調布【Maruta(マルタ)】~ヒトサラ編集長の編集後記 第39回
コロナ自粛で遠距離移動に制限がかかるなか、近郊レストランに新しい流れが出来ているようです。多くは、その土地のものを最大限に活かしシンプルな料理を提供するお店で、日本コンテンツの再発見といった文脈でも語られます。そしてなるべく食材は使い切る、フードロスをしない、が原則です。そんなレストランの代表格のひとつ、東京・調布にある【Maruta(マルタ)】へ久しぶりに出かけました。
近郊で薪焼料理を愉しむ
【Maruta】は緑豊かな武蔵野の地にあって、土地の食材を中心に、薪火料理を出してくれるお店です。
シェフの石松一樹さんは、メルボルン郊外の「世界のベストレストラン」にもランクインした【Brae】で修業した人で、ネイティブな料理に造詣の深い人。彼を支えるソムリエの外山博之さんは、代々木上原【Gris】の出身で、小規模生産のワインを積極的に使ったり、発酵ドリンク開発にも力を入れている人です。京都の【lurra】のドリンクも外山さんの仕掛けです。
日が沈むころレストランはオープンし、最初に庭に案内されます。そこでウェルカム・ドリンクを頂く趣向なのですが、庭に焚火がたかれ、木に刺したモッツァレラチーズをあぶってお茶とともに頂くというもの。火というのは見ているだけで癒されるものですが、同時に本能の扉のひとつが開けられるような気分にもなります。
庭からもどり、カウンターでクラフトビールを頂いて席につくという流れです。席はカウンターとテーブルに分かれていますが、今回はカウンター席です。目の前に薪焼の竈があり、シェフが目の前で料理をしてくれます。
薪の香りをまとった燻製のブリからスタートし、米粉とビーツのチップスが出てきました。
チップスを、発酵バターや庭で育てているローズマリーの香りのオイルにディップして、これはビールにちょうどいい感じ。ビールは狛江市にある籠屋ブルワリーの地ビールです。
黒い塊は美味しさの塊
黒い塊が出てきて、これはレンコンです。付け合わせは発酵したレンコンソースにホエーや胡麻ペーストを入れたもの、牛肉の端材でつくる生ハム、そして緑の葉ものは石蕗。
レンコンをしっかり食べる機会はなかなかないのですが、牛肉の端材でとった出汁で煮てから焼いてあるこの塊は、しっかりとした食感と味わい。庭でとれた石蕗も胡麻っぽい風味でよく合ってます。
食材の端材は捨てることなく有効利用するのが原則です。なかでもレンコンに合わせて出してくれたホースラディッシュの端材を漬け込んだジンが実においしく、これはおかわりをしてしまいました。
魚が出てきました。クエかと思いきやヤガラです。めずらしい魚ですが繊細な白身の高級魚です。珍しい魚やあまり食べなくなったものを積極的に活用していくのもこの店の特徴で、ソースはヤガラの出汁にルッコラのジュースを入れたものがベースになっています。緑と白のコントラストが美しい一皿です。
そして真っ黒な塊が登場します。人参です。
竈の下に引き出しがあって、その中に一晩入れておいてからよく薪焼したもので、甘みと旨味が凝縮しています。以前来たときはナスを同じように焼いてくれたのを覚えています。
ナイフとフォークを手に、自分たちで2つに割ります。きれいなオレンジ色が現れ、ゆっくりと口にほうばると、大地の味をしっかり感じることができます。なんともいえない力強い土の味なのです。
添えられた発酵バターソースやホーリーバジルの上には人参の葉っぱを揚げたものが乗せられ、これがまたいい苦みを出していておいしい。
「おつまみ的に食べてもらえたら」とアジの皿とキノコの皿が続けて出てきます。
アジに添えられたソースはからし菜や小松菜でつくられていて、セミドライのキウイが彩を添えます。
キノコはナラタケやアカモミタケで、下には生カブ、上にはごぼうのスライス。確かに居酒屋感覚のメニューにも見えます。地元の自然食材感満載かつ、かなりハイクオリティですが。
「一般のレストランのコースの流れよりは自由度を持たせてあって、庭の野菜はその日ごとに変わるし、僕たちは自分たちでキノコを採りに行ったりして食材にしていますから」と石松シェフ。
火の魅力、豊かな時間
メインの牛肉は2種類出てきました。
経産牛を熟成させたものと、フレッシュなジャージー牛。
経産牛のほうは通常メニューでも出しているもので、もう1種類はそのときの仕入れの具合次第なのだとか。
熟成した経産牛は味がしっかりしているので、高温でからっと焼いて、またすぐ火を外して、まわりに香りの層をつくるようなイメージで焼き上げ、フレッシュなジャージー牛はまわりに燻製香をつけながら低温でゆっくり仕上げています。
目の前で焼かれる肉を見ながら、時間はゆっくりと穏やかに流れていきます。贅沢な時です。
外山ソムリエが合わせてくれたのはヴァン・ジョーヌのシュナンブラン。憎いペアリングですね。
デザートは地元の栗でつくったモンブラン。そして目の前ではキャラメルのパウンドケーキにシェフが薪で焼きをつけています。ウィスキーがきいたケーキは食後の余韻を深めます。コーヒーは目の前で淹れてくれました。お客様が自分でも淹れられるようにと京都のスタイルコーヒーからローストしたものを入れてるのだとか。「コーヒー持ってまた外に出て焚火にあたる人もいますよ」とシェフ。
火という原始的なものに癒され、ゆっくりと流れる時間でちょっとだけ非日常の世界へ遊べる。こういった郊外の、体験型のレストランがもっと増えていってほしい。そんなことを思った夜でした。
小西克博/ヒトサラ編集長
北極から南極まで世界100カ国を旅してきた編集者、紀行作家。
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