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【志摩観光ホテル】樋口宏江シェフx宮崎英男シェフが語る「伊勢志摩ガストロノミー」とは?

伊勢海老にアワビ、伊勢志摩ならではの豊かな食材を生かし、ここにしかない料理を生み出す。そんな料理が評判の【志摩観光ホテル】で行われた「伊勢志摩ガストロノミー 夏の晩餐会」。歴代料理長として初めてコラボイベントを行ったお二人に、三重の食の豊かさを通じて"未来に伝えたい豊さ"についてインタビューしました。

【志摩観光ホテル】樋口宏江シェフx宮崎英男シェフが語る「伊勢志摩ガストロノミー」とは?

  • 宮崎英男シェフプロフィール
    1968年 志摩観光ホテル入社。1994年料理長就任。2008年に志摩観光ホテル第6代総料理長に、2014年に料飲部顧問、2019年に名誉料理長に就任。料理八心(志・真・健・美・清・恒・識・技)を大切にし、すべてのバランスがととのってこそお客様に喜んでいただける料理が提供できるという信念でホテルの料理を守ってきた。

  • 樋口宏江シェフプロフィール
    1991年志摩観光ホテル入社。2008年フレンチレストラン【ラ・メール】シェフに就任。2014年都ホテルズ&リゾーツ初の女性総料理長として、志摩観光ホテル「クラシック」「ベイスイート」両館を統括する総料理長になる。2016 年「G7 伊勢志摩サミット 2016」ワーキング・ディナーを担当。2017年農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」にて女性初、三重県初の「ブロンズ賞」を受賞。

豊かな海の恵みに感謝する『伊勢志摩ガストロノミー』

―今回の「夏の晩餐会」で7年ぶりに一緒に料理を作られたと聞きました。昨晩のお料理の構成はどうやって考えられたのでしょうか?

宮崎英男氏(以下宮崎 敬称略):現総料理長である樋口シェフが考えました。レストラン【ラ・メール ザ クラシック】50周年という特別な年の晩餐会。事前に相談を受けたので、"今までの料理、これからの料理″を意識しようと二人で話しましたね。志摩観光ホテルを語る上で、伊勢海老、アワビ、松阪牛ははずせないから、これらの食材はコースに組み込もう、そんな話をしました。

樋口宏江氏(以下樋口 敬称略):"これからの料理"という視点では、三重県南部の尾鷲の魚を使った料理を出したいと考えました。尾鷲は日本でも有数の魚種を誇る場所で、その数は年間200種類を超えます。今回魚を届けてくれた【岩崎魚店】の二代目・岩崎 肇さんは、急な注文でもいいものを届けてくださるので、大変信頼しています。岩崎さんから届く箱を開けると、魚の詰め方が本当にきれいなので、魚への愛情が伝わってくるんですよ。

    第4回「伊勢志摩ガストロノミー 夏の晩餐会」で使われた伊勢の海の幸

    第4回「伊勢志摩ガストロノミー 夏の晩餐会」で使われた伊勢の海の幸

―"これからの"という意味のなかには、食を通じて未来を考える、という視点もあるように感じます。

宮崎: 志摩観光ホテルでずっと使っているアワビは、昔から海女さんがとってきているもので、これは今話題になっているSDGSの理念にも自然とあてはまっています。昔からの漁法をお客様にも知ってもらうという意味でも今回生産者を晩餐会にお招きし、お話いただく機会を作りました。

樋口:登壇してくださった海女の大野愛子さんは、東京でカメラマンだった方。海女になりたくて鳥羽に移住されてきた女性です。鳥羽は海女漁のエリアのなかでも外からの受け入れを積極的に行っています。海女さんたちはアワビの稚貝を放流して、資源を守り育てながら漁をします。伊勢志摩はこうした限りある資源を大切にしながら、海に優しい漁法を保ち、人々が生活できる循環が生まれている場所です。

    『すっぽんと海の貝類のスープ レディー カーズンスタイル 幻のスープ』。クリーミーでまろやかな味わいの後に、ほのかなカレーの香りが追いかけてくる

    『すっぽんと海の貝類のスープ レディー カーズンスタイル 幻のスープ』。クリーミーでまろやかな味わいの後に、ほのかなカレーの香りが追いかけてくる

―伊勢志摩は『御食つ国』。日本の中でも特徴のある食材や食文化がある場所なのですね。そうした地元の食材が、クラシックさと現代性を併せ持つお料理になっていてとても楽しめました。

宮崎:『すっぽんと海の貝類のスープ』は、50年前のイギリスなどでつくられていたウミガメのスープ『レディカーズン』が元になっています。今、ウミガメはワシントン条約で食べられなくなり、世の中から消えてしまいました。ですので、メニューに”幻のスープ”と記載したんですね。具材はウミガメに代わり、スッポンを使い、他にはハマグリ、ホタテ、アワビ。シェリー酒を隠し味に、カレー粉をふって焼き色をつけて仕上げます。

―スープ、とてもおいしかったです!アワビのステーキも爽やかで、定番のものとはまたひと味違う夏らしい一品でした。【志摩観光ホテル】でいただくアワビは肉厚でもっちりとしていて、何度食べても感動します。

宮崎:リピートしてくださるお客様は、"定番もいいけれど、新しいものも食べたい"とおっしゃってくださることがあります。ですから、アワビステーキの新しい形をつくりたいと、いろいろなソースを考えました。最初にこの料理をつくったのは、敷地内で無農薬で育てているレモンの香り、酸味を生かしたいと考えたから。ソースのほうに酸味を強くきかせ、皮を甘く炊いて、全体がまとまるようにしました。

    『志摩産鮑のパヴェ ブール・ブランソース レモン風味』肉厚でもっちりとしたアワビは、食べごたえ満点。爽やかな酸味がきいた、ブールブランソースがよく合う

    『志摩産鮑のパヴェ ブール・ブランソース レモン風味』肉厚でもっちりとしたアワビは、食べごたえ満点。爽やかな酸味がきいた、ブールブランソースがよく合う

―樋口さんがおっしゃっていた、尾鷲の魚を使ったお料理も爽やかで、さらにいろんな香りや味わいが広がる楽しいお皿でした。

樋口:石鯛、アカハタ、オウモンハタなどの地魚に、伊勢のトマトのピューレ、南伊勢で収穫された柑橘のソースを合わせました。熟す前の緑の柑橘を使って、柚子胡椒のようなものを作ってアクセントにしています。柑橘一つとっても、若い緑の時期、赤らんできた時期、完熟した時期、とそれぞれのタイミングのおいしさ、香り、酸味などがあるので、そうした変化も感じていただけたら。また、今回の柑橘は、農家さんが摘果したものをいただいています。これも実際に畑に足を運ぶことでできたこと。できるだけ、育てた農産物を無駄にしない仕組みをつくる農家さんに寄り添いたい、そんな思いもあります。

―今まで数がそろわない地魚などは、ホテルでは使うのが難しいとされてきましたが、積極的にそうした”地元の海”を感じるような料理をつくられていますね。

樋口:せっかくだから地元のいいものをお出ししたい。けれど、そのときに獲れたものをいかにおいしくお客様にお出しできるかは、いろいろと工夫が必要です。メニューやお料理の提供方法など、料理人が生産者の現状や環境にどう向き合うかというのは考えなければいけないと思います。

"火を通して新鮮、形を変えて自然″

    『尾鷲からの海の幸 南伊勢の柑橘の香り』。アカハタ、アオリイカ、ガスエビ、カツオなどを一皿に盛り込んで。魚はすべて【岩崎魚店】から

    『尾鷲からの海の幸 南伊勢の柑橘の香り』。アカハタ、アオリイカ、ガスエビ、カツオなどを一皿に盛り込んで。魚はすべて【岩崎魚店】から

―情熱や理想があったとしても、なかなか現実を重ねていくと難しいところはやはりありますよね。

宮崎:賢島にある神明漁港は夏の間だけ漁が行われます。ワタリガニ、やクルマエビなどいいものが揚がるんですよ。でも大きさが不揃いでなかなか使えない。昔からこのあたりの漁で行われる"突き"のすずきもいいんですけどね、腹を刺してしまうので、ソテーなど大きく身を使う料理には使えない……。素材は良いので、使いたいものはたくさんあるのですけれどね。

―40年以上も前に、先々代の高橋忠之シェフが提案した『海の幸フランス料理』も、当時高級フランス料理店で主流だった欧米からの高級輸入食材を主軸に置くのではなく、伊勢志摩の海の食材をメインにしようという、地元の恵みに目を向けたものでした。

宮崎:そうですね。当時から高橋シェフは地のものを積極的に使っていらっしゃいました。

―「火を通して新鮮、形を変えて自然」というのが高橋シェフの哲学だったと聞きました。

宮崎:高橋シェフに会ったときに、「この人の下で働きたい」すぐ思ったんですよ。料理に対する姿勢、考え方、先見の明があって「21世紀の料理長」とはこういう人がなるんだろうなと、直感的に感じました。高橋シェフは常に伊勢の自然に目を向け、その言葉を一貫して実践されていました。入社後【志摩観光ホテル】で働き、知識を深めていくなかで、伊勢湾に面した3つの漁港で獲れるものが全然違うということに驚いたことを覚えています。

    『松阪牛フィレステーキ ベルグルディンソース』は、宮崎シェフのテクニックで実現した幻のメニュー。「このソースは冷めても、温めなおしても分離します。ですからタイミングがとても難しい。今回120人のゲストがいらっしゃいましたが、あえてチャレンジしました。」

    『松阪牛フィレステーキ ベルグルディンソース』は、宮崎シェフのテクニックで実現した幻のメニュー。「このソースは冷めても、温めなおしても分離します。ですからタイミングがとても難しい。今回120人のゲストがいらっしゃいましたが、あえてチャレンジしました。」

―高橋シェフから宮崎シェフへ、そして樋口シェフへ。それぞれのシェフが考えながら伊勢志摩の海の恵みはいろいろな料理のカタチに姿を変えて未来に受け継がれ、お客様を楽しませているのですね。未来に向けて気になる食材などはありますか?

樋口:海の幸ばかり話をしましたが、山の幸もいいんですよ。最近はみかん農家の取り組みに注目しています。"完熟した実だけでなく、摘果して間引いた青い果実の果汁を使えないか"など、生産者の方との話のなかでアイデアも沸いてきますね。
 ほかにも伊勢の森で育った鹿や猪などの「伊勢志摩ジビエ」に注目しています。料理人でもある猟師さんが猟から解体までを行っているジビエです。獲れた場所、時期、性別、年齢、などを事前に知らせてくれ、さらに料理人がどう料理するかを想像しながら処理をされている。ですから、”こういう肉が欲しい”というイメージ通りの肉が手に入るのです。

    フレンチレストラン【ラ・メール】のダイニングにて。昔話から料理のことまで話が尽きることがないお二人

    フレンチレストラン【ラ・メール】のダイニングにて。昔話から料理のことまで話が尽きることがないお二人

―伊勢志摩の豊かな食は、本当に尽きることがないですね。宮崎さんから見た、樋口シェフはどんな料理人だと思いますか?

宮崎:彼女はすごく挑戦心がある。料理は時代とともにあります。今までとどまってきたことはありません。止まらない、挑戦しつづけるというのはこれからの料理人としてあるべき姿だと思います。心強いですね。

―樋口さんから見て、宮崎さんのお料理の魅力はどういうところでしょうか?

樋口:宮崎さんのお料理は基本に忠実、クラシカルなのですが、古くなく、今のお客様が”おいしい”と素直に思われるところがすごいです。シェフはルセット(レシピ)をすべて公開されているので、その通りにつくるのですが、同じようにはどうしてもできない。真似ができない料理なのです。まだまだ勉強です。

「伊勢志摩ガストロノミー」とは

2018年より【志摩観光ホテル】が取り組んでいる、三重県の食の豊かさを発信する食の取り組み。40年以上前に生まれた「海の幸フランス料理」を中心に、伊勢志摩の食材の魅力を引き出し、生産者とともに資源を守り、支えている。次の「冬の晩餐会」開催は2020年2月1日開催予定。

この記事を作った人

撮影/今清水隆宏 取材・文/山路美佐(ヒトサラ副編集長)

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