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更新日:2017.02.27食トレンド 連載

銀座【小十】~八寸の森から<ヒトサラ編集長の編集後記 第9回>

「料理人って、食材を支配してるというか、ある意味支配しないと料理ってできないじゃないですか。でもこういう天然の大物は支配などできない。そういうやつに出会うと、料理人もすべてが思い通りいかなくっていいように思うんですよ」。

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自然を取り込む料理、そこからはみだす料理

 写真は銀座・小十、霜月(11月)の八寸(はっすん)。
 秋真っ盛りといった風です。

 その語源をたどれば、懐石料理の献立。八寸(約24センチ)の正方形の杉のお盆に乗せる前菜で、季節のものを乗せてお供えをする神事から来ていることばとあります。

 通常「前菜」と説明されることが多い八寸ですが、しかしこの前菜、すでにここに日本料理のすべてが凝縮されているような気がします。
 季節の野菜は言うに及ばず、旬の海や山の幸が盛り付けられ、お店によってそれぞれ違う装いが季節を彩る着物のように美しく、それだけでひとつの完成された小宇宙を感じてしまうからです。

 この小十の八寸には秋の色を纏った木の葉のなかに、渡り蟹の若布酢ゼリー掛け、春菊と椎茸のお浸し、昆布締めにいくら茸おろし和え、松茸のフライ、秋刀魚の棒寿司、柿と巨峰の白和えが散りばめられています。
 迷い箸は不躾と承知ながらも、こうなると箸をつけるのがもったいない。

 冷たいお酒の後、温めの燗酒を頼みながら、ゆっくりとひとつひとつ秋の森を散策する気分でいただきました。
 そして体が少し温まったころ、温かなお椀、海老進上が出てきて、ほっと一息。森を抜けて海の風景が見えてきます。
 目の前で奥田さんが刺身を切り始めました。

パリの魚屋さん

 奥田さんは、世界で一番小さな料理店としてミシュラン3つ星を獲得した料理人で、パリにもお店を出しています。いまではパリで一番有名な日本料理店なのかもしれません。
 本物の日本料理を伝えたい。
 そういう話になると奥田さんは俄然饒舌になります。彼の日本料理に対する熱い思いがよくわかります。

 そんな奥田さん、月に1週間はパリで暮らしています。訊けば最近はパリで魚屋さんをしているそうです。
 「パリに美味しい刺身がなかったからですよ。本物の日本料理を知ってもらうためには妥協したくない。だから魚を日本で食べるのと同じ条件で提供したいと思ったんです。そりゃいろいろ苦労はありますよ。でも誰かがやんなきゃと思って」

 つまんでみて下さいと、ヒラメやマグロの刺身が渡されます。
 寝かせたヒラメの弾力、脂を纏ったマグロの口どけ。刺身の旨さは格別です。

 「刺身をずっと食べてきた日本人は魚の旨さ知っていますが、欧米人にこの味はなかなか伝わらない。だから本物を提供しようと思ったんですよ。魚の本当の旨さは生き締めによってもたらされます。海から町まで活魚を運ぶシステムと、生き締めのテクニックの伝達。これができれば、魚料理の美味しさはもっと広がるんです」
 奥田さんの見事な包丁さばきを眺めながら、たしかにこの生魚のおいしさは日本料理の味を大きく左右するだろうなと改めて思いました。

八寸の森の対局にあるもの

 しばらく魚談義が続いた後で、メインの焼物として、天然鰻の蒲焼きと、かますの松茸巻きが出てきました。綺麗に調和がとれた厨房がワイルドな煙に満たされます。すごい煙です。換気が追いつかない。
 「天然鰻の大きなやつって、これ、もう普通の鰻とは別の生き物だと思うんです。養殖で餌を与えられてきた普通のものと、いろんなものを自分で食べて長年生きてきたものとでは、こっちも扱ってて全然違う」。

 そういいながら奥田さんは、大きな蒲焼きに包丁を入れていきます。
 口に含むとすごい弾力。いままでの流れで食べようとするとはじかれてしまいそうな勢いです。野生のものに共通するのかもしれませんが、確かに食べると素材の持つ強さというか、食材そのものが生きているかのような力強さを感じます。命をいただいている感じが伝わってきます。これは新鮮なジビエをいただくときと同じです。

 「料理人って、食材を支配してるというか、ある意味支配しないと料理ってできないじゃないですか。でもこういう天然の大物は支配などできない。そういうやつに出会うと、料理人もすべてが思い通りいかなくっていいように思うんですよ」。

 料理人は自然に対し謙虚たれということなのだろうか。
 盛り付けてもはみ出すポテンシャルがそこにあるということなのか。
 名人といわれる料理人をしても、これはギリギリのところで勝負しているという感覚なんだろうか・・・
 いろいろ考えさせられてしまいます。

 この料理は、八寸の森の対局にある気がしました。自然の散策というより自然との格闘。
 八寸が自然を取り込んだ料理なら、この天然大鰻ははみ出す料理なのでしょう。野生の荒々しさは、店の名前にもなった西岡小十が焼いた皿をも圧倒し、綺麗に静かに収まることを拒絶しているかのようです。
 料理人はそれらを理解した上でそれらがあるべき姿に料理する。
 なんか理屈っぽくなってしまいました。
 料理ごとに変えられるお酒がまわってきたからかもしれません。

実はダイナミックな日本料理

 煮物に、蓮餅、栗麩、キノコあんかけ。
 天然ものとの格闘のあとの、静かなやさしさ。

 最後に甘鯛と松茸の御飯が出てきました。贅沢な海と山の幸が秋の風景の中で暖かな湯気をたてています。シメというには豪華すぎる一品ですが、美味しいお米を食べるというのも、美味しい魚同様、日本料理の醍醐味だと思います。秋味をかみしめるようにいただきました。

 デザートは小豆アイス、栗の最中、巨峰ゼリー寄せ。
 シメにレローのコニャックをいただきました。甘味の後のコニャックはまた格別で、長い旅を振り返る気分にさせてくれます。

 秋の森の散策に始まり、海山の幸を味わい、天然鰻に野性味を呼び覚まし、秋味のデザートで火照った体を沈める。
 日本料理って思いのほかダイナミックであることを再発見した夜でもありました。

 

この記事を作った人

小西克博(ヒトサラ編集長)

北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。

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