更新日:2021.05.20食トレンド 連載
京都【Cenci(チェンチ)】~ヒトサラ編集長の編集後記 第31回
海外旅行ができなくなっているいま、国内のいいものを再発見したり深堀りしたりする傾向が多くみられます。それは3月末に発表になった「アジアのベストレストラン」の結果にも現れていました。今回発表になった100位のなかに、和歌山のアイーダや京都のチェンチがランクインしていたことからも、多くの方々が日本の地方の素晴らしいレストランに積極的に訪れていたことが伺えます。
日本コンテンツの再発見と深堀り
「アジアのベストレストラン」発表会場でお会いしたチェンチの坂本健シェフも、地方再発見の喜びを語っていました。ほどなく京都でランチをとる機会があったので、迷わずチェンチを訪問することにしました。お店は平安神宮のすぐ脇にあって、神宮の赤い大鳥居が春の青空に映えていました。
古民家を改造したというお店は、スタッフの手作りになる煉瓦などをうまくインテリアに取り込み、伝統を現代に生かす京都の魅力を感じさせる空間です。地下に下るような作りになっているのですが、地下を掘ることで天井を高くし、圧迫感を感じないようになっています。
席に案内され、カモミールベースのハーブティーをいただきながら、ティーペアリングでランチをいただくことにしました。スパークリング・ティーからのスタートです。渋みの少ないかぶせ茶を炭酸で割ったものですが、爽やかでシャンパーニュをいただく気分になれます。
美しいペルシュウから熊のがんもどきまで
最初はペルシュウがきれいに並んだお皿でした。日本で唯一のパルマハム職人といわれる多田昌豊さんの24か月熟成もの。脇に自家製のブッラータにこしあぶら入りのジャガイモのピューレが添えられています。
透きとおるほどに薄くスライスされたペルシュウは口の中で儚く溶け、薫り高い余韻を残します。それにこしあぶらの苦みが春の淡い感じをうまく出しています。フォカッチャをオリーブオイルに浸して一つまみすると、イタリアの春の味の輪郭が現れてきました。
ホタルイカが来ました。山菜とホタルイカのサラダ上に棒状の春巻きが乗っかっています。春巻きのなかにもホタルイカが行者ニンニクやエゴマなどと入っています。サラダのドレッシングは発酵米とペルシュウ、米麹からつくられているもので、春の海を感じるホタルイカにほどよい酸味を与え、これも爽やかな一皿です。
熱湯で入れてからキンと冷やしたキンモクセイ香る凍頂烏龍茶が添えられます。
次のお皿はグジです。京都や大阪ではアマダイのことをそう呼びます。若狭湾で獲れるそれは高級魚として珍重されてきたもので、ほのかな甘みがあります。
そのグジを焚き上げ、熟成キャベツの発酵ソースでいただきます。
仕上げにテーブルでかけられたのはグジのスープにホエーが入ったもので、これもじつに爽やかに上品なグジの甘みを引き立ててくれます。
合わせたのはジャスミンティー。水出しのもので、このお茶の華やかさが、グジの繊細かつ深い味わいにうまく寄り添ってくれます。
がんもどきが出てきました。
珍しいなと思っていただくと、深い味わいのミンチが入っています。熊のミンチだそうで、それとタケノコをがんもどき風に仕立てたとか。
このころの京都のタケノコといえば大枝塚原産の風味豊かなものが有名ですが、チェンチもそれを使い、塩と水でシンプルに炊き上げているそうです。
がんもどきの上には糠漬けにしたタケノコも乗っかっていて、それが食感の面白さと味に深みを与えています。
タケノコスープに木の芽のか香りがすばらしい。京料理の趣のなかに現れる野趣溢れる熊肉のミンチ。
ペアリングは岩茶でした。岩山の隙間に生えるといわれるもので、青茶(烏龍茶)の中でもひときわ深みのあるものです。うまみもしっかりあって、タケノコの甘みを引き立ててくれます。
京都というテロワール
そしてコーヒーが出てきました。
京都をベースにしているKURASUのエチオピアを浅めに焙煎したもので、これも華やかな香りと落ち着いた風味があって、和みます。
そんななか出てきたのは今帰仁(なきじんそん)アグー。アグーとは沖縄の在来豚のことですが、この今帰仁村のアグーは中でも最も純度の高い生粋の黒豚と言われています。力強いが繊細で味わい深い豚肉です。
優しく焼かれた豚肉とその香り高い脂が、カルダモンやウコンや島唐辛子といたやんばる感満載のスパイスを纏い、島胡椒フレーバーが全体を覆っています。それを自家製デュカの乗ったアスパラとともにいただきます。最後になって京都からいきなり沖縄にトリップする感じが面白く、でも通底する味は京都の春を感じる酸っぱさ、若々しさ。これがコーヒーによく合うのです。
最後にタケノコのリングイネが出てきました。タケノコとアサリ、三つ葉のシンプルなパスタと、優しいやぶきた茶の組み合わせで、京都に戻って整う感じ。
デザートのお茶はと訊かれたので、抹茶をお願いしました。
デザートは、アーモンド風味のケーキの上にクリームチーズ、黄金柑を乗せたもの。もう一つはイチゴのクレープのジェラート乗せ。
抹茶に添えられた菓子は、チェンチという名前の揚げ菓子で、イタリアの祭りで見つけたものだとか。チェンチとはフィレンツェの方言で「素朴な」とか「古き良きもの」と言った意味だそうで、食事の最後にちょっと添えられるメッセージにもなっているようでした。
食材の魅力を引き出すために、水と塩だけで炊くといった日本料理のシンプルな技が結構重要と言う坂本シェフ。チェンチは京都というテロワールに忠実なイタリアンだと思いました。
坂本シェフがかつて料理長を務めていた「イルギオットーネ」は、京都のイタリアンを代表するお店ですが、イルギオットーネの笹島オーナーシェフは「イタリアに京都という州があれば」というコンセプトで一世を風靡しました。
そのころの話を笹島シェフからお聞きしたことがありますが、食材の魅力を最大限引き出す方法として京料理、日本料理の技法を生かし、日本の食材でいかにイタリアを表現するかを苦心されたとか。
チェンチの料理をいただきながら、そんな話が思い出されました。
小西克博(ヒトサラ編集長)
北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。
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