北海道【蝦夷天ぷら 鶴来(つるぎ)】~ヒトサラ編集長の編集後記 第35回
十勝はもともと豊かな土地で食材の宝庫でしたが、近ごろまた新しい試みを行う人たちが増え、レストラン・シーンにもユニークな変化が現れています。
江戸前ではなく蝦夷前で
北海道の十勝が面白くなっています。
十勝はもともと豊かな土地で食材の宝庫でしたが、近ごろまた新しい試みを行う人たちが増え、レストラン・シーンにもユニークな変化が現れています。
そんな動きの牽引者のひとりが北海道ホテルのオーナーの林克彦さん。親から引き継いだ伝統あるホテルに様々な改革をし、道外からの観光客誘致につなげています。
自慢の温泉は北海道遺産にも認定された「モール温泉」ですが、それでロウリュ(熱されたサウナストーンに水やお湯をかけて発生させる蒸気のこと)するサウナを前面に打ち出し、関心を集めることになりました。いまやサウナーの聖地のひとつにもなっているとか。
もうひとつはホテルのレストラン改革で、それが今回紹介する天ぷら店【鶴来】です。
【鶴来】は、道産の食材にこだわったオリジナリティの高い天ぷらを提供することを目指しています。自らを江戸前ならぬ蝦夷前と称し、蝦夷鹿の天ぷらといったユニークなものも提供しています。
「インスタ映えを考慮した」というカウンターに座ると、心地よいライトに照らされます。
林さんが隣で解説してくれることになり、2番手の山内さんが目の前で天ぷらを揚げてくれました。
クルマエビではなく北海シマエビから
まずは前菜でシマエビとヒラメの塩麹和えが出てきます。どちらも道産のもので、とくにシマエビは海草が密生する水の綺麗な浅瀬にしか生息しない「北海シマエビ」といわれるものです。
「江戸前ではクルマエビを揚げるところからスタートしますが、うちはこの北海シマエビの前菜から始めます。これが蝦夷前ということで」と林さん。
地元のクラフトビールもたくさんあって、喉を潤していると、最初の天ぷらが出されます。カリフラワーです。
「天ぷらは手でとって食べてください。油がつかないよう揚げてます。味付けもこちらでほどこしますので、そのまま召し上がってください」
そう山内さんに勧められるままにいただきます。軽くさっぱりした印象の天ぷらです。
塩も用意されていましたが、どちらかというとお酒のつまみにしたほうがいい感じでしょうか。塩は鈴木さんという酪農家が海水から自分の庭でつくっているものです。
お酒は「十勝 純米 初しぼり」をいただきます。
帯広畜産大学内の酒蔵でつくられたというものです。
「十勝もかつては15の酒蔵があったらしいですが、衰退してしまった。そんな十勝の酒文化を復興させたいという思いから、地元の経済界や、大学、行政が再生活動を行ってきて、いまではけっこうしっかりしたものになってきています」と林さん。
口当たりがよくしっかり米を感じるお酒で、軽めの天ぷらによく合います。
出てきた天ぷらはとうもろこし。ちょうど収穫時期のゴールドラッシュという品種で、濃厚な甘さを湛えています。
「料理長も彼も、四谷の楠や静岡の成生に食べに行ってはいろいろ見聞きし、勉強させてもらっています。天ぷらは脱水の料理と楠さんから教わりました。素材の旨味を引き出すには最高の料理法なんだと。だから十勝の食材でそこを突き詰めていきたいと思ってるんです」。
積丹のウニ、厚岸のホタテと続きます。
天ぷらというより、刺身に少し熱を加えたもののような食感で、食材の強さがしっかり発揮されています。
野菜のペーストの上に乗せられた山女魚も、まさに夏の北海道を象徴するような爽やかな味わいです。
面白い焼酎があるので、と九州の焼酎が出されました。なんでも林さんのルーツは臼杵にあるのだとか。自分のルーツを探る中で出会った一品らしく、ここで天ぷらと出会うのもご縁なのだとか。サーファーのラベルの付いた麦焼酎は「常蔵・Breeze(ブリーズ)」、これを炭酸割にしてもらいます。
大トロイワシの天ぷらも出てきました。
肉厚の脂が乗ったイワシをやはりレアで揚げます。練り梅が添えられさっぱりと。
生産者とともにつくりあげていく
シャーベットで口直し。そして、いくらが登場します。
それからジャガイモです。2年熟成の男爵とメークインが出ましたが、メークインのほうがより旨味をしっかりと感じました。
生産者と話しながら、1年熟成で湯がいたものであるとか、ポテチに使うトヨシロという品種であるとか、さまざまにトライしている最中のようです。
後半はイタリアのオレンジワインをいただきます。
毛ガニが出てきます。これも北海道の天ぷらには欠かせないものでしょう。天ぷらにしたものと茹でたものが用意され、天ぷらに乗っけていただきます。海のエキスが詰まったような甘みと旨味。
そして皮付きのまま揚げるズッキーニ。とてもジューシーで味わい深い。「にじいろファームというユニーク農家さんのものです。われわれも積極的に生産者を訪れ、声を聞き、ここ独自の新しい天ぷらを生み出したいと思っているんです」と山内さん。
最後は蝦夷鹿の天ぷら。綺麗な色をした鹿肉はやはり十勝のエレゾ社から届いたもの。「旨味を封じ込めるように揚げる」と。まだまだ試作段階とはいえ、いろんな工夫と意気込みが感じられます。
シメのご飯は、天ぷらやコーンを混ぜた酢飯で鮨っぽくガリを利かせたものと、毛ガニの炊き込みご飯。どちらも風味と食感が心地よく、マッシュルームの味噌汁にほっとします。
「やはりここは毛ガニでしめたいんですよね」と林さん。
デザートのラズベリーアイスやあずきも地元愛が感じられる一品でした。
林さんは、ジンギスカンやマンガリッツア豚を再解釈したお店(29カール)をプロデュースしたり、生産者との連携を強化したり、積極的に自らが受け継いで来たものの価値を再構築しています。彼のみならず、それは十勝の生産者や料理人の皆さんと話していても感じることで、とにかく未来志向なところが魅力です。
ともすれば閉塞感にとらわれがちなこの時期にあって、未来志向でやれるのはやはり北海道という豊かで広大な大地のなせるわざでしょうか。
季節を変えて訪問すれば、確実に進化したまた違う顔を見せてくれるのでしょうね。
小西克博/ヒトサラ編集長
北極から南極まで世界100カ国を旅してきた編集者、紀行作家。
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