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更新日:2021.06.18食トレンド 旅グルメ 連載

富山【ヘルジアン・ウッド・ザ・キッチン/ザ・テーブル】~ヒトサラ編集長の編集後記 第32回

【ヘルジアン・ウッド・ザ・キッチン/ザ・テーブル】と名付けられたレストランは田んぼのなかに浮かんでいるような形で、木でつくられた畦道のようなアプローチ。藁を壁材に使っています。この特徴あるデザインは隈研吾さんの手になるもので、隈さんはこの風景のなかに、建物がひとつずつ出来上がっていくことをイメージしながらデザインしたそうです。未来の村を関わる人みんなで作り上げていく感じでしょうか。

ヘルジアン ウッド ザ キッチンの外観

立山を眺めるアルベルゴディフーゾ

「この角度から見てください」と言われて見てみると、なんと、建物が遠くの立山連峰と相似形になっていました。「これはイベントなどを行う会場なのですが、レストランもショップも、これからできる宿泊施設も、全部この立山の風景のなかに自然と同化する形で点在しているのです」。
ヘルジアン・ウッドの前田大介社長はそう言って、レストランへ案内してくれました。今日はここでランチをいただきます。

前田さんはこの土地に惚れ込み、村全体を宿と見立てるイタリアのアルベルゴディフーゾを念頭に、いろんな人たちを巻き込んで、日本独自の散居村的な村づくりをしようとしています。それは同じ富山の岩瀬エリアを世界中から人が来るような魅力ある場所に育てた桝田酒造の桝田社長にも似た試みです。
田植えのシーズンを迎え、水を湛えた美しい田園風景の広がる富山県立山町。ヘルジアン・ウッドはこんな豊かな場所にあります。到着したときから田んぼの匂いのなかに、ハーブの香りが漂っていたのは、ハーブの生産から活用、販売までを行う施設も併設されていたからでした。

田んぼの中のレストラン

【ヘルジアン・ウッド・ザ・キッチン/ザ・テーブル】と名付けられたレストランは田んぼのなかに浮かんでいるような形で、木でつくられた畦道のようなアプローチ。藁を壁材に使っています。この特徴あるデザインは隈研吾さんの手になるもので、隈さんはこの風景のなかに、建物がひとつずつ出来上がっていくことをイメージしながらデザインしたそうです。未来の村を関わる人みんなで作り上げていく感じでしょうか。散居村は日本の田園でよくみられる風景ですが、風景の中に同化しながらともに新しい未来を創生していくような息吹を感じました。

おしゃれな農家風の入り口には立山クラフトの佐藤さんの手になる陶器のプレートがかけられ、中に入ると、ガラス張りのダイニングスペースは天井が高く光があふれています。ここでもハーブのいい香りが満ちていて、専門家が個々人にあわせてハーブをチョイスしてくれたりするようです。
案内された席からは一面に広がる田んぼが見え、雪を抱いた立山連峰が望めます。大自然のなかでデザイン性の高い空間と工芸品に囲まれ、アペリティフを頂きます。

レストランのコンセプトはまさに「フィールド・トゥ・テーブル」です。この地でとれたものを中心に、二十四節気(約2週間)ごとにメニューを変えるといいます。
台北に【RAW】という「アート・アンド・クラフト」を体現できる素晴らしいレストランがありますが、場所は違えど、似た雰囲気を感じました。

最初の甘夏のスパークリングにあわせて、春っぽい皿から。なばなと水蛸のサラダにかたばみの花が鮮やかです。
サクラマスが続いて出てきます。こごみやきぼうしなどの山菜とともに、山菜パウダーとからめていただきます。
少し懐かしさを感じさせるブルーの皿は、この地の陶芸家、釋永由紀夫さんが昔の作風に作ってくれたものだとか。息子の岳さんの作品も、今は多くのシェフたちに愛されています。

アルザスのゲヴェルツトラミネールに合わせて、ホタルイカです。そろそろシーズンの終わるホタルイカですが、この時期に富山に来たら一度は味わいたいものです。ホタルイカはベトナム料理のバインペオ風で、そば粉のガレットの上に紅芯大根やハーブとともに乗せられていて、ふきのとうの味噌がもたらす春の爽やかな苦みが印象的です。アロマティックなゲヴェルツトラミネールは、よく冷やすとこういったスパイス感のある料理にはよく合います。

フォカッチャが出てきて、セイズファームのアルバリーニョが出てきます。
ちょうど昨晩、岩瀬の【カーヴ・ユノキ】でいただいたものと同じで、岩ガキに合わせます。セイズファームは氷見の丘にある富山を代表するワイナリー。そのワイナリーの経営が氷見で古くから続く魚問屋というのもユニークで、海のワインともいわれるアルバリーニョには特別な思いがあるようです。セイズファームの土地は海底が隆起したところでもあったそうで、この土地が生み出すワインの爽やかな酸味が岩ガキの海の強いジュースにしっかりと寄り添ってきます。

地産地消の一歩先をめざして

カトラリーこそポルトガルの有名なクチポール社製ですが、皿は地元の作家の手になるものが中心で、その下に敷かれる白い重いプレートはコンクリートで作ったとか。
白エビの皿が運ばれてきました。ここで獲れた米や山菜、タケノコなどのが入っていて、テーブルで出汁がかけられます。エビ茶漬けといった感じなのですが、香りがとても華やかで、かつおと昆布の出汁に沖縄の月桃というハーブの香りを移しているとか。お酒で火照り始めた体にじんわりと染み入るような感じです。

さっきまで晴れていたのに、雲が下りてきて、山が少しずつ隠れ始めました。雨が近づいてきたようです。ここは山の天気なんですね。
日本酒が運ばれてきました。羽根屋の純米クラシックです。蔵に残る昔のレシピを再現したものだとか。米の味を感じます。富山の酒は立山連峰の伏流水で作ります。そとんな山々を見ながらここでとれた米と水からできる酒を飲むと、自然すべてをいただいているような気になります。贅沢な昼酒です。

真鯛がでてきます。炭で火を入れた真鯛が人参の上に乗せられ、しゃくという白い小花が添えられています。これがピリッとしたアクセントになっていてなかなか面白い。
カエルが鳴き始めました。草の匂いや水の匂いも感じます。
お腹も膨らみ始め、お酒も回ってきたころに・・・なんだかのどかでいいな。

最後のポークにあわせてほしいと、ドイツのピノ・ノワールが出てきました。とても華やかでエレガントなのには驚きました。ドイツのバーデンはピノ・ノワールの有名な産地ですが、最近になって急速にクオリティがあがり、ブルゴーニュのそれほどには値段も張らないので人気になっています。
ポークは黒部名水ポークと呼ばれるもので、しっかり火が入っていますが、身は柔らかくしっかりとしたうま味があって、バーデンのこの赤ワインによく合います。モリーユやフェンネルがつけ合わされ、黒オリーブのパウダーが風味を添えています。
大阪の有名なパン屋さん【シュクレクール】のシャバタも出てきたので、お肉のソースを掬っていただきます。しっかりとしたフルコースです。

デザートが運ばれる前に立山は隠れ、水面がいっぱいの小波で揺れ始めました。北風が入ってきたのでしょうか。刻一刻と変わる景色のなかにいて自然との一体感が高まるようです。
ハーブティーの用意が始まりました。いい香りが部屋を包みます。
「岩ガキがあるうちはいいんですが、これからベニズワイガニが出るまで大物はなくて」と前田社長。でもいわゆる大物はこの風景のなかではさほど重要ではないように思えます。
この見事な大自然のなかで土地の作家がつくった器で土地の食材の料理をいただく。これ以上の贅沢はそうないでしょうから。

晩白ゆずといちごのデザートをいただき、丁寧に淹れてもらったハーブティーでくつろぎながら、そんなふうに思いました。

この記事を作った人

小西克博(ヒトサラ編集長)

北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。

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