パリ/東京【トゥール・ダルジャン】(Tour d'Argent)~ヒトサラ編集長の編集後記 第60回
パリ、セーヌのほとりに【トゥール・ダルジャン】という鴨料理で有名な老舗レストランがあります。創業440年の老舗で、顧客リストには国王をはじめ多くの要人の名が並びます。パリを代表するこの店の歴史は、まさにフランス料理の歴史でもあるわけですが、改修工事のためしばらく休業していました。そんなトゥールダルジャンが2023年の9月にリニューアルオープン。運よくパリにいた私はディナーをいただくことが出来ました。
実は【トゥール・ダルジャン】には思い出があります。
ここは40年近く前、私が初めて正統派といわれるフランス料理をいただいた店なのです。なけなしのフラン紙幣を握りしめ、緊張して出かけた記憶があります。いろんな記憶はすでに飛んでいるのですが、そのとき食べた鴨のオレンジソースの味だけは今も鮮明に覚えています。フランス料理のもつ奥行きの深さ、おいしさに、本当に感動したのでした。
パリの【トゥール・ダルジャン】
パリの新装【トゥール・ダルジャン】は、場所や外観こそ同じですが、内装がけっこう華やかになっていました。メインダイニングの6階に案内され、席から雨で少し霞んだセーヌを眺めます。料理の説明を受け、分厚いワインリストを見ます。ひとつひとつに重みがあります。
ただ、初めて行ったときの緊張はもはやありませんでした。サービスをしてくれる人が自分の子どものような歳ですし、全体がスマート・カジュアルな雰囲気に包まれていて、とてもアットホームな感じのなかで食事をいただくことができました。
メニューから定番の『四季のコース』をお願いし、ワインはグラスで合わせてもらうことにしました。
前菜とポルチーニの料理をいただき、魚はホタテのホワイトソースでした。全体的に軽やかですが、しっかりとしたフランス料理らしい深みのある味わいに、なんだかほっとします。
そしてメインにはもちろん鴨をいただくのですが、幼鴨はブルーベリーやビーツの赤いソースで彩られ、酸味がしっかり効いた今風のものでした。やはりおいしい。40年前に感じた衝撃ではなく、今回は「ここに帰ってきたんだ」といった懐かしさを感じました。噛みしめるたび、時の流れがじわじわ、ひしひしと迫ってくるようで、素晴らしい時間を過ごすことができました。
東京の【トゥール・ダルジャン】も40周年に
帰国すると、東京の【トゥール・ダルジャン】から記念ディナーの案内が来ていました。2024年に東京店は40周年を迎えるというのです。なんだかご縁を感じました。
わずか2週間のうちに、パリと東京の両方の【トゥール・ダルジャン】で食事ができるなんて。
エグゼクティヴシェフ、ルノー・オージエさんの就任10周年でもあるということで、フランスよりジャック・ボリーシェフを迎えて特別ディナーを開催するとのことでした。
ボリーさんは東京の【ロオジエ】でも長く活躍された重鎮で、2人はともにM.O.F(フランス国家最優秀職人章)受賞者。大御所ボリーさんとその志を同じM.O.F.受賞者として継承するオージエさんの饗宴はとても貴重です。
左より、オージエシェフ、ボラー総支配人、テライユ社長、ボリーシェフ。東京の【トゥール・ダルジャン】にて
【トゥール・ダルジャン】は東京の「ホテルニューオータニ」にあり、入口からして重厚感のあるつくりです。クリスチャン・ボラー東京店総支配人の話に続き、パリ本社から駆け付けたというアンドレ・テライユ社長も日仏の長きにわたる信頼関係を誇らしげに語られていました。
このテライユ社長の先代とニューオータニのオーナーが飛行機の中で出会い、意気投合して日本のお店ができたという話を以前聞いたことがありました。歴史とはいろんな縁のつながりですね。
さて料理は、オージエさんとボリーさんの4ハンズで、交互に彼らの皿が出てきます。
シャンパーニュをいただき、まずは『生ウニのフリヴォリテ』(ボリー)から。軽やかにして濃厚、カレー風味のスパイス感も潜みます。
『オマール海老のカルパッチョ』(オージエ)はシンプルで美しい皿。
オージエシェフは日本庭園が好きで、それが料理の盛り付けにも影響することが多いと聞いたことがあります。今回は秋らしく、庭に落ちる葉のイメージでしょうか。
『アマダイのヴァプール』(ボリー)も名物のひとつですが、芳醇なキャビアの塩味とフェンネルソースの香りに包まれた贅沢な一皿。わかりやすくておいしいですね。アルザスのリースリングに合わせていただきます。
次は『黄金に輝く黒トリュフと根セロリのスフレ、黒トリュフソースと芳醇な白ワインソースの饗宴』(オージエ)と題された、これも名物ですね。料理を壊すのがもったいなくなるほどの、実に美しく豪華な一皿です。
伝統の底力を感じた夜
サンテミリオンの赤に合わせるように、鴨料理が出てきます。
『幼鴨のロースト、ヴィーニュの燻香、マスカットベイリーソース 旬菜のマルムラードと巨峰のパレ』(オージエ)
ぶどうの古木で燻してあってすごくいい香り。マスカットベイリーのほどよい甘酸っぱいソースがクラシックな感じで、パリのそれとはまた違う幼鴨を愉しむことができました。
デセールは『ビスキュイフォンダン、ミルクのアイスクリーム』(ボリー)。これもクラシックで安定のおいしさ。2人のミニャルディーズでコーヒーをいただきました。
ボリーさん、オージエさんも最後にテーブルにきてくれて、和気あいあいな雰囲気に包まれます。驚いたのはボリーさんは77歳になった今でも毎朝5キロ走っているのだとか。
いろんな底力を感じました。
オージエシェフ、ボリーシェフ
長年の伝統を維持することは想像以上に大変なことだと思います。伝統を守りながら常に時代にあった新しい料理をつくりあげていくには、日々の研鑽は不可欠でしょう。2人の話を聞いていて本当にそう思いました。
伝統を受け継ぐ大御所たちの横綱相撲を体験させていただいた贅沢な一夜でした。
小西克博/ヒトサラ編集長
北極から南極まで世界100カ国を旅してきた編集者、紀行作家。
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