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更新日:2018.06.18健康美食 グルメラボ 連載

荒南風の時期、お勧めの魚介三品を使った、車浮代の「江戸の変わり飯」レシピ

時代小説家で江戸料理・文化研究家の車浮代さんに、現代人が忘れてしまった江戸の素朴で豊かな食事情を教えていただく第十一弾。梅雨の湿気で何となく体がだるく感じるこの時期。滋養強壮に優れ、食欲増進が期待できる旬のご飯三品をご紹介します。ごゆるりとお愉しみくださいませ。

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滋養強壮に優れ、食欲増進が期待できる魚介料理三品

『蜆めし』「料理早指南より」

「黄飯(おうはん)」と呼ばれる黄色いご飯に蜆の煮付けを混ぜた、特別な日のご飯です。

■材料(四杯分)
・米…2カップ
・くちなしの実…2個
・水…440ml
・蜆…800g(殻付き)
・酒…大さじ3
・醤油…大さじ1.5

■作り方
1)くちなしを砕いて水に浸け、15分置いて濾す。
2)洗米に1の液を入れ、30分置く。ざっと混ぜてから炊飯器で炊く。
3)鍋に蜆と酒と水少々を入れ、蓋をして強火にかける。蜆の口が開いたら火を止め、身を取り出しておく。
4)3の煮汁に酒と醤油を加えて中火にかけ、煮詰まって来たら蜆の身を戻し、弱火で汁気がなくなるまで混ぜながら煮詰める。
5)2のご飯に4を加えて混ぜ、器に盛る。

 縄文時代から食され、江戸時代には「酒毒を解す」、つまり二日酔いに効くことや、夏バテに効果があることが知られていた蜆。江戸の町では朝の味噌汁に欠かせない具材の一種として、早朝から深川や佃島で獲って来た蜆を、棒手振りが長屋の隅々まで売りに来ていました。

日本に生息する蜆は、ヤマトシジミ、セタシジミ、マシジミの3種ですが、環境の変化により他の2種は激減し、現在流通している99%以上はヤマトシジミです。

ヤマトシジミは、卵の中と外との塩分濃度が同じでないと生きられないため、淡水と海水が混じる汽水でしか生息できません。産地別ではヤマトシジミが最も多く獲れる(全漁獲高の45%以上)のは、島根県松江市に位置する、日本屈指の汽水湖である宍道湖(しんじこ)で、味の良さにも定評があります。

 今回の「蜆めし」には、肉厚で濃厚な味わいの、宍道湖の大サイズ蜆を使いました。外国からの蜆の輸入量が過半数を超えている昨今、宍道湖漁業協同組合では、貴重な国産蜆を守るため、サイズや漁獲量等に細かな制限を設けています。朝の数時間だけ、小舟で行われる蜆漁と、『日本の夕日百選』にも選ばれている湖面を真っ赤に染める夕焼けは、宍道湖の風物詩と言えるでしょう。

宍道湖のほとりには『宍道湖しじみ館』があり、蜆の生態を知ることもできます。夏の産卵期を前にして、最も美味しく、栄養価が高いこの時期の蜆で、梅雨を乗り切ってください。

『蟹飯』

ガザミ(渡り蟹)を炊き込んだ、今では珍しいご飯です。

■材料(四杯分)
・渡り蟹…大1杯(小2杯)
・米…2合
・水…300ml
・蟹の茹で汁…60ml
・酒…大さじ1
・醤油…大さじ1
・味醂…大さじ1

■作り方
1)1%の塩(分量外)を入れて強火で沸騰させた湯に、渡り蟹を仰向けに入れて蓋をし、煮立ってきたら中火にして落し蓋をし、15分程度茹でて水洗いする。殻を開け、身と内子と外子に分けておく。
2)洗米に水、酒、醤油、味醂、冷ました1の茹で汁を入れ、20分以上置いてから、蟹の身だけを乗せて炊く。
3)炊き上がったらざっくりと混ぜ、内子と外子を混ぜて蟹の爪を飾る。

 江戸時代までは、蟹と言えばガザミを指しました。本州から沖縄の内湾に多く生息するガザミは、暖かい時期は浅瀬に生息するため、子供達でも獲ることができました。

江戸湾、品川、大森などでもよく獲れ、江戸の町では塩茹でや焼き蟹にして食べるのが一般的でしたが、小型のものを包丁で二つに割って、ごま油と生姜で炒め、酢醤油で味付けした「蟹鍋煮(かになべに)」という料理のレシピが、当時刊行された『素人包丁』という料理書に残っています。

 現在最も人気があるのが、佐賀県太良町の竹崎地区で獲れるガザミです。有明海の広大な干潟で育ったガザミは巨大で肉厚で濃厚。「竹崎カニ」とブランド名がつけられ、近隣の旅館では、竹崎カニをメインとした絶品料理を一年中楽しむことができます。

今回は「たら竹崎旅館組合」からご提供いただきました竹崎カニを使って、蟹飯を作ってみました。ズワイガニやタラバガニ、毛ガニなどとは全く違う、豊潤でコクのある内子の味は、上海蟹を軽く凌ぐ強烈な旨味がありました。

『鯵焼味噌飯』

焼き味噌で鯵のたたきを和えたご飯です。

■材料(二杯分)
・鯵…1匹
・葱…1/3本
・温かい御飯…2杯
・味噌…大さじ2
・赤唐辛子…1本

■作り方
1)味噌は木杓子などに平たく塗りつけ、直火で軽く焦げ目がつくまで炙る。
2)鯵は3枚におろして皮と小骨を取り、粗く叩く。
3)1と2と、葱の小口切り、種を抜いた赤唐辛子の小口切りを混ぜ、温かいご飯に乗せる。

 江戸時代、大量に獲れる青背魚のほとんどは下魚(げざかな)扱いをされていましたが、味が上品で癖がなく、夕漁が行われていたために、夜でも新鮮なものが手に入った鯵は、徳川将軍の御膳に上げることが許された、唯一の下魚でした。

獲れたての鯵や小鰭(こはだ)を酢〆にしてご飯に乗せ、約一昼夜押した「当座鮓(とうざずし)」を売り歩く鮨屋の呼び声、「鮓や、鯵のすぅ、小鰭のすぅ」は、夏の風物詩のひとつで、粋な出で立ちで頬被りをした若者が売り手となり、遊郭などに出入りしていたそうです。

 また江戸前期には、大量に獲れた時の保存方法として、各地の漁村では鯵の干物が生産されていたようです。元禄8年(1695年)発行の『本朝食鑑』に、「鯵は駿州・豆州(現静岡県)、房州・総州(現千葉県)で獲れるものが最も美味」とあります。

車浮代の「江戸の変わり飯」バックナンバー

この記事を作った人

取材・文/車浮代

時代小説家/江戸料理・文化研究家。著書に『江戸の食卓に学ぶ』『江戸おかず12ヵ月のレシピ』『今すぐつくれる江戸小鉢レシピ』、ベストセラーとなった『春画入門』『蔦重の教え』など多数。TV・ラジオ、講演等で活躍中。国際浮世絵学会会員。http://kurumaukiyo.com

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