扱いだけでなく、器に関しても27歳とは思えない知識の深さに感心させられます。
国産を中心にしたワインと日本酒のペアリングも秀逸
ソムリエを務めるのは【酒井商会】のオープンからサービスを担当し、ナチュラルワインのセレクトで評判を得てきた城戸美貴子氏です。「正統派の日本料理なので、ワインだけでなく日本酒も交えながらペアリングを考えています。海外からのお客様も多いので、日本のワインを積極的に紹介していきたいですね」とのこと。
基本的には國居氏のピュアな料理を邪魔しないような軽く飲みやすいお酒を合わせ、美しい余韻を感じさせてくれるセレクトで楽しませてくれます。
海外のワイナリーを巡ったり、研修したりして経験と知識を深めてきた城戸氏
「鰆のお造りには、吟醸酒のような香りや味わいを感じる甲州ワインを、敢えてワイングラスではなく、大きめの猪口で提供しています」と城戸氏。時代の先端を感じるセンスは流石。会話や飲み方からゲストの好みも探り、クラフトビール、焼酎、ジンなども交えるなどして臨機応変に対応してくれます。
『灰熱鰆 発酵新玉ねぎホタルイカ醬』に、吟醸香のニュアンスがある『98wines霜(SOU) 白 甲州』をあえてぐい呑みでペアリング
『薪焼き菜花と白魚 発酵グリンピース』に雪解け水のような綺麗な味わいに少しだけ発酵感がある『産土 山田錦』をペアリング
見た目は正統派の日本料理ですが、口に入れると薪ならではの火入れの食感、香りに加え、季節の食材を発酵させたその時季限定の臨場感で、まさに「自然」を堪能できるのです。また火を操りながらの料理は、料理人の本能を刺激するのかもしれませんが、見ている方も高揚感や癒しの感覚を味わうこともできます。
野山歩き、発酵、器など興味を持ったこと、好きなことを徹底的に追究する國居氏。人柄を感じるピュアな味わいが心に深く染み入る
日本料理の伝統の手法を新たな美味に昇華させて独自のスタイルを追究している國居氏。その温故知新の手法は、日本料理はもちろん、そのほかのジャンルの料理人にも影響を及ぼす予感。今後の活躍がますます楽しみです。
渋谷警察署の裏手。昭和の面影を残すビルの3階にある。隠れ家的な佇まいも魅力
撮影/佐藤顕子 取材・文/藤田実子
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