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更新日:2017.04.19食トレンド 連載

石切橋【はし本】~鰻屋の二階という至福<ヒトサラ編集長の編集後記 第3回> 

この連載では、編集後記的に「レストランのある風景」をスケッチしていけたらと思っています。
連載第3回めは、暑い夏の日の鰻と、鰻屋の二階の話です。

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カバ焼きの解放感

 夏の鰻(うなぎ)は魅力的です。じりじり暑い炎天下などに、鰻を焼くあの匂いがしてくると、もう仕事はいいや、という気持ちになります。
 鰻は夏の食べ物と思いがちですが、本当の旬は、体に栄養を溜めた晩秋から初冬。それを暑い土用の丑の日に食べさせたのは、鰻屋の宣伝を頼まれた平賀源内の仕掛けだと。真偽のほどはともかく、これはよく聞く話です。
 確かに見た目はパワーがつきそう。実際、鰻にはビタミンA、B群が豊富なので、夏バテや食欲減退防止など、期待はできそうです。
 それにカバ焼きという調理法も解放感があって夏っぽいですね。あの甘辛いタレも食欲をそそります。
 ワインで有名なフランスのボルドーに行きますと、郷土料理として鰻のぶつ切り赤ワイン煮込みなどが出てきますが、こういう調理法だと、今度は冬に食べたい料理になってしまう。

「鰻の幇間」が描いた豊かな時間

 私も鰻は大好物で、関西風のものより、蒸してからタレを付けて焼く関東風のものが好きです。昼下がりに涼しい川風に吹かれながら、鰻屋の二階でまったりと過ごすなどというのは最高の贅沢だと思っています。

 鰻料理は、そんな平賀源内の影響もあってか江戸料理として定着し、当時かなりの店が繁盛していたといいます。落語にもよく鰻の話は出てきます。私が一番好きなのは、黒門町の文楽師匠の十八番だった「鰻の幇間」という噺。
 間の悪い幇間(たいこもち。贔屓衆のご機嫌をとる芸人)が、見覚えのある浴衣姿の若旦那にいろいろ奢らせようと鰻屋に行きます。ところが若旦那からご祝儀をもらえるどころか、最後はタダ食いで逃げられ、ついでにお土産や自分の履物まで持ってかれてしまうという、気の毒なストーリーです。

 この落語の舞台が鰻屋の二階なんですね。私は鰻屋の二階に上がるたび、この噺を思い出します。鰻屋の二階で昼間っから大の男が二人、ああでもないこうでもないと酒を酌み交わし、幇間がとにかく若旦那をよいしょするわけですが、その姿がなんともいじらしいというか、間抜けというか、実に平和で豊かな時の流れを感じるのです。

川風に江戸風情を求めて

 そんな江戸の風を感じさせる鰻屋は少なくなりましたが、石切橋にある【はし本】には、まだその風情が残っています。老舗鰻屋の例にもれず、ミシュランの星も獲得している名店で、まず佇まいがすばらしい。
 訊くと創業は江戸もそろそろ終わりの天保6年(1835年)、いまの店主橋本信二さんは6代目にあたります。1835年といえば、天保の大飢饉や大塩平八郎の乱などのころ。欧州ではフランス革命の頃ですね。

 老舗の名店ではありますが、店はあくまで庶民的で、ご近所への出前もあります。二階が座敷になっていて、窓をあけると目の前は神田川。昔は舟が店先に着いたようですが、いまは首都高速が上を走り、雑然としています。でも川風はわずかに名残りをとどめ、目をつぶると、古の鰻屋の雰囲気を感じることができます。

 そんな二階でぼんやりと、肝焼きなどを肴に、温燗を二合ほどいただきながら、鰻の焼きあがるのを待つ至福。この夢の時間、現実と夢のあわいに、先ほどの、幇間と若旦那のやりとりが挿入されてくるのです・・・。

 そして、二合のお酒がなくなったころ、下からあのカバ焼きのいい匂いの鰻が焼きあがってくる、と。

 【はし本】の鰻は、1kg2.5本という大型サイズです。大味かと思いきや、このサイズのものがこの店のタレにはよくあいます。タレは代々つぎ足されてきたやや辛めのもので、やはり時代を感じさせます。きりっとした純米酒などには、こちらのほうが合いそうです。
「鰻問屋での修業経験があったからこそ、このタレに合う鰻に行きついた」とご主人。「この大きさの鰻を使うほうがコストも安くなるし、稚魚を取りすぎないという資源保護の意味でもいいんですよ」と。

 鰻の味わいは、あくまでふくよか、やや辛めのタレによくあいます。米の香りの立つ日本酒が鰻の脂に寄り添い、爽やかな山椒が花開きます。
 夕方までにはまだしばらく時間のある、平和で豊かな昼下がりの幸せな風景です。

 

この記事を作った人

小西克博(ヒトサラ編集長)

北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。

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