飲食チェーン店が挑戦する、持続可能なレストラン/~食の明日のために~vol.14
農業や漁業などで「持続可能性=サステナビリティ」に取り組む生産者が増えるなか、その食材を使って料理をする飲食店の持続可能性については、これまであまり考えられてきませんでした。そんななか、横浜の和食店が様々な先進的な取り組みにチャレンジしています。
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「持続可能性」を企業理念に
人生を変えた海外での体験
業務の見直しを組み合わせて
「持続可能性」を企業理念に
「環境資源を損なわない形での持続可能な企業活動を進めたい。そのためにうちのレストランでできることは、すべてやろうと思ったんです」
株式会社きじま(以下「きじま」)の事業開発室室長、杵島弘晃さんは、にこやかに説明を始めました。杵島さんは同社におけるレストラン事業の拡大だけでなく、持続可能な取り組みを導入する業務の責任者でもあります。
株式会社きじまの事業開発室室長、杵島弘晃さん
「きじま」をはじめ、現在横浜を中心に6軒の大型和食店と1軒の仕出し店を営む同社を、代表取締役の杵島正光さんが創業したのは昭和55年。新鮮な魚を使った料理を看板に、慶事や法事などの親族行事にも対応できる和食レストランとして、地元に根付き数代にわたるお客さまをつかんできました。そんなきじまは、息子である杵島(弘晃)さんが2017年に新しいミッション(企業理念)を掲げます。
「食を通じて持続可能な共同体の創造と発展に寄与する」
この新しい方向性を発表すると同時に、同社はさまざまな取り組みをスタートしました。まず力を入れたのは、店で使用する食材や調味料を、安心・安全で持続性を考えたものに切り替えることです。米は無施肥・無農薬の自然栽培米に、卵はポストハーベストフリーで非遺伝子組み換えの飼料を与え、抗生物質を投与せず平飼いで育てられた鶏の有精卵に。醤油は国産の大豆と麦100%で木桶を使った再仕込み・天然醸造、酢は国産有機米100%の純米酢に、油は薬品処理をしていない非遺伝子組み換えの国産菜種油に切り替えました。そして満を持して最近取り入れたのが、MSCとASCというエコ認証を取得した魚の使用です。
おもてなし館きじま本陣のメニューの一部。MSCとASCの認証魚種を使用したメニューに、ロゴが表示されている。「年間40万人のお客様の目に触れることにより、サステナブルシーフードを知っていただく機会になればと思っています」
MSCはイギリス発祥の天然魚に対するエコ認証、ASCはオランダ発祥の養殖魚に対する海のエコ認証です。乱獲をせず、環境への影響が少ない漁法や養殖方法で生産されたシーフードに対して与えられる世界の様々なエコ認証の中でも、厳しいガイドラインを設けていることで知られるこれらの認証魚を使用することで、「持続可能な漁業を営む漁業者を支えたい」と杵島さんは言います。
現在は、宮城県塩竃で加工されている鰹、ミクロネシア産のメバチマグロとキハダマグロ、カナダ産のズワイガニ、ベトナム産のバナメイ海老とブラックタイガー海老などを使用しており、今後も順次取り扱いを拡大していくそう。
「持続可能な海を目指すうえで、今ある選択肢の中から選ぶとすれば、これらの認証魚を使うことがベストだと思いました。ただ国産のものが極端に少ないのが悩みですね。店での取扱量を拡大するためにも、認証魚が増えてほしいと切に願います」
人生を変えた海外での体験
日本では、持続可能性を考えた取り組みを進める飲食企業がまだまだ少ない中、きじまがここまでの先進的な項目にチャレンジしようと決めたきっかけは何だったのでしょうか。
「僕は2010年前後に大学生活を送っていたんですが、その頃はアル・ゴア元アメリカ副大統領主演のドキュメンタリー映画『不都合な真実』が大きな話題になったりと、世界の目が環境問題に大きく向いていたんですね。そんな時代にカナダに留学し、そこでナチュラルオーガニック系のグロサリーストア、ホールフーズ・マーケットに出会ったんです。頭をぶん殴られたような衝撃を受けましたね、なんだこれはと」
ホールフーズ・マーケット(写真はボストンのもの)。野菜売り場はオーガニック生産物がメインで、プラスチックを多量に使用するパッケージングは行わずすべて量り売りだ
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魚売り場。「サステナブルシーフード」というタイトルのもと販売する魚のガイドラインを掲示。右の3つは「シーフード・ウォッチ」と呼ばれる色分けシステムで、天然魚の資源状況を豊富にある/注意が必要/枯渇 という三段階で表示
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肉売り場。アニマルウェルフェア(家畜が健康でストレスの少ない生活を送れるよう配慮した飼育方法)を担保した家畜の肉のみを販売。過密や不潔な状況におかれたり、抗生物質など薬品を多量に投与されて育てられる家畜の肉はNGだ
野菜はオーガニック、肉はアニマルウェルフェアを担保したもの、魚はサステナブルシーフード。ドリンクも調味料も有機材料を使っていたり伝統的な製法で作られたものだったりフェアトレード製品だったりと、全方位に向けて持続性に配慮した生産物や製品が並ぶのがホールフーズ・マーケットです。アメリカのオーガニックスーパーの代名詞ともなっているこのホールフーズの商品ラインナップに感動しただけでなく、そこで活き活きと働く従業員の様子や、楽しそうに買い物をする客が生み出す心地よい空気感に、杵島さんは商いのあるべき姿を見出したと言います。
大学を卒業し、いったんは一般企業に入社した杵島さんは、将来を見越し飲食業の勉強のためにニューヨークに渡り調理師学校で学びました。在学中から、トップシェフでありながら環境問題を取り上げたベストセラー、“The Third Plate”(邦題:食の未来のためのフィールドノート)の著者でもあるダン・バーバー氏が経営するレストラン「ブルー・ヒル」で働き、さらに環境に対する意識を高めた杵島さん。満を持してきじまに入社し、前述のさまざまな取り組みに着手したのでした。
業務の見直しを組み合わせて
さて、同社の取り組みは食材調達だけではありません。たとえば、仕出し用お弁当のパッケージはプラスチックを撤廃し紙製のものに、割り箸もすでにFSC(森林管理協議会)認証のものに切り替えています。そして海を守る施策のひとつとして、今年度中に石油由来の合成界面活性剤を使用した合成洗剤を撤廃予定です。
仕出し用お弁当のパッケージはすべて紙製に、割り箸はFSC認証の木材使用のものを。細部まで徹底している
しかしながら、このような取り組みは当然コストがかかるもの。自然栽培の米も油も紙製のお弁当パッケージも、普通のそれに比べると数倍~数十倍の原価が必要です。ランチは1000円台から、ディナーでも6000~7000円と、都心の超高級店とは客単価が同じではない店で、どのようにコストを吸収しているのでしょうか。
「数年間をかけてITシステムを導入して、年間40万食の予約情報を一括管理し、業務の効率化を一気に進めたんです。そうすると本当に必要な量と種類の食材だけを仕入れ、無駄なく使いきれるようになりました。予約の入り方によってはスタッフに店舗間を移動して働いてもらうことで、残業が減り従業員の満足度も上がっています。当初のシミュレーションでは取り組みを進めると倒産してもおかしくない数字が出ていたんですが(笑)、進めるうちに振り返ってみたら、以前と比べて原価が1~2%下がっていたんです」
食べ手がレストランを選ぶとき、一般的に検討する要素は「おいしさ」「心地よさ」「アクセスのよさ」「値段」などでしょう。しかし欧米ではすでに、「環境」や「持続可能性」を評価軸に加えて店を選ぶ食べ手が増えてきているようです。日本でも近年、消費者意識が次第に高まりつつあるなか、このようなレストランがどんどん増えてほしいと思います。
きじま名物の活けイカの姿造りを盛り込んだ『海幸盛』。「安心・安全」の提供のため、きじまでは化学調味料や保存料、また合成着色料/香料などの食品添加物も完全撤廃している。
この記事を作った人
佐々木ひろこ
日本で国際関係論を、アメリカでジャーナリズムと調理学を、香港で文化人類学を学び、現在はジャーナリストとして、主に食文化やレストラン、料理をメインフィールドに取材を重ね、雑誌、新聞、ウェブサイト等に寄稿している。水産資源が抱える問題に出会ったことをきっかけに、若手シェフらと海の未来を考える料理人集団「シェフス・フォー・ザ・ブルー」を立ち上げ、積極的な活動を展開中。
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