更新日:2024.02.29旅グルメ 連載
京都「アマン京都」/【鷹庵】~ヒトサラ編集長の編集後記 第64回
京都の北西部、鷹峯。金閣寺にも近く、かつては本阿弥光悦が移り住んで芸術村をつくった場所にラグジュアリー・リゾートのアマン京都があります。その広大な敷地内に点在する優雅な宿泊施設の石門の外に静かに佇む【鷹庵】は、数ある京都の名店のなかでもひときわ存在感のあるお店でした。
世界のアマンで料理を出すということ
「ここのオファーをいただいたときは、正直困りました。京都で日本料理をやるなんて考えてもみなかったですから、嫌だなって思いましたよ(笑)」
そう語るのは【鷹庵】総料理長の髙木慎一朗さん。金沢【銭屋】の店主で、米国留学経験を持つ国際派ですが、修業先は【京都吉兆】。京料理の頂点で学び、その後は数多くの海外シェフたちとのコラボを経験してきた髙木シェフでも、やはり京都で日本料理を出すというのは相当ハードルが高いのでしょう。
まして世界のアマンが満を持して開業した京都・鷹峯での日本料理ということになると、かなりの覚悟が必要だったようです。
「でもアマンという世界的なブランドには興味がありましたし、7割以上が外国人客と聞いていましたので、自分のキャリアからやれることはありそうだと思いました。鷹峯と言えば本阿弥光悦のイメージが強く、光悦って今でいうプロデューサーみたいな立場じゃないですか。それならできるかと思いまして」と髙木シェフ。
そして、
<京料理は出さない、京料理と呼ばない>
<何を食べているかわかる>
という大前提を決めたのだそうです。
陽が落ちる少し前に到着した我々は、ケリー・ヒル・アーキテクツが手掛けたアマン京都の庭を散策し、それから【鷹庵】に向かいます。【鷹庵】では我々の到着に合わせるように明りが灯されました。シックな黒の壁と温かみのある木のテーブル、そして広いカウンター。今夜はカウンターで髙木シェフに料理をふるまっていただきます。
輪島塗のお椀に思いをのせて
正月だったので、先付は紅白なますが出てきました。子持ち昆布、あわび、とお節をいただくような感じ。お酒は七本鎗のスパークリング「Awaibuki」。甘酸っぱい泡なので、爽やかなスタートです。
お椀は海老芋の白みそ仕立て。白みそがさらっとしていて、やさしい甘さ。海老芋のねっとりした旨みをしっかり引き立てています。何を食べているかが分かるお椀。これが髙木シェフのメッセージです。そしてお椀はもちろん輪島塗。今回被災した場所についての思いも髙木シェフから語られます。
お造りはてっさ。焼き白子が添えられます。日高見の純米吟醸といただきます。「てっさは塩とオリーブオイルで召し上がってみてください」とシェフ。やや渋めのオリーブオイルとの相性はすばらしく、てっさをポン酢の味にしてしまうのはもったいないと思う私にとっては、これは好きな食べ方のひとつです。
箸休めに出てきたのはブリの握りです。大根おろしと千枚漬けがそえてあります。ブリ大根の寿司バージョンといったところでしょうか、外国の人にもわかりやすいプレゼンだと思います。
お皿がユニークなので尋ねると、陶芸家・中村卓夫氏の作だとか。「琳派の趣もあるし、いろんな使い方ができるから」と髙木シェフはかなりお気に入りのようです。合わせてもらったお酒もユニークで、青森・松緑酒造のスッケ。青森の方言で酸っぱいことをそう言うらしく、エチケットに描かれた太宰治が酸っぱい顔をしています。
八寸はどうするのかと訊くと、それはやらないのだとか。
「やはりお皿のなかの食材数を制限することで、料理に集中してもらえるし、お酒とのペアリングも楽しんでもらえるから」と髙木シェフ。
「その分、食材のクオリティを上げて、ひとつひとつしっかり味わっていただけるよう心がけています」。
軸足はしっかり、振れ幅は大きく
さて、先ほどのフグが竜田揚げになって出てきました。南アのノーブル・ヒルのスパークリングを合わせてもらいます。
手を使ってかぶりつきます。寿司もそうですが、素手で料理を口に運ぶという行為も、コースのなかにひとつふたつあったほうが、流れに動きが出て面白いと思います。とくに外国人客が多い日本料理店では、そうかもしれません。
高木シェフは語ります。
「そうなんです。軸足はしっかり自分が学んできた料理に置きます。でも同時に振れ幅は大きくしてみたいんです。食材だって昔と違います。たとえばキャビアなんかもうしっかり日本料理に定着してますし」。
焼物はマナガツオの幽庵焼き。編笠柚子が添えられています。お酒は田酒の山廃。料理の後半でこのシンプルさ、潔さは気持ちいい。しっかりと日本の料理を感じることができました。
「魚は錦の「丸弥太」さんからいただいています。金沢の【銭屋】では父の時代からお付き合いがあり、僕は【吉兆】修業時代にも大変にお世話になった京都を代表する魚屋さんです。丸弥太さんから【鷹庵】も開業時から魚を仕入れることができることになり、それが京都でお店をすることを決断できた大きな理由のひとつ。そのような貴重なご縁や多くの人たちにも支えていただき、【鷹庵】はこの春におかげさまで開業4周年を迎えます」。
髙木シェフは修業中に、「どの魚がどのお店に行くかよく見ておきなさい」と丸弥太の女将さんから言われ、それを一生懸命に観察していたそうです。そうすることで、魚そのものや魚屋の仕事のみならず、料亭をはじめどのお店がどんな魚を仕入れるのかという、お店側と料理人の視点でも学ぶことができたのだとか。
焼物は黒毛和牛の最高峰ともいわれる平井牛へと続きます。
「すき焼きをイメージしてますが、すき焼きって「焼き」じゃなく鍋ですよね。これは「焼き」にしました。鍋で煮るのではなくザブトンをステーキ状に焼いて甘いすき焼きのたれをかけています」。
これも分かりやすい。そしてあわせるのはアルマン・ジョフロワのジュヴレ・シャンベルタン。2020年のものでしたが若いうちから華やかな果実味も豊かなワインです。
そして最後に、近江蕪の焚合です。いままでの振れ幅を着地させるようなお皿が出されます。昆布だしで炊いた近江蕪に一番だしを張った清らかな一皿です。
一息ついたころに、ご飯が出てきました。今日は鰻です。白焼き、ごま、山椒、大葉などの香りもすばらしく、赤だし、香の物とともにしっかりいただきました。お酒は七本鎗のしぼりたて純米です。
瑞々しい果物と、髙木シェフが家でもお酒に併せるというチーズをはさんだ干し柿に、ふくよかなマデイラをいただけば、お腹が満たされた後も心地よい時間が流れます。ラグジュアリー・リゾートのアマン京都、そのダイニングの一軒でもある【鷹庵】ではこんな余韻のひとときがぴったりです。
やはり最後は抹茶でしめたいという髙木シェフ。ゆっくりとお茶をいただいたころにはもう夜も遅くなっていました。茶の湯を極めた光悦の美意識に自分を重ねてみたい、と願う彼の気持ちが伝わってくるお料理でした。
小西克博/ヒトサラ編集長
北極から南極まで世界100カ国を旅してきた編集者、紀行作家。
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