「スパイスは食材を殺すもの」その言葉の真意とは? 独創的な中華×スパイス×ワインをカジュアルに楽しむ【nope】
祐天寺で、スパイスカレーや「カレーの分解」をテーマにしたコース料理を提供し、人気を博してきた【レカマヤジフ】が、2023年2月、惜しまれつつ閉店。しかし同年7月、腕を揮っていた高木祐輔シェフが、今度は千歳烏山に新たな店をオープンしたとの情報を聞きつけ、どんなお店なのか訪れてみた。
祐天寺【レカマヤジフ】といえば、2020年コロナ禍中のオープンながら、その謎めかしい店名にスパイスカレー、「カレーの分解」をテーマにスパイスを巧みに使ったコース料理で、当時、一躍グルメメディアの話題をかっさらったお店だ。
その【レカマヤジフ】が、なんと2023年2月に閉店した。しかし、その理由は「シェフ独立のため」とけっしてネガティブなものではない。閉店からおよそ半年、2023年7月に千歳烏山に新たにオープンした【nope】で、ふたたび高木祐輔氏のスパイスマジックを堪能できると聞いて、早速訪れてみた。
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コンセプトは「中華×スパイス×ワイン」
「スパイスは、食材を殺すもの」
スパイスとの出会いは、めぐり合わせ
コンセプトは「中華×スパイス×ワイン」
落ち着いた雰囲気の住宅街が広がり、駅前には下町のような庶民的な風情が漂う千歳烏山。駅から徒歩1分、一見気づきにくいビルの2階に【nope】はある。
入ってみると、カウンターとテーブル席1つほどのこぢんまりとした店内。しかし部分を見ていけば、剥き出しの天井に、グレーを基調としたシンプル配色、フラットなカウンターが醸す雰囲気は、肩の力が抜けた都会的な印象だ。
きっと、内装だけを見てコンセプトの中に「中華」が入っているとわかる人は少ないんじゃないだろうか。
都会的なスタイリッシュさと落ち着きを感じる店内
「この辺りにはないような料理だったり雰囲気のお店になればいいなと思って。やっぱり地元の人に使ってもらいたいですからね」
高木シェフがめざしたのは、地元の人が気軽にワインが飲みにこられるカジュアルなお店。コース料理がメインだった【レカマヤジフ】とは打って変わって、ここ、【nope】では「中華×スパイス×ワイン」をコンセプトにアラカルトメインで楽しめる。
『銚子の鰯 葱生姜のタレで、巻いて』。イワシは表面を炙り、ネギと生姜でつくったタレと数種類のハーブとともに。蕎麦粉のクレープで巻いて手で食べるというプレゼンテーションのアイデアが光る。
ただ、そうは言っても料理はかなり独創的。
ベースは、修行時代に「ザ・ペニンシュラ東京」でみっちり仕込まれた広東料理だが、その頃に積極的に他店舗の研修にも訪れ、上海、四川から少数民族料理までも学んだ。そして前店【レカマヤジフ】のシェフに就くと、インド家庭料理などのエッセンスも取り入れて、スパイスを使った独自の料理表現を探求。
自在な調理法の引き出しによる斬新なアイデアと調理技術で、ほどよくスパイスが香る、ワインに合う料理を形にしていく。
南アフリカ、日本では取り扱いの少ないイタリアワインを中心に約30種類のワインを置く。「人が選んだものでは、情も乗らない」と、シェフみずからが飲んで気に入った、自信をもってすすめられるワインばかり
「スパイスは、食材を殺すもの」
「スパイス」が店のコンセプトともなっているのだから、シェフ自身はスパイスの魅力や奥深さをどう感じているのだろうか。そう思って質問してみたところ、予想外の答えが返ってきた。
「スパイスの香りを足すということは、食材自体がもつ香りがなくなるわけですよね。つまり、ある意味、スパイスは食材を殺すものだと思うんです。和食がいい例ですが、とくに日本ではいい食材が多いので、スパイスを使う必要がありません。木の芽とか三つ葉とか、旬のハーブはありますけどね」
料理に使用するスパイスはおよそ30種類ほど。
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
歴史的には、食材の保存が難しかった時代に、肉や魚の臭みを消したり、食材を保存したりする際にスパイスが使われてきたともいわれる。しかし、食材の輸送網が発達した現代、とくに食材の味を重視する日本においては、スパイスを使うことでかえって食材の魅力を半減させてしまうことに繋がってしまう。
「僕も日本の食材を使っているので、やっぱり食材のおいしさを味わってほしいと思っています。だから“激辛”とか“痺れ”とか、スパイスを強く利かせるのは自分の表現したい料理とは違うかなと」
「食材のおいしさが出て、かつスパイスが香る。その難しいバランスを求めて、日々格闘しています」と高木シェフ
高木シェフの“食材重視”の調理をよく表しているのが、シグネチャーである『前菜の盛り合わせ』だ。一口サイズの前菜が8種類盛り付けられたこの皿は、それぞれが一つの食材にフォーカスして、メインとなるスパイスを決めてシンプルにつくられる。
例えば、ソテーしたズッキーニに花山椒の粒をまとわせたもの、炊いた冬瓜を冷やして青山椒のパウダーを振ったもの、カルダモンを使ってマリネしたソーメンカボチャなど。
それぞれのスパイスの印象は確かにはっきりしているが、その風味は穏やかでやさしい。なおかつ、メイン食材の魅力はド直球で伝わってくる。その紙一重のバランス感覚たるや。【nope】のスパイスの使い方に出会うと、冗談抜きで「まだまだ知らない食の世界がある」ということを実感させられる。
『スパイス×前菜盛り合わせ』。この日は、カリフローレのドライサブジ、冬瓜の冷製と青山椒、腐乳と唐辛子でマリネした白ナス、砂肝のアチャール、カルダモンでマリネしたソーメンかぼちゃ、白黒きくらげのアチャール、花山椒をきかせたズッキーニのソテー、黒まいたけとメティーリーフのロースト
スパイスとの出会いは、めぐり合わせ
元々は、「ザ・ペニンシュラ東京」の広東料理【ヘイフンテラス】で良質な食材にこだわる広東料理の技術を身につけた高木シェフ。在籍中、24歳で次世代トップシェフへの登竜門である「RED-35」でGOLD EGGも受賞。6年間の修業を経て、2020年には【ヘイフンテラス】を退職した。
有名なシェフのもとで、さらに中国料理の腕を磨くことも考えていたが、当時の自分の状況と照らし合わせて、そうではない道を選んだ。
「僕自身、子ども二人と妻という家族がいて、仕事にかけられる時間には限りがあった。そんな状況で、シェフのオーダーすべてに応えるのは難しく、迷惑がかかると思いました」
そんな折、別の店で知り合った仕事仲間に「スパイスをテーマにしたお店のシェフをやらないか」と誘われた。
「カレーも別に好きではなかったですし、スパイスにはまったく興味なかったですね」
その時の決断が、シェフ自身の“生き方”に対する考えをよく表している。
「“中国料理の腕をさらに磨く”という人生を選ばなかった以上、違う道、違う自分に挑戦したい。そう考えて、その誘いを受けることにしたんです」
そうして【レカマヤジフ】のシェフになり、初めて、本腰を入れてスパイスに向き合うことになる。独学でインド料理のスパイスの使い方などを勉強し、だんだんとスパイスの組み合わせ、使い方に対する感覚を研ぎ澄ませていった。
「スパイスって魅力もありますけど、苦味やえぐみもあるじゃないですか。そういう部分は、本を読んだとしても実際に使ってみなければわかりません。『これだけ入れたら美味しくない』とか、試行錯誤しながらだんだん適切な量がどのくらいなのか掴んでいくようなイメージでした」
『豚の角煮 宝塔肉』。皮付きのバラ肉を赤米で煮込み、とろけるような食感と甘味に。山椒、シナモン、八角などのスパイスで、香りもやさしく甘やか
「なるようになってるんだなぁ、と思いますね」
【レカマヤジフ】で培ったスパイスの経験は、間違いなく高木シェフのオリジナリティを高めた。だが、【レカマヤジフ】から独立してつくりたかったのは、集大成としての“自分の城”ではなく、ゆくゆく展開していけるようなお店だという。
【nope】はその1店舗目という立ち位置だ。
【レカマヤジフ】でスパイスに向き合った時間の積み重ねが、今の自分の強みになっているという高木シェフ。
「今、自分には子どもが二人いて、上の子はそろそろ小学生。そんな時に“自分の城”をつくったら、売上と時間に追われてしまう。子どもは大きくなったら親から離れてしまうからこそ、今の時間を大切にしたい。ただ、将来的には集大成となるお店も出すつもりではありますし、これからの【nope】での経験も含めて、“集大成で何を表現するのか”は変わっていくんじゃないかと思います」
数年後、高木シェフの集大成がどんなふうにできあがっていくのか。スパイスの香りに包まれた【nope】で料理とワインを楽しみながら、そんな想像をするのもいい。
撮影/今井 裕治 取材・文/郡司 しう
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