【ア・レストラン(A_RESTAURANT)】(金沢)伝統を未来につなぐ風景~ヒトサラ編集長の編集後記 第28回
レシピを人類の共有財産として未来へとつないでいく――、金沢にそんな極めて今っぽいテーマを掲げる【A_Restaurant(ア・レストラン)】がオープン。こけらおとしのイベントでは、アジアの雄アンドレ・チャンシェフが来日して腕をふるうというと聞き、出かけてみることにしました。(2020年2月9日に取材したものです)
KANAZAWAを料理に落とし込む
この【ア・レストラン】というのは、OPENSAUCE Inc.(注)の運営になるユニークなレストランで、ここをラボとして、さまざまなレシピをあつめて実験をし、それをオープンにして皆とともに食のすばらしさを紐解き、未来に適切なカタチで残していくことをテーマにしています。伝統を未来に継承する職人や食材にすぐれた金沢という場所でのこんな試みには大変興味があります。
会場のレストランは繁華街片町、ビルの2階にありました。
天井の高いレストランには多くのシェフたちが集い、今回のアンドレシェフと銭屋の髙木シェフとのコラボディナーが用意されています。料理をもりつける皿はseccaのオリジナル、集まったゲストは30人ほどでしょうか、場内はすでに熱を帯びています。
舌をリセットしたら金沢カレー
まずはカウンターにみんなが集まり味覚のリセットからはじまりました。ピュアな水を一杯いただいたあと、タブレットを口にいれます。これは6種類の味を順番に感じられるもので、淡・酸・甜・苦・塩、辣が順番に口中にあらわれます。
人によって味覚はかわり、それを同時に体験してみるという試みで、兼六園の六勝ともかけて「六」とタイトル付けされています。 味覚の再発見と多様性の再認識とでもいうべきアミューズです。
テーブルにもどると、「霧」と名付けられた最初の皿として白いカクテルが出てきました。表面を覆う泡を割るとなかからカレーの香りが。これは金沢カレーをイメージしたカクテルだそうで、ベースはお米へのリスペクトを込めての米麹です。福神漬けがそえられていてこれでカレーライスの完成というわけです。洒落がきいていますね。
軽いお遊びのあと、「生」と題された料理が登場しました。大自然の一片と表現された瓦状の皿の上に苔に似た料理が乗せられています。黒い手袋とへらが用意され、それで苔料理をすくうようにして食べます。多様な環境ではぐぐまれる山の幸、原始の記憶を想起させる生の一皿、との解説。アンドレの台湾の店【RAW】でもこれに似た演出を経験したことがあります。
苔の正体は発酵ハーブやブロッコリー。土に見立てたのは茄子のピューレ、セップ茸のパウダー、ガーリックパウダーなど。乾燥エノキやシイタケなども配されています。添えられたオートミールのチップがパリパリとして甘く、そこに乗せて口に運ぶことで味が完成されていきます。
合わせるお酒は百々登勢の30年もの。苔むす時間とお酒の熟成の長さがペアリングされます。なかなか味わい深いものです。
次は「鮮」と題された八寸です。日本海の今を封じ込めたということで、これは髙木シェフの作です。最高の鮮度なら海の幸を封じ込めて持ってくることでしょうと、密閉した袋に入った冷えた缶詰が2つ出てきました。それぞれナンバーがふられていて、1はフグの刺身にポン酢のジュレ、2はフグの皮とあん肝が入っています。どちらもなじみのある味で、それがいい具合の冷たさで登場します。確かに冬の海を感じます。
お酒は白ワイン、グリュナー・ヴェルトリーナー・フェダシュピール。オーストリアのビオディナミの代表格。フルーティなに中に火打石のとんがりを感じさせ、グラスをまわすときれいに香りがたついいワインです。
セビーチェの慈雨
その次に、ちょっとした趣向が加わります。タイトルは「雨」。
金沢に来るといつも雨か雪なんだ、と語るアンドレ。ロゼのワインが運ばれます。ラングドックのch.ド・ラ・スジョールのダイレクトプレッシングされたもので、色は白ワインに近いものです。雨や雪はいろんなものが混じってるけど、色はやはり白かしら。なかなかうまいペアリングです。
にわか雨だよ、とアンドレがテーブルにやってきて、お皿のうえにスープの雨を降らせます。お皿にはアジやエビが入っていてトリュフに覆われています。その上にスープを受ける皿があってそこから雨が降る仕掛け。トリュフの大地に降る雨は、やさしい色の恵みの雨のようです。
この雨のスープはなんだろうと思って一口。え、セビーチェ?
そう、セビーチェなのです。
とするとこの雨はタイガーミルク、というわけでしょう。ペルーを代表するスープ料理であるセビーチェのベースは魚のつけ汁であるタイガーミルク。栄養と旨味の宝庫です。これはまさに慈雨ですね。少し甘くてとてもおいしい。
トリュフに覆われた大地にタイガーミルクの雨。セビーチェの食感を豊かにするためのコーンもいい感じです。
そして、シチリアのオレンジワインが出てきました。ロンガリコ。これもナチュラルな作り手の自然の力を感じるものです。
合わせる料理のタイトルは「真」。
真の日本料理なんてだれが定義できるの、とのメッセージをそえたコロッケの登場です。筍の皮につつまれた小さなコロッケが3つ。ちまき風です。金沢の名店、小松弥助の弥次喜多というお土産を彷彿とさせます。
訊けばこれは未来のコンビニ食をイメージしたもので、決してジャンクなものではなく、また食べる際に着物を汚さず一口で食べられ、かつ、その所作までが美しく見えるように配慮されたものだということです。
コロッケのなかみは蟹肉と蟹味噌にベシャメールソース、それに洋ナシ。銭屋の髙木シェフの作です。
「コンビニっぽくといわれたんですが、コンビニで思いつくのはおにぎりと唐揚げとかだったので・・・実はアンドレからコンビニのふくろひとつ渡されて、これでなんか考えてと言われただけなんですよ。出す順番も途中で変えるし」と高木シェフは笑います。
でもこの、あつあつのものを葉っぱから少し出しては食べる弁当感覚。ストリートフードの豊かさを感じます。
雪つり、金継ぎ・・・伝統を未来につなぐ風景
お腹が落ち着いた頃に雪つりが運ばれてきました。テーマは「雪」です。
金沢の冬の風物詩である雪つりを模した器の上には白い大福のようなもの。
これは3種の米でつくられていて、中身はなんと牛ヒレのロッシーニ。コメはパウダー米、クリスピーな米パフ、酢飯。
お酒はかぶら寿司をイメージしたもので、天狗舞の山廃濁り酒に蕪ジュース、はちみつ、れもん、りんご酒。
牛ヒレのロッシーニはピリ辛で、アンドレがいま力を入れている四川料理風。フランス料理を学んだ彼が、日本のコメででそれらを包み、四川料理のエッセンスを付与する。三位一体が完成しています。
添えられたフォアグラのフラム、トリュフソースの茶わん蒸しは、濃厚なプリンのようで、お茶菓子のやさしさが加わります。
暖かさ、優しさ、美味しさが、ぎっしりと白い風景の中に包み込まれています。
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。
三好達治のあの詩が浮かび上がってきました。
アンドレは静かにそこに雪をふらせていきます。
デザートは「継」。金継ぎですね。伝統を未来へつなぐイメージでしょうか。
アンドレと髙木シェフが二人でソースをあたため、それをテーブルに持ってきてお皿にかけてくれます。
金継ぎは、陶磁器の修繕に使われる技法で、割れたり欠けたりした器を直すだけでなく、未来にその価値を繋いでいく行為です。それを2人のシェフが分業します。
九谷焼の廃品を磨き上げたという、割れた瓦のような黒い皿の上に、それを修復するパテのようムースが乗っかっています。これはレンコンのムースで栗やヘーゼルナッツが添えられたやさしい甘さのもの。シェフたちがかけてくれたソースはミモザを煮出した金粉入りのもの。それを黒い皿にぬると輪島塗、漆塗りの芸術作品じゃないですか。
わらびもちを感じさせる優しい味わいも、いや、これはさすがです。
デザートワインは南アのクレイン・コンスタンシア。余韻が残ります。
最後のお茶をいただきながら、シェフたちの達成感に満ちた表情を見ていると、この完成度の高いコラボレーションをつくりあげた皆さんに思わず拍手をしたくなりました。それはそこにいた全員の思いだったのか、そこかしこから拍手が起こり、なかなか鳴りやみません。
食という最も身近なことを通じて伝統を未来につなげていく試み。ここにはまだまだ、いろんな可能性が眠っていることを強く感じた夜でした。
(2020年2月9日)
(注)OPENSAUCE Inc.は、数々のスタートアップを推進してきた「Mistletoe(ミスルトゥ)」のパーマカルチャー領域を担う会社で、レストランの他にも醸造事業「Alembic」、新しい農業のノマド・プラットフォームを目指す「KNOWCH」などを運営している。
この記事を作った人
小西克博/ヒトサラ編集長
北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。
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