【福臨門酒家】の味を受け継ぐ、圧倒的実力を持つトミーさんの新店【港式料理 鴻禧】が虎ノ門に誕生
2022年は、広東料理の大豊作。麻布十番【一平飯店】に銀座【嘉禅】(移転リニューアル)、人形町【日本橋タカセ】等々、これぞ、と思う実力店が次々に名乗りを上げる中、また一つ、話題沸騰必至の店がオープンした。その名も【港式料理 鴻禧(こうしきりょうり こうき)】。場所は、西新橋と虎ノ門の丁度中間あたり。人通りもまばらな場所にひっそりとした佇まいを見せている。
虎ノ門と西新橋の狭間に潜むこじんまりとした佇まい。重厚な扉の向こうはリアル香港
どっしりとした扉を開け、細長いエントランスを歩くと11席のメインカウンターが現れる。その向こうで、にこやかな笑みを浮かべているのが、料理長のトミーさんこと覃志光氏だ。“トミーさん”の愛称に聞き覚えのある方は、かなりの香港通。そう、コロナ禍で惜しくも閉店した錦糸町の名店【サウスラボ 南方】で、香港そのままの味を披露していた名シェフだ。
料理長の“トミーさん”こと覃志光さん。59歳とは思えぬ若々しさだ
それだけではない。16歳で料理の世界に入ってからこの道一筋43年。香港「シャグリラホテル」の【夏宮】等々で修業を積んだ後、37歳の時に来日。1989年の【福臨門魚翅海鮮酒家】東京店オープンの後、2002年に同店の厨房に呼ばれ、その後、大阪店、名古屋店の各店を回ること6年。都合14年半、腕を磨いた経歴を持つ。今は亡き【福臨門酒家】の味を、しっかりと受け継いだ数少ない料理人の1人だ。
“鴻禧”と書かれた筆致も見事な書は、トミーさんが一番好きな中華料理店という大阪【一碗水】のご主人、南茂樹シェフの手によるもの
まず、それを深く感じさせるのが“上湯”と呼ばれる香港の高級スープだ。材料は、豚赤身肉と老鶏、そして金華ハム。店によっては、ここに干し貝柱やもみぢ(鶏足)、豚背骨などを加えて更に旨みを足しがちだが、トミーさんは【福臨門】のセオリー通り潔くこの3種のみ。
オープンキッチンの店内からは、料理を作るパフォーマンスもご馳走の一つ
しかし、一点だけ変えた部分がある。それは豚肉の部位。【福臨門】ではもも肉を用いていたが、トミーさんは豚すね肉に変更。曰く「すね肉の方がゼラチン質も豊富で旨みが深いから。」がその理由だ。弱火でじっくりとエキスを抽出すること6時間。淡い黄金色に輝くスープは、立ち昇る香りも深遠。思わずうっとりと目をつぶってしまうほどだ。そう、このスープが料理の要。だしが和食の命と同じく、中華もスープが肝心なのだ。
『竹笙羊肚菌吨翅』(ふかひれの絹傘茸詰め編笠茸添え)。竹笙は絹傘茸、羊肚菌は編笠茸のこと。ふかひれは繊維の太い海虎翅を用いている
その上湯の旨味をじっくりと楽しめる逸品が、ご覧の『竹笙羊肚菌吨翅』(フカヒレの絹傘竹詰め編笠茸添え)だ。絹傘茸に詰めたフカヒレは、“翅針”と呼ばれるフカヒレの繊維が太い海虎翅(ホイフーチー)を使用。日本では姿煮がおなじみだが、香港では麺の如く太い繊維質のフカヒレが好まれる。この海虎翅は、天九翅(ティンガオチー)につぎ二番目に高級とされるフカヒレで、もちろん、乾燥したものをトミーさん自らが戻している。既に戻してパック詰めになっているフカヒレを使う店が多い昨今、これはかなりレアなケースと言ってもいいだろう。
干し鮑や編笠茸など店で扱う乾貨たち。中央がつばめの巣で左上が絹傘茸
というのも、乾貨と呼ばれる中国の高級乾物は、一朝一夕で上手く戻せるものではないからだ。そこには熟練の技とカンが必要となり、香港では(乾貨の)戻し専門の職人がいるほど。大きさ、重さ、乾燥具合等々個々の状態を的確に見極め、戻す時間や水の塩梅を微調整する。こうして上手に手当てされた上質なフカヒレは、歯ごたえがありつつも食感はしなやか、かつ滑らかだ。ゼラチン質特有の旨みはあるものの、フカヒレ自体に味があるわけではなく、それだけに上湯の良し悪しがダイレクトに味を左右する。
スープは、丸鷄、金華ハム、豚脛肉でとる上湯がベース
スープといえば単純な料理のように思うかもしれないが、さにあらず。乾貨の戻し加減、スープの出来不出来、そして旨みの入れ方等々。料理人の実力がわかる一皿と言ってもいいだろう。編笠茸の旨みでより深みを増したスープは、しみじみと滋味豊か。そのスープをたっぷりと吸った絹傘茸のシャクッとした歯感触りも心地よく、フカヒレ共々味わえば、淡麗でいて厚みのある旨みがじんわりと味蕾を潤していく。余韻の深さも秀逸だ。
名物の一つ『クリスピーチキン』。飴色の揚がり具合も美しい。取り分けてくれ、おかわりもできる
更にもう一つ。『脆皮炸子鶏(クリスピーチキン)』も【福臨門】の看板料理だった逸品だ。“脆い皮”の表記通り、薄くパリパリの皮を口にした瞬間、口中に溢れ出るのは澄んだ鶏の脂、そして肉汁をしっとりとうちに閉じこめた身の旨み、これら三味一体となった味わいこそ、この料理の真骨頂だ。
鶏は、広州原産の“龍崗鶏”。これを、つがいで香港から取り寄せ、茨城の養鶏場で育てさせたのは【福臨門】の初代、徐維均氏。【港式料理 鴻禧】でもそれと同じ鶏を用いている
味だけではない。【港式料理 鴻禧】では、客席と厨房の間に耐熱のガラスを設置。下ごしらえした丸鷄を徐々に揚げていく様子を、後ろ向きではなく正面からカウンター越しに目のあたりにできる臨場感も胃袋を刺激する良きスパイスだろう。シャーっという快音を立てながら次第に黄金色に色づいていく。
ただ油をかけているのではなく、トミーさんによれば「揚げる温度が肝心。」とのこと
ところで、このプライドチキン、揚げ方が独特だ。油の中に投入するのではなく、フレンチのアロゼよろしく熱した油を100回以上もかけまわしながら徐々に火を入れていくのだ。60℃程度の低温から揚げ始め、最終的には180℃の高温になるまで少しづつ温度を上げながら揚げていく。その微調整こそが料理人の腕。データでは決して押し測れぬ、ベテランなればこその技量と言えよう。
生簀から出したばかりのアズキハタを手にするトミーシェフ。必ず活魚を使うことも、【福臨門】仕込みの拘りの一つだ
加えて鮮魚を丸ごと一尾蒸しあげる『清蒸魚』も、香港の代表的な料理の一つ。写真はアズキハタだが、ここでは厨房の生簀から取り出したばかりの活けの魚を使用(これも【福臨門】スタイル)。
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素早く〆た後、蒸気の上がった強火のせいろで一気に蒸しあげる。いわば一発勝負。なぜなら「途中で(蓋を)開けると、魚の肉質が変わってしまう。」とはトミーさん。活魚ならではのプリッとした食感が台無しになってしまうのだ。
『清蒸紅斑魚』。このタイミングで土鍋で炊きたての白飯が出されるサービスも気が利いている
そして、蒸し上がったアズキハタにたっぷりのネギの千切りを乗せ、カンカンに熱したピーナッツ油をかける最後の仕上げはお客様の目の前で。ジュワっという油をかけた瞬間の快音と芳ばしい香りもご馳走だろう。器に残ったタレが、またご飯を誘うおいしさ。
たっぷりのツバメの巣を贅沢に使った『鮮蟹肉扒官燕(蟹肉とつばめの巣の煮込み)』
その他、『鮮蟹肉扒官燕(蟹肉とつばめの巣の煮込み)』や干し鮑の煮込みなど高級乾貨の料理は、トミーさんの得意とするところ。
シェフの手さばきを見ることのできるカウンターがオススメだが、個室も完備している(要相談)
料理のコースは、16,500円、27,500円、38,500円の3コースが用意されており、フカヒレなどの高級乾貨が入るコースは、27,500円から。干し鮑を食べたい時には、大きさによって戻す時間が変わるので、早めの予約が好ましい。
お酒は、シャンパンほかワイン、紹興酒も豊富。ペアリング8,800円の用意もある
撮影/三橋優美子 取材・文/森脇慶子
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