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更新日:2021.12.15食トレンド

新しい魅力を発見! 独創的な料理とともに日本酒を味わう|【季苑】東京・銀座

銀座の雑居ビルの地下にひっそりとある【季苑(KION)】。若ききき酒師と料理人がタッグを組み、日本酒の新しい魅力を発信する新感覚のレストランだ。日本酒を心から愛するきき酒師がセレクトした日本酒にじっくりと向き合い、ジャンルレスな料理を楽しむと、今まで見えてこなかった日本酒の世界が広がってくる。その新しくて面白い世界は、海外のお客様にも喜ばれそうな一軒だ。

新しい魅力を発見! 独創的な料理とともに日本酒を味わう|【季苑】東京・銀座

「面白い日本酒のお店があるから行きませんか?」

そう誘われて、向かった銀座8丁目。とある雑居ビルの地下2階に現れたのは、長いカウンターが映えるすっきりとした和モダンの小体な店だった。携帯の電波も届かない静かな店内は、どこか茶室のような凛とした空気を感じる。

こちらでいただけるのは、日本酒のペアリング付きのコース料理のみ。季節の料理9品と9種類の日本酒をそれぞれに合わせたスタンダードコース、または、料理6品に日本酒6種類をあわせたショートコースどちらかを選んで予約時に伝えることになっている。

今回は、おすすめの9種類を選んだ。

    長いカウンターのみの【季苑】の店内。

    長いカウンターのみの【季苑】の店内。

コースは一斉スタートだ。客が揃ったところで「では始めさせていただきます」ときき酒師の土井貴文さんが声をかけ、この日の宴が始まった。

最初の料理はガレットが登場。日本酒=日本料理となんとなくイメージしていたので、ガレットが運ばれてきて、ちょっと意表をつかれる。四角く焼かれた蕎麦粉のガレットは、巻き込まずにセミイドライにしたみかん、フェンネルが美しく飾り付けられていた。続いて添えられたグラスに注がれた日本酒は、富山県枡田酒造「満寿泉 オーク樽熟成」だ。

「こちらを巻いて、一口食べたら、追うようにこちらの日本酒を飲んでみてください」という土井さんの声がけに沿って、ガレットを手で巻き一口。それから日本酒を口に含んでみる。

濃縮したみかんの甘味と酸味、そしてさわやかなフェンネルの香りが鼻に抜け、コクのある日本酒とぴったりと合う。

    お重の二段目。右上から『馬肉のタルタル 梨 ハリッサ』、『蒲公英とカカオニブのポンデケージョ』、『蔵王鴨  山葡萄酢 林檎  黒大蒜』。合わせる日本酒は「岩の井」山廃純米大吟醸を温度違いで。

    お重の二段目。右上から『馬肉のタルタル 梨 ハリッサ』、『蒲公英とカカオニブのポンデケージョ』、『蔵王鴨 山葡萄酢 林檎 黒大蒜』。合わせる日本酒は「岩の井」山廃純米大吟醸を温度違いで。

次に登場したのは、佐賀県の「李荘窯」の球体のお重に入った三段の料理だ。
それぞれの段に料理が入っていて、それぞれに違う種類の日本酒とマリアージュしていく。

特に面白かったのは、二段目のお重。『蒲公英とカカオニブのポンデケージョ』、『馬肉のタルタル 梨 ハリッサ』、『蔵王鴨 山葡萄酢 林檎 黒大蒜』という料理が一口ずつ入っているのだが、それに「岩の井」の山廃大吟醸を温度違いで合わせるのだ。

料理自体も、想像を超える食材の組み合わせ。いったいどんな化学反応、いや口中反応が起きるのだろうかとワクワクしながらポンデケージョから食べてみる。たんぽぽとカカオの苦味が少し大人の味を醸し出しているポンデケージョの後味を、35℃と人肌に燗をした「岩の井 山廃大吟醸」の甘やかな旨味が立体感を生み出していく。一方、次の馬肉のタルタルは 梨とハリッサをあわせた、ピリッとパンチのある一品。そこにキリッと2℃まで冷やした「岩の井 山廃大吟醸」を合わせる。すると表情をガラリと変えた辛口の日本酒の切れ味の良さが、料理を引き立てる。

こんなに日本酒に集中して食事をしたことはなかったが、これがなかなか面白い。知らなかった日本酒の魅力にどんどん引き込まれていく。

    きき酒師の土井貴文さん

    きき酒師の土井貴文さん

この日本酒と料理のペアリングは、利酒氏の土井貴文さん24歳と鈴木建也シェフ28歳の若き二人が話し合って構成しているそうだ。

土井さんが日本酒にはまったのは学生時代。日本酒が豊富に揃う居酒屋でバイトし、店主に長野県の酒蔵に連れて行ってもらったことがきっかけで日本酒が好きになった。その後日本酒バーへバイト先を変えて、どんどん日本酒の世界へハマっていく。そして、ついにはきき酒師の資格を取得し、さらには山形県小国町の桜川酒造で短期間働くまでになった。大学を卒業するまでは、バイトを続けながら将来を考えよう、そう思っていた矢先に突然転機はやってきた。なんと新型コロナの影響でバイト先を解雇されてしまったのだ。

そんなときに、ふとした縁で【季苑】の店に立たないかと話がきた。そこで、大学卒業後も本格的に飲食店で働く道を選んだのだという。

そして【季苑】ができた2021年の4月から、きき酒師として【季苑】の日本酒のセレクト一切を取り仕切る責任者となった。

    主菜の『経産牛の包み焼き』x「どぶろく 生もと」ぬる燗。しっとりとした牛肉とフルーティなソース、コクのあるどぶろくがよく合う<br />

    主菜の『経産牛の包み焼き』x「どぶろく 生もと」ぬる燗。しっとりとした牛肉とフルーティなソース、コクのあるどぶろくがよく合う

「まだまだ勉強中です。でも自分が好きな日本酒や、仕入れている酒屋さんからいろいろと教えてもらっていいなと思った日本酒の魅力を少しでも伝えたくて」と土井さん。キャリアが少ないのでと、謙遜するが、その日本酒への情熱が生み出すここにしかないユニークな日本酒の体験は、キャリアうんぬんを超越した、非常に魅力的なものになっている。

メインの『経産牛の包み焼き』に合わせたのは、【とおのや要】の「どぶろく 生もと」をぬる燗で。牛肉は、パンダンリーフで包んでしっとりと焼き上げ、もろみとカカオのジュースのソースがフルーティでどことなくエキゾチックな雰囲気を添えている。そこに、どぶろくのトロピカルなニュアンスが、その料理の個性をぐんと引き出している。

コースの最初からここまで、食材の合わせ方や、使う調味料がすごく独創的だ。シェフはどんな経歴なのかと伺うとこれがまた、とても面白い方だった。

    シェフの鈴木建也さん28歳。

    シェフの鈴木建也さん28歳。

なんと、シェフの鈴木達也さんは、つい2020年2月まで、IT企業の人事部に勤めていたという。食が好きで、給料の大半を食べ歩きに使っていた日々。なかでもハマったのが、週に3回は通ったというとあるラーメン店の料理だった。人を幸せにする料理人というのはなんてすごいのだろう。そう思いながら毎日企業で働くうちに、だんだんと好きな料理の世界にチャレンジしたいという気持ちが大きくなったのだという。

料理人になりたいと思ったときに、いくつか選択肢はあった。専門学校に通う道、現場で修業する道。そのなかで一番“これだ”と思ったのは、「島食の寺子屋」という島根県の学校だ。漁や畑で生産現場を間近で見て、調理技術を学び、1年で料理人としての基礎を学べることが魅力的だった。1年間学びながら、最後は街のレストランで実践も積む。卒業してすぐに入ったのが【季苑】の厨房だった。

    強肴『SANCHAIの揚げ出し』x 「華鳩 熟成酒ブレンド」ぬる燗。SANCHAIはネパールの山岳地帯で作られているピーナツバター。この味に惚れたシェフがつくった一皿。濃厚な旨味に、とろりとした熟成酒がマッチ<br />

    強肴『SANCHAIの揚げ出し』x 「華鳩 熟成酒ブレンド」ぬる燗。SANCHAIはネパールの山岳地帯で作られているピーナツバター。この味に惚れたシェフがつくった一皿。濃厚な旨味に、とろりとした熟成酒がマッチ

もちろんいきなりシェフになった訳ではない。実は、【季苑】は2021年4月のオープン当初は、アメリカ大使館の料理人だったマリベス・ボラーさんが期間限定でシェフを務めていた。そのボラーシェフの元で、ともに料理をつくるサポートシェフとして、英語が話せる鈴木さんが入ったのだという。「まさか半年後に、自分がシェフになるなんて思いもしませんでした」と、鈴木さんは笑う。

ボラーシェフ体制で3ヶ月営業したが、コロナ禍における緊急事態宣言が発令した関係で、一旦クローズを強いられる。しかし、土井さんと鈴木さんの持ち前のセンスを高く評価したオーナーからのたっての依頼もあり、若い2人でやろうと決意したのだと話してくれた。

けれど、ここは、おいしいお店がたくさんある銀座。生半可な気持ちではできない。2人は、ここにしかない体験をつくろうと休業中に無我夢中で試行錯誤を重ねた。

「日本酒は甘味、旨味、があります。ですから、料理の塩味、酸味、苦味、辛味などと組み合わせるイメージで、日本酒と料理一体で“五味”のバランスをつくる内容にしました。ですから、メニューは最初から料理と酒を一緒に楽しんでもらう構成にしました」

    御飯『酵素玄米ちまき』x「伊根満開」古代米酒 熱燗。食べごたえのある、もっちりとした酵素玄米を食べながら日本酒を流し込むと、口中でふくよかな香りと旨味がより増幅される

    御飯『酵素玄米ちまき』x「伊根満開」古代米酒 熱燗。食べごたえのある、もっちりとした酵素玄米を食べながら日本酒を流し込むと、口中でふくよかな香りと旨味がより増幅される

さらに、シェフの鈴木さんが考えたかったのが、“健康”というキーワードだ。島根で料理を学んでいたときにお世話になった農家の家では、ご飯は必ず自家製の酵素玄米が登場した。栄養的な部分でも体にいいし、噛み締めるごとに旨味が広がる、滋味深い味に魅了された。その記憶から、最後の〆のご飯には、ササニシキの酵素玄米で作るちまきが登場する。

「この、酵素玄米のちまきはスペシャリテにしたいと思っています。ちまきに混ぜてる銀杏は肺にいいんですよ。今は薬膳の知識も身につけていて、薬膳の考え方を料理に取り入れていきたいです。食べにきてくれたお客さまが少しでも元気になってくれたら嬉しいですよね」。

    この日のコースにあわせられた日本酒のラインナップ<br />

    この日のコースにあわせられた日本酒のラインナップ

鈴木さんは、淡々と話すが、正直本当に驚いてしまった。まだ料理人を目指して2年弱しか経ってないとは思えないほど、ジャンルレスかつ独創的な料理は文句なくおいしいし、土井さんとともに考えるペアリングも面白い。

かつて“見習い10年”のような昭和の定説を、軽々と超えてしまうパワーを二人からは感じた。料理人に必要なことというのは、料理に対する情熱、そしてお客様を楽しませたいという強い思いが何より大切なのだろう。

昔は、異国の地の食材を取り寄せ、海の向こうの料理そのままを出しているお店に行くことで、憧れの地を旅するような非日常の気分を味わったが、今はこうした情熱ある料理人やサービスマンの頭の中に触れることで新しい発見をし、愉しさを感じる時代になったのだとあらためて思う。

二人のみずみずしい感性に触れにまた、近々訪れたいと思いながら店を後にした。

撮影/岡本祐介

この記事を作った人

取材・文/山路美佐 

大学卒業後、丸の内の総合商社に入社するも食への探究心を抑えきれずイタリアに料理研修の旅へ。その後「家庭画報」ほかの雑誌で食・旅の編集を担当。ヒトサラ副編集長を経て、現在はフリーの食と旅の編集者に。美味探求の旅は30カ国以上にのぼる。

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