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更新日:2020.06.10連載

サステナブルシーフード・セミナーが 有名シェフ達で満席になった理由(1)/~食の明日のために~vol.15

水産資源の未来を考える料理人のグループ、Chefs for the Blueは昨年10月21日、大型のサステナブルシーフード・セミナーを開催しました。ほぼ事前告知なしにもかかわらず、申込受付を開始するとほどなく飲食関係者で満席・増枠に。最終的に登録は260名を越え、当日は活発な質疑応答が続きました。海の現状への危機感は、料理界で急速に高まっているようです。

サステナブルシーフード、オリヴィエ・ロランジェシェフ、魚、Chefs for the Blue、サステナビリティ

海洋資源の問題に取り組む世界のトップシェフが来日

筆者が代表を務める一般社団法人Chefs for the Blueは、水産資源の未来を考える東京のシェフ達のグループです。2017年に活動を開始して以来、乱獲等により魚が減り続けている日本の海の現状と、持続可能な漁業への転換を訴えるため、大小含めさまざまなイベントを行ってきました。

飲食業界を対象に行った今回のセミナーは、著名フランス料理人オリヴィエ・ロランジェシェフの来日機会に合わせ、急遽開催を決めたもの。ロランジェシェフは、1900年~2000年代のフランス料理界を代表する巨匠の一人ですから、名前を聞いたことがある方もいるかもしれません。仏ブルターニュ地方に魚介メインのレストラン【レ・メゾン・ド・ブリクール】を開き、三ツ星をもたらした料理人として尊敬を集める一方で、現在は水産資源のサステナビリティを推進するさまざまな活動を通じ、ヨーロッパ料理界をリードするシェフとしても知られています。

  • ロランジェシェフのホームは、フランス・ブルターニュの港町、カンカル。【レ・メゾン・ド・ブリクール】の星を返上してクローズした後、写真のシャトーを購入しレストラン【ル・コキヤージュ】と宿泊施設をオープン

    ロランジェシェフのホームは、フランス・ブルターニュの港町、カンカル。【レ・メゾン・ド・ブリクール】の星を返上してクローズした後、写真のシャトーを購入しレストラン【ル・コキヤージュ】と宿泊施設をオープン

  • 目の前のモン・サンミッシェル湾は、牡蠣の養殖で有名な海。干潮時には、びっしりと並んだ牡蠣棚が海から顔を出す。このあたりはさまざまなシーフードに加えて海藻も豊かに茂り、昆布も収穫されるそうだ

    目の前のモン・サンミッシェル湾は、牡蠣の養殖で有名な海。干潮時には、びっしりと並んだ牡蠣棚が海から顔を出す。このあたりはさまざまなシーフードに加えて海藻も豊かに茂り、昆布も収穫されるそうだ

セミナーでは、ロランジェシェフをメインスピーカーに迎えると同時に、多くの日本人シェフ、魚を扱う流通企業、研究者、サステナブルシーフードに関するコンサルタントなど幅広い分野から登壇していただくよう内容を組み立てました。そして迎えた10月21日。当日の様子をご紹介していきましょう。

【カンテサンス】【日本橋蠣殻町すぎた】【シンシア】などからも登壇

セミナーのハイライトのひとつ、パネルディスカッション①に登壇したのは、有名料理人に顧客の多い焼津【サスエ前田魚店】の三代目店主・前田尚毅さん、漁場からの鮮魚直接空輸という手法で流通革命を起こした、「羽田市場」社長の野本良平さんという魚の流通を担うお二人と、フレンチレストラン【シンシア】のオーナーシェフ、石井真介さんです。

    左より、「羽田市場」の野本良平さん、【サスエ前田魚店】の前田尚毅さん、【シンシア】の石井真介さん

    左より、「羽田市場」の野本良平さん、【サスエ前田魚店】の前田尚毅さん、【シンシア】の石井真介さん

日本各地の漁場を知る野本さんが、たった数年の無秩序な乱獲でホッケが壊滅した北海道・紋別の例を挙げ、「巻き網船や底びき船などの漁獲能力は、昔に比べて各段に上がっています。だからこそ、早くきっちりとした漁獲割当(※1)を設定しなくちゃいけないんです」と伝えた内容には、大きな説得力があったと思います。また前田さんが、目の前の駿河湾からどんどん魚が減っており、シラスをはじめ乱獲の影響が大きいと話すと会場は静まり返り、たとえば一部のブランド魚だけを欲しがらないこと、雑魚などすべての魚の命を大切にし、価値を見出すこと、買いたたかずに漁師の生活を守ることなどが重要、といった提案に頷く皆の様子が印象的でした。そして、リードシェフを務めるChefs for the Blueの活動を通じ、料理人として「おいしければいい」という姿勢に疑問を持ち始めたという石井シェフは、志ある漁業者を支えるなど、海を守るために料理人ができることは多いと語り、飲食関係者が多い会場の共感を呼びました。

    左より、【日本橋蛎殻町すぎた】の杉田孝明さん、【カンテサンス】の岸田周三さん、【神戸北野ホテル】の山口浩さん

    左より、【日本橋蛎殻町すぎた】の杉田孝明さん、【カンテサンス】の岸田周三さん、【神戸北野ホテル】の山口浩さん

続くパネルディスカッション②で登壇したのは、鮨の超人気店【日本橋蛎殻町すぎた】の杉田孝明さん、フランス料理の三ツ星レストラン【カンテサンス】のオーナーシェフでありChefs for the Blueの理事も務める岸田周三さん、そして【神戸北野ホテル】の総料理長、山口浩さんの3人です。それぞれ料理人として「これからの海に望むこと」をテーマに意見を交わしました。

「鮨店だけでなくフランス料理レストランでも、魚料理を食べるために来日するインバウンド客の多さは実感する。そんななか、魚が減ると日本にとって大きな損失になります」と説く岸田シェフは、乱獲を防ぐための明確なルール作りや、努力している漁師を支えるための魚のトレーサビリティ(※2)整備を訴えました。続いて杉田さんは、「お鮨屋さんの間に危機感がまだ少ないのは、単に問題自体を知らないから。まずは『知る』ことが大切で、そうすれば業界は必ず変わっていくはずです」と力説。また、激減中の近海本まぐろ(太平洋クロマグロ)の現状を憂い、数を増やすために産卵期の漁を控えることなどを考えていくべきではないかと話しました。そして山口シェフは、ロランジェシェフと自身が所属するホテル・レストランの国際会員組織、ルレ・エ・シャトーの海洋資源保全に関する取り組みを紹介し、日本支部の副会長としても今後、積極的に発信・活動していくとの決意を表明しました。

※1:漁獲割当:欧米で主流の漁業規制の手法で、まず科学的調査と研究に基づいて毎年「獲っても安全な」全体の漁獲枠を決め、その全体量を一船ずつに振り分けて管理すること。日本では現在、実効的な漁獲枠も設定されていない。
※2:トレーサビリティ:誰がどんな形で獲った魚が、どんな経路を経て手元に届くかがはっきり追跡できること。

    飲食業関係者でびっしり満席の会場ホール。日仏同時通訳を取り入れたため、フランス人シェフやソムリエもちらほら。有名レストランのシェフや人気鮨店の店主がずらりと並ぶ様子は圧巻だった

    飲食業関係者でびっしり満席の会場ホール。日仏同時通訳を取り入れたため、フランス人シェフやソムリエもちらほら。有名レストランのシェフや人気鮨店の店主がずらりと並ぶ様子は圧巻だった

「何もしない、かっこ悪い大人」にならないために

「今私が鮨職人として店に立てているのは、先人たちが作り上げ、繋いでくれた食文化のおかげです。私には、自分が受け取ったバトンを次の世代に引き継ぐ責任がある」

「この先いつか過去を振り返ったとき、(魚が激減しているという現実を前に)あの時結局何もしなかった、というかっこ悪い大人になりたくないんです」

    水産資源の問題に向き合ってまだ日が浅く、「鮨職人として何ができるのか、考え続けています」という杉田さん。

    水産資源の問題に向き合ってまだ日が浅く、「鮨職人として何ができるのか、考え続けています」という杉田さん。

ディスカッションの最後に語られた、この杉田さんの力強い言葉は、当日の登壇者全員の想いを総括していたように思います。バトンを未来に引き継ぐために、水産資源と食文化を未来に残すために、魚の流通業者や料理人に何ができるのか――「飲食業界における問題の共有」を目的とした今回のセミナーを終えた今、私達は次のステップを懸命に考えているところです。各登壇者が提示したさまざまな問題意識や提案を、どのような形で政治や行政に伝え、生産者を支え、現場を変える一助になれるかについて、引き続きグループとして考え動いていこうと思います。

→次回はオリヴィエ・ロランジェシェフの講演内容をお伝えします。

この記事を作った人

佐々木ひろこ
日本で国際関係論を、アメリカでジャーナリズムと調理学を、香港で文化人類学を学び、現在はジャーナリストとして、主に食文化やレストラン、料理をメインフィールドに取材を重ね、雑誌、新聞、ウェブサイト等に寄稿している。水産資源が抱える問題に出会ったことをきっかけに、若手シェフらと海の未来を考える料理人集団「シェフス・フォー・ザ・ブルー」を立ち上げ、積極的な活動を展開中。

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