新宿ゴールデン街日記 Vol.6
新宿ゴールデン街の景色や日常を綴る【The OPEN BOOK】田中開さんの連載コラム。今回は、徹夜での設立作業を終えて、ついにオープン日まで辿り着いた彼のお店の話です。
Vol.6 亡き祖父の聖地で、ついにオープンさせた自分のお店
こんにちは。さてさて、先週からのお店の設立バナシは、とうとう、オープン日へ。
お店をオープンして初めてやって来た人は知らないオジさんだった。オープンするという時間の10分前のころ、ワンカップ酒を片手に、真っ赤なオジさんが入って来て、公園を中心とするノマドスタイルがうかがえる彼の服装に、さすがに、今日は貸切だと丁重にお断りした。
そういえば、ゴールデン街である店の働き初めのときもこんなおじいさんに絡まれた。ゴールデン街はおじさんの街だ。新しいお店は、おじさんが行ける雰囲気なのか、偵察が来ることになっているような気がする。そんな、おじさんは、僕のたじろぐ姿を見て、どこかへ行ってしまう。
お店を始めるちゃんとした理由なんてないオープンしてから、今に至るまでの困りごとは、この店の説明だ…。この店がどんなお店でどんなコンセプトかだなんて、僕が一番分かっているようで知っていない。お店を始めるのに、ちゃんと理由なんてない気がする。そして、初めましての人に、そう簡単に話せるほど、文脈は単純でもない。おじいちゃんの本を守りたい・自分の城を持ちたい・ゴールデン街に関わりたい…などなど、全てがすべて僕にとっては、真である。真であるからこそ、何かを語ることは、何かを否定することになると思う。言葉とは、その”何か”を示すことではなく、それ以外からの否定的な示唆だと、何かの哲学書で読んだ気がする。
だから、毎回、相手によって説明が違う。相手によっての一番の真を、とりあえず、その場で語ることにする。店を始める動機から目標なんて、ちゃんときれいに筋の通ったものも説明できるが、それは物語が過ぎて、僕自信が好きでない。動機なんてものは、後からついてくるものだろうと、今でも思ってる。何かをやってから、そこにピッタリくる動機を当てはめることが多い。どうしてなんだろうか、あまり普段から考えて生きていないからだろうか、いや、その理由も、あとからこじつけたハナシのような気がする。
オープン、その後は、なんとかトラブルもなく、ここまで来れたと思う。満員御礼でありがたいが、仕込みが足りなくて売れきれてしまったり、でも別日では、逆に余らせたり……よくある飲食店の開店ドタバタ話だ。僕のお幸せな性格は、そんな苦労した話をほとんど忘れちまうことだ。「何か」苦労があった、でもその「何か」が思い出せない。お幸せな性格、というよりは、その忘れっぽさがあるからこそ、幸せになっているかもしれない。いや、もしかしたら、もっと物覚えが良いと、もっと幸せになっているのかもしれない。人生は比べようがないけれど。
頑張って塗った壁の漆喰は、ぽつりぽつりと剥がれてしまっている。時間が惜しくて、下塗りや2度塗りを怠ったからだろう。先日、全く同じ漆喰を使っているお家を拝見したが、ウチとは違い、厚く、さらにツヤがあった。ちゃんと工期をしっかりとって、丁寧に塗ったと聞いた。
初日の店内。この棚に祖父の蔵書が収まっていく
田中 開 プロフィール
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タナカ カイ
1991年東京都出身。早稲田大学基幹理工学部卒業、現在は同大学院に在籍中。祖父はゴールデン街をこよなく愛した、直木賞作家の故・田中小実昌氏。その縁もあり、この街にレモンサワー専門店【The OPEN BOOK】をオープンする。
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