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更新日:2023.09.27旅グルメ 連載

ニセコ「SHIGUCHI」/【SOMOZA】~ヒトサラ編集長の編集後記 第57回

北海道・ニセコの美しい森の中に、「SHIGUCHI」というアートに囲まれたひときわ個性的なオーベルジュがあります。SHIGUCHI(仕口)とは建築時のつなぎ合わせのことですが、人や自然等との接点といった意味も込められています。外国人富裕層が増え、高級リゾートが立ち並ぶニセコの地で、日本の歴史や美の奥深くに眠る世界に思いを馳せる趣向。どちらが贅沢かはやはりその地で感じるしかないのかもしれません。

shiguchi

「SHIGUCHI」のオーナーはイギリス生まれのショウヤ・グリッグさん。名宿「坐忘林」を立ち上げた一人として有名ですが、若いころはパンクバンドで活躍した経験もあるというアーティスト。ここは彼の作品を中心に彼が収集した絵画や陶器、古美術品などが展示された森の中の芸術空間になっています。

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移築された古民家3棟に5つの宿泊施設が用意され、それぞれ地、水、火、風、空と名前が付けられています。ギャラリー・ステイを謳うだけあって、森のなかの美術館に滞在する感覚です。

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ショウヤさんは言います。
「若いころ、息苦しさを感じて旅をするうち辿り着いた北海道で、自転車で4か月かけて北海道を全部回ってみたんです。なによりこの自然に圧倒され、日本人の凄さに圧倒されました。そして歴史を掘り下げていくうち、ここが縄文時代から続く豊かな大地だってことに気づいたんです」。

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それ以来彼の日本暮らしはもう30年になるといいます。ニセコの地価が暴騰するまえに原野を購入し、そこに自分のアートライフの拠点を創り上げていきました。数年前に開催されたイベント「ダイニング・アウト」で私はここを訪れていますが、羊蹄山を目の前にいただいた、ミラノの徳吉シェフの料理には感動しました。ただそれがショウヤさんの家の庭だったとは。

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ショウヤさんから見せてもらった作品は、モノクロームの写真を和紙にプリントし、手彩色を加えたものでしたが、水墨画の趣があり、観ているとだんだんと心が落ち着いてくる自分に気づきます。とくに作品の中に占める余白が、私には非常に魅力的に映りました。

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「日常生活で頭の中は雑音、雑念でいっぱい。でもこの深い自然と対峙しているといろんな気づきがあります。見えないものが見える気がする。作品の余白はそれらを現しているのかもしれない」と彼は言います。

目に見えないけど意味のある余白、それは見えているものを引き立てる役割があります。引き算の美学と称して、素材を引き立てるために余計なことをしない日本料理にもつながっていくようです。

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ギャラリーにはそのほか、北海道の歴史やアイヌ文化を学べる作品も多くあり、宿泊用の部屋にも細部にまで凝った意匠がみられます。

滞在者にとって、もうひとつの魅力は、目の前を流れる川の音を聞きながら入るお湯でしょうか。石をくりぬいた湯舟には24時間源泉かけ流しの湯が張られ、ゆったりと外の緑を眺めながら、ぼーっとする時間。この時間こそ至福なのかもしれません。

エクスペリエンス・ショウ・ダイニング

さて、彼のこんな世界観はどう料理に落とされていくのでしょう。ギャラリーでアペリティフをいただいていたらショウヤさんがディナーに誘ってくれ、私はメインダイニングの円形の大きなテーブルにつきました。

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メインダイニングの名前は【SOMOZA】、これはショウヤさんの3人の子どもたちの名前を掛け合わせたそうです。ここでも仕口がなされていますね。BGMはここでも静かに流れる川の音。

    somoza

グラナディエゾのグジェールでシャンパーニュをいただいていると、シェフの小関達弥さんが大きな塩釜を持ってきてくれました。蓋をとるとスモーク。中には地鶏と蛸のクロケットや松ぼっくりで燻したほっけの昆布締めなど。縄文をイメージしたインパクトのある料理で、本物の縄文土器が添えられています。

「当時の文献や資料を調べ、再現しています。もちろん技法や味付けや食材は現在のもので、当時よりおいしいと思いますが、縄文人が今現れて食べても懐かく感じてくれるようなものをイメージしています」とシェフ。

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いきなりの縄文スタイル料理には驚きましたが、ショウヤさんはここでの食事を「エクスペリエンス・ショウ・ダイニング」と名付けたいと言いました。自分の世界観を具現化したギャラリーと食がつながると、いろんなイメージやストーリーがうまれるし、それを体験した人には新しい気づきが与えられるはずと。

「人間、自然、環境、料理、あらゆるものがつながって面白い動きが生まれたらもっといいんです。生きている映画と同じで、お客がさんが自ら俳優になって動くような空間をつくりたい」。

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帆立とふきのとうのコンフィに続き、
短角牛ミスジが出てきました。
牡蛎の燻製と山菜が敷かれ、マグロ節の出汁をかけてしゃぶしゃぶ風にしていただきます。
ソムリエは余市を中心にした日本ワインを合わせてくれます。

「縄文パン」ですと出てきたのが、やま芋、そば粉、くるみ、たまごなど縄文時代の人がたべていたであろう食材を中心につくられた特製のパン。どことなく懐かしさを感じる味わいです。

「すでに当時パンも焼かれていたという証拠が残っています。動物の血を混ぜたりもしていたようです。おそらく専門に料理をする人もいて、栄養価の高い組み合わせを考えたんだと思います」と小関シェフ。

そう思って味わうと、遠い昔にイメージが広がります。

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それを余市の「パンセ」というワインと合わせます。
人間は考える葦であると言ったパスカルの著書と一緒で、「考えよ」と言う意味です。
意味深ですね。

    somoza

サーモンのベニエが出てきました。これがスペシャリティだとシェフ。鮭はアイヌの人たちには神聖なものですし、それを自分の学んだフレンチの技法で当時の要素を入れながら調理していく作業は、ショウヤさんの行為にも近いものなのでしょう。

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ニセアカシアとオリーブオイルのヌガーグラッセを口直しでいただいた後は、北十勝ファームの短角牛サーロインの塩釜焼きです。にんにくや生姜や味噌のつまった椎茸や舞茸が添えられます。ソースに蕪の藁焼きが使われ、これもどこか懐かしさを感じるテイストです。

お酒が進むとショウヤさんは饒舌になり、イメージは過去に未来に広がります。我々はセックスピストルズと京都の哲学の道と、間宮林蔵とワインと文化人類学と室町時代の話をしているうち、すっかり夜が更けてしまいました。

    somoza

部屋にもどってふたたび静かに風呂に入りました。そこにあるのは夜のとばりの降りた静寂です。
聞こえるのは川の水の音だけ。
大きな余白の中に自分ひとりだけいる感覚。

新たな気づきがあるということ

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話はこれでもういいのかもしれませんが、やはり朝のことも少し触れておくことにします。

朝、少し散歩してから、遅めの食事をいただきました。採れたて野菜や鳥の味噌汁をいただき、笹の葉で巻いた卵焼きにときしらず。シェフと少し話をしました。

    somoza

【ミシェル・ブラス・トーヤ】でキャリアをスタートし、フランスで学んだシェフは、帰国して出張料理人をしていたときにショウヤさんから声をかけられたそうです。ショウヤさんの考えに賛同するところが多かったため、試行錯誤しながらではあるが創造的な料理人生活をおくれているとのこと。とくに先人の叡智をリスペクトしている点が2人の共通点で、そこに自分のクリエーションを入れていけるところが楽しいとのことでした。

「土器ができたとき料理は飛躍的に進歩したと思います。それまでは焼くか燻すかくらいだったところに、煮炊きや蒸しといったことが加わって料理のバリエーションは広がりました」とシェフ。
「ショウヤさんにはいろんな気づきをもらいました。目の前に笹がいっぱいあることは知ってはいましたが、それを料理に使うとは気づかなかった。彼と働くまでは見えてなかったんですよ。そういうことが今朝の卵焼きにつながったりしています」。

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新たな気づきという豊かさ。
そういった意味ではこういったエクスペリエンスこそが本当の贅沢なのかもしれません。

ちょっと幸せな気分でコーヒーをいただいています。

この記事を作った人

小西克博/ヒトサラ編集長

北極から南極まで世界100カ国を旅してきた編集者、紀行作家。

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