宮崎・青島【ダイニングアウト】~神話の島で行われたカミとヒトの饗宴<ヒトサラ編集長の編集後記 第17回>
料理を終えた川手さんは、すべてを出し切ったような充実した顔をしていて、気持ちよさそうでした。相当疲れているに違いないでしょうが、充実感がそれらを上回っていたのかもしれません。いろんなストーリーが見える感動的なディナーでした。小西克博(ヒトサラ編集長)
2夜限りの祭典
「本当に自由に料理をつくらせてもらった感じです。無理に考えなくても、感じたままを料理に落とし込んでいけばよかった」
2夜限りのダイニングアウト(DINING OUT MIYAZAKI with LEXUS)を終えた川手寛康シェフ(フロリレージュ)は言いました。
このために何カ月も前から準備をし、地元の生産者やスタッフ、関係者とのセッションを重ね、それらが凝縮した2夜でした。1回わずか4時間x2に集約される贅沢。
ダイニングアウトは大自然のなかで行われるプレミアムな野外レストランイベントです。10回目をむかえた今回のテーマは「時と生命の神秘の凝縮」。場所はこのテーマにふさわしい宮崎市の青島で行われました。これはイベント2日目のレポートになります。
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青島は熱帯・亜熱帯植物の群生地として国の特別天然記念物に指定されている
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天津日高彦火火出見命とその妃神 豊玉姫命、そして塩筒大神が祀られている
青島はとても神秘的な場所です。隆起した岩に貝殻が付着し、南方の植物などが堆積して出来上がった島です。古代より山幸彦、海幸彦神話が生まれたパワースポットで、島はビロー樹の原生林に覆われ、なかに神社があるだけです。そういったスピリチュアルな聖域に世界のトップシェフを招き、地元の食材をつかった野外レストランをするわけですから、まさに一期一会の祭典でしょう。
このレストランに招かれるのは1日40名。日が傾き始めたころ、オフィシャルパートナーであるレクサスを馬車に見立てての登場です。
島に着いたら今回のホスト、コラムニストの中村孝則さんの出迎えを受け、宮司さんの案内で神社を参拝、原生林や島をとりまく鬼の洗濯板などを散策します。
そしてウエルカムドリンクが出されます。華やかな衣装に身を包んだ皆さんが、それぞれに手に取るのは日向夏のドリンク。フィンガーフードに、山菜のシフォンケーキ、焼き芋、佐土原ナスのタルト。
浜辺を散策しながら、それぞれのテーブルに案内されます。テーブルは原生林をバックに海を臨む場所につくられました。テーブルの前にはシェフのキッチンがつくられ、シェフやソムリエたちが迎えてくれます。席に着くと目の前は海。
陽が一段傾きました。さあ、ディナーの始まりです。
テーブルからは海が見える。後ろは原生林だ
天然の鯉、きゅうりのモヒート
最初に出てきたのはなんと天然の鯉でした。意表をつくスタートです。
「圧倒的な自然の力、湧水から生まれる料理」と題されています。宮崎の美しい川からインスピレーションを得た料理で、テーマは水です。何日も泥抜きした天然鯉を伏流水を原料に醸した黒玄米酢でマリネしてあり、下に沢ガニの温かいビスクが敷かれています。トッピングは沢に自生する天然クレソン。爽やかな渓流のイメージです。
ペアリングはきゅうりのモヒート。ローズマリーの葉っぱのフレーバーとよく合っています。きゅうりの旨さに驚きです。
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湧水をテーマに
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きゅうりのモヒート
次は青島をテーマにした皿です。
「神秘の凝縮から生まれる料理」という題。地元のニシガイとウニ。ともに目の前の海で漁師さんが獲ったもの。青島は貝が堆積してできた島で、巻貝中心だそうです。塩もここで取れたものだそうで、青島の砂の上にニシガイを乗せて出されます。
ペアリングは、イタドリとセリのグラニテに「花のホワイトヴァイス」という延岡のビールが注がれます。オレンジピールやコリアンダーの香りがします。潮風のなかのここちよさを最大限に引き出したようなドリンク。
こういう技をみせるソムリエはフロリレージュから中村遼さん。訊けばノンアルコールのペアリングにも相当力を入れたそうです。
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テーマは青島
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ホワイトヴァイス
さあ、だご汁が出てきました。
「山の中の知恵から生まれる料理」という題です。だんご汁が訛ったものですが、川手流では、地元の椎茸から出汁をとり、チーズを入れ、トウモロコシのだんごを使っています。山間部の厳しい自然のなかで暮らす人たちの保存食だっただご汁に川手さんは非常に興味をもったようで、ぜひ取り込みたい一品だったと言います。やさしいポトフの味わいです。
合わせるお酒には日本酒が出てきます。雲海酒造の大吟醸「登喜一」。これを竹のなかで燗をする高千穂山間地方のスタイルでいただきます。竹に入った酒をつぐときにかぽかぽと音がすることからかっぽ酒と言われているそうです。青竹の油分が溶け出て、森の深い風味が味わえます。
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かっぽ酒
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だご汁
黄昏時のメインディッシュ
陽が沈み、背後の原生林は暗く沈んでいます。目の前の海も色を失いつつあります。
ホスト役の中村孝則さんが島の歴史や、食材について解説してくれました。
「ここの原生林、パワースポット、川手さんはそれらと自分の料理をどう結びつけたのか。この場所は神話に現われるほどに根深いところです。風土や料理からそれらを感じとっていただけたらと思います」
「経産牛から知るべき想い」という料理が出てきました。
経産牛は川手さんの代表的な料理のひとつで、フードロスのメッセージが込められたものです。子供を産んだ乳牛は食用に向かないというのを川手さんはちゃんと料理にしています。
今回は訪れた宮崎県立農業大学から直談判で譲り受けたものだそう。全国屈指の和牛産出県である宮崎からの経産牛を使ったメッセージです。
これに黒皮かぼちゃのコンソメ、地元の方から学んだ切り干し大根が使われます。地元の人からご馳走されて感動したものだそうです。それをシェフのオリジナルと融合させました。切り干し大根が薄い牛肉にこんなに合うのかと思うくらいに美味しさが際立っていました。
ペアリングは地元、都農のワインから凝縮感のあるシャルドネです。
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それぞれの料理に込められたメッセージより
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経産牛
焼酎が出てきました。「球」という黒木本店の焼酎です。
そしてアマダイのお皿。津本さんという地元で独特の神経締めをする漁師さんの熟成アマダイです。
アマダイの骨からとった出汁にノコギリガザミの身と発酵したイカの肝と先ほどの余った牛肉が加わったボロネーズ風のソース。「豊富な海の恵みから生まれる料理」という題です。
アマダイの皮がパリパリしていい香り。白身はしっとり熟成していて、発酵ソースとの力強いバランス。
この熟成の強さ、味の濃厚さには焼酎がよくあうはず。そう思っていたら焼酎はRock湯という飲み方がいいと紹介されました。お湯を焼酎ロックに少し足すことで香りがひらき甘みがでます。そう解説してくれたのは渡邊酒造場の渡邊さん。そこに花山椒がアクセントとして使われます。焼酎の香りとスパイスのパンチが食欲をそそります。
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アルコール度数を14%に加水したQ。球のようにまろやか
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アマダイ
原生林のライト、バイオリン
暗くなりました。満潮です。電気が消され、ビロー樹の森にスポットがあたります。漆黒の森が虹色に輝きます。歓声と拍手。小難い演出です。
テーブルの話し声が一層大きくなったようです。
背後の原生林、ビロー樹の森がライトアップされると歓声が
次に出てきた「循環する風土から生まれる料理」は、150日間肥育した自然放牧鶏のローストです。放牧鶏はこの地で昔から食べられていました。雑味がなく味が濃く、大地のエネルギーを感じる鶏です。添えた雑穀には味噌が塗られパリッと焼かれています。鶏と昔ながらの御飯と味噌はこの地で受け継がれてきた食文化の伝統の再現。昔のピュアな美味しさを想像できるような一皿です。
鶏はかつてはどこの庭先でも飼われていたという
猪鍋がキッチンの前にかけられました。キャンプファイヤーのような仕立てですが、これが地元の猪鍋スタイル。いろり風です。地元では猪は皮ごと煮込むのが普通だそうで、今回はそれを再現しています。「人と動物との共存から生まれる料理」と題されています。
全員が立ってこの鍋をもらいにいくというスタイル。川手さんの料理のテーマである「分かち合い」を今回はこのラストに持ってきたようです。猪肉の滋味豊かな味わいに、出汁を吸った大根がまたいい感じです。
ワインは都農のマスカットベリーA。お酒もまわってきて、周りの人たちとの会話もはずみます。一日の終わりを皆で祝福しているような演出でした。
地元のバイオリニスト山内達哉さんの演奏が始まります。地元で育ち、青島に思いを馳せたオリジナルを演奏してくれました。
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猪鍋が火に掛けられました
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皆で「分かち合い」
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川手シェフとスタッフの動きは実に軽やか
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バイオリニスト山内達哉さんの演奏も
一皿めの白いデザートが出てきました。
今回川手さんは自然放牧で飼われたブラウンスイス種の生乳でヨーグルトやクレームダンジュ、それに古代チーズ「蘇」もつくったそうです。同じ素材を時間を変えた調理で味わうデザートで「時のコントラストから生まれる料理」と題されています。さまざまなテクスチャーがあっておもしろい。悠久の時に思いを馳せるような仕掛けです。
極端な温度の違いを表現した「ヘテロ」と名付けられた川手さんの料理を思い出す一皿でした。
二皿目のデザート「宮崎で出会う異文化的料理」では、文化的背景の違った甘さの違いを表現します。宮崎に南方から持ち込まれた黒糖と、アマゾン帰りの川手さんが持ち帰ったカカオ。2つの異なる場所の甘さを最後にもってきます。ウエルカムドリンクを思い出す日向夏のソースがかかっています。ここには異文化との出会いとともに、フェアトレードのメッセージが込められています。公正な選択が未来をつくってきたという意味も。
今ではカカオはフロリレージュの代表的デザートになっています。
お茶は高千穂の烏龍茶。飲むうちに様々なハーブ香を感じます。
ミニャルディーズはモミジイチゴという野生の野イチゴのパート・ド・フリュイ。夏の空気を含んだ浜辺の酸っぱい甘さでコースが終わりました。
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「時のコントラストから生まれる料理」
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「宮崎で出会う異文化的料理」
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高千穂の烏龍茶
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野生の野イチゴのパート・ド・フリュイ
川手流のアースダイビング
スタンディングオベーションです。感動的な瞬間です。
川手シェフを囲んでスタッフが紹介されます。地元の皆さんや関係者がそれぞれに思いを語り、拍手のうちに短い4時間のディナーは終わりをむかえます。
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シェフの川手さんとホストの中村さん
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このあとにスタンディングオベーション。関係者のみなさんが思いを語りました
多くの人が、今回のイベントを今までになかった深いレベルと湛えました。おそらく関係者の皆さんにとってはパプニングの連続だったことでしょう。この場所でこういうことをやるというのも、宮崎市職員の熱意や、地元の関係者の人を巻き込む力が大いに作用したようです。
「関係者の熱量があらゆる壁を取っ払ったんです」
総合プロデューサーの大類知樹(ワンストーリー)さんはそう語りました。
「ハプニングだらけでもいい。この瞬間、ここにいないと味わえない価値、これこそがわれわれがめざすところですから」
料理を終えた川手さんは、すべてを出し切ったような充実した顔をしていて、気持ちよさそうでした。相当疲れているに違いないでしょうが、充実感がそれらを上回っていたのかもしれません。スタッフのみなさんの笑顔も同様に素敵でした。涙ぐんでいる人もいました。いろんなストーリーが見える感動的なディナーでした。
「深い自然から生まれる食材を追いかけながら、深い世界から生まれる何かを感じた。複雑さを体験したし、自然と一体化できた気がする。また未来につながる出会いもあった」と川手さん。
テロワール云々というより、これは川手流アースダイビングだったのではないか、とも思った夜。星がとても綺麗で、夜空の向こうに金星と三日月が輝いていました。(2017/6/4)
小西克博(ヒトサラ編集長)
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