銀座【厲家菜】~銀座で味わう西太后の食卓<ヒトサラ編集長の編集後記 第16回>
戦争や文革の混乱を乗り越え、現在は4代目の厲愛茵(れいあいん)さんがメニューを復活、志を継承しています。化学調味料は使わず、安全な食材の持ち味を最大限に引き出す、健康と美味しさの両立を追求し尽したメニューです。(小西克博/ヒトサラ編集長)
美味しさと健康を突き詰めると
西太后というと、清朝末期その強大な権力を象徴する豪華な食卓が有名です。一説によれば、126人の宮廷料理人が彼女のためだけに毎回百数十皿の料理を用意したといいます。実際そのメニューを再現しようとしたテレビがあったそうで、先のほうにある皿には何が盛られているのかもわからなかったほどだとか。
そんな贅を究めた料理は同時に、彼女の健康に配慮したものでなければならず、毎朝医師が健康診断をしてその日のメニューを決めていたといいます。西太后の食卓の手前のほうには、その日食べてもらいたい料理が用意されていたそうです。つまり医師が食事のメニューを考え、宮廷料理人とレシピを日々開発していたということなのです。
「厲家菜」(れいかさい)の初代は、そういった医師や料理人たちを管理する高官でした。レシピは清朝とともに消えたそうですが、初代はその後も料理人たちと再現に尽力し、厲家の伝統として受け継がれてきたそうです。戦争や文革の混乱を乗り越え、現在は4代目の厲愛茵(れいあいん)さんがメニューを復活、志を継承しています。化学調味料は使わず、安全な食材の持ち味を最大限に引き出す、健康と美味しさの両立を追求し尽したメニューです。
以前は六本木にあった厲家菜ですが、いまは銀座のポーラビルに移転しています。灯りを落とした入口には、かの「ラストエンペラー」の弟、愛新覚羅薄傑の手になる看板がかかげられ、重厚なエントランスになっています。そしてそこを入ると急に柔らかな光につつまれ、天上をイメージするような空間のなかでテーブルへと案内されるのです。
前菜のバリエーションに驚き
今回はランチメニューをいただきました。前菜8品、主菜2品、点心・甘味のコースです。
まず前菜4品。
(左上)人参の炒め物、(右上)翡翠豆腐
(左下)牛肉のスパイス焼き、(右下)麻豆腐
翡翠豆腐、牛肉のスパイス焼き、人参の炒め物、麻豆腐。
翡翠豆腐は厲家菜の代表的料理で、これは西太后が毎日好んで食べたものと言われています。彼女が翡翠を愛したということもあり、枝豆でつくる淡く優しい緑は店のテーマカラーにもなっています。爽やかで飽きのこない一品です。
牛肉のスパイス焼きは、諸外国の王族のもてなしに使われた料理だそうです。リブロースを干し肉にしてから揚げてスパイシーな味付けです。イスラム教徒への配慮が伺える外交的一皿となっています。
人参の炒め物は精進料理です。西太后が仏教徒であったことも関係しますが、歯ごたえがよく栄養価も高い人参は、彼女が好んで食べたものだとか。
麻豆腐は発酵させた緑豆と豚挽肉とを合わせてつくります。北京に行くとよく見る料理です。これは血中脂肪を下げるのに役立つとされていたそうです。濃厚な旨みがありラー油が食欲を進めます。
次の前菜4品はこちら。
(左上)豚バラ肉の燻製、(右上)白菜の芥子漬け
(左下)セロリの蝦子酢和え、(右下)鱈のスパイス揚げ
豚バラ肉の燻製、白菜の芥子漬け、鱈のスパイス揚げ、セロリの蝦子酢和え。
豚バラは塊のまま蒸して脂を落としてから燻製にしてあるもので、赤カブで着色されています。健康に気遣いながらも最高の美味しさを追求した料理人たちの苦労の賜物です。
白菜はよく食べられている食材で、芥子と酢に漬けられています。芥子菜を食べているような食感と辛さが心地いい。
鱈のスパイス揚げは、海のない北京では川魚でつくられていた料理です。ハッカクが効いていて、くぐらせた醤油がいい香りを放っています。
形がそろったセロリは料理人の包丁を競わせた料理だそうです。一定の幅と長さを保った綺麗なセロリに乾燥した海老のタマゴと酢が合わさります。血液をきれいにする料理とされていたそうです。
前菜8品をいただいた段階で、さまざまな味のバリエーションに感動しました。そしてこれらがまだ前菜なのだということにも。
西太后の午後
大海老の炒め、紹興酒の香り
主菜である海老が登場しました。大海老の炒めです。紹興酒が優しく香ります。海老でとった濃厚なスープは、アメリケーヌ・ソースですね。甘酸っぱいソースが後を引きます。添えられた蒸しパン(ハナマキ)をソースにつけてもとても美味しい。これは西太后の時代にはなかったらしく、アインさんの父である三代目が考案したものだとか。
この三代目は物理学者でアインシュタインを敬愛し、むすめにアインという名前をつけたのだというエピソードを伺いました。
豚肉と白菜の煮込み
もうひとつの主菜は豚バラ肉と白菜の煮込み。
庶民的なテーストですが、豚をいかに美味しく食べるかを考え抜いた一品です。
これは乾隆帝時代のレシピの再現らしいのですが、とにかく蒸したり煮たりして余分な豚の脂を抜く。同時に皮をコーティングして旨みや栄養が逃げないようにする。健康と旨さの両立をしっかり考えた美味しい料理です。老鶏からとられたスープはあくまでも上品で薫り高く、白菜との相性はいうまでもありません。
白飯をいただき、残ったスープは白飯にかけていただきました。豚肉と和えられたきゅうりの漬物が舌を引き締めてくれます。
以前このスープでラーメンをいただいたときも絶品でしたが、白飯にかけた一品もいつまでも余韻をひくような逸品でした。
えんどう豆の羊羹とミルクのプリン
デザートの2品は、えんどう豆の羊羹とミルクのプリン。
えんどう豆の羊羹は甘みを抑えたしっとりとした味わい。ミルクのプリンは北京ではおなじみのおやつ。健康を考えた美食と、庶民の料理をソフィスティケートする技とが見事に活かされているようでした。
食事をする椅子はそれぞれが個性的な形をしており、それが桂林の山並みを表しているのだそうです。
お茶をいただきながら、西太后がティータイムに口にしたえんどう豆の羊羹を味わう。カーテンは霧を表し、天井のあかりは雲だそうです。
優雅な食卓に思いを馳せる、柔らかな日差しのなかでの午後の風景です。
小西克博(ヒトサラ編集長)
北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。
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