予約困難の京都ミシュラン日本料理店が、銀座に登場!【銀座 安久】
京都の人気店【安久】が、2021年9月に銀座の交詢社ビルに【銀座 安久】をひっそりとオープン。土壁の中に溶け込むような扉を開けると、そこは京都。もはや新幹線に乗らなくても、彼の地にいるかのような時間を過ごすことができます。京都の予約困難店と聞けば、緊張する店なの?と思うかもしれませんが、さにあらず。訪れてみたら、そこには心地の良い柔らかな空気が流れていました。
季節のおいしいものを、心地よく食べる幸せ
京都に行くと、必ず日本料理のお店を予約して食べずにはいられない私。
カウンター割烹ならではの研ぎ澄まされた、シュッと背筋が伸びるような緊張感。そこから一度打ち解けると、とても親密な気持ちになれる感覚。その京都にしかない独特の日本料理店の空気感は、心惹かれるものがあります。
京都の歴史が育む食文化、地の利を活かした季節の食材、そして器。あの情緒ある街の雰囲気も、きっとおいしさのエッセンスになっているでしょう。ご主人との会話をするときに、耳に心地よい柔らかな京都弁も魅力の一つかもしれません。
かつて婦人誌の編集者として働いていたときに、毎年京都の人気店を取材する機会に恵まれていました。以来、毎年数回京都を訪れるたびに、その世界に触れたくて気になる日本料理店に足を運ぶようになりました。
目の前で調理が見えるカウンターは特等席
2010年、食いしん坊の先輩が足繁く通っていた京都の人気店【一よし】から、当時29歳の上田陽三さんがオープンしたという【安久】もまた、瞬く間に人気となった一軒でした。その頃、私の”行ってみたいリスト”に早々に入っていたのですが、残念ながら取材担当は先輩に白羽の矢が。そして基本的に紹介制のお店となってしまったために、ご縁がなくずっとリストに入ったままになっていました。
それから11年。なんと、その【安久】が銀座にお店をオープンしたというではないですか! オープンしてすぐに行ったという友人に紹介を受けて、早速訪れてみたのです。
カウンターのみの店内。土壁などは京都から職人が来て仕上げた
【銀座 安久】は銀座・交詢社ビルの4Fの一番奥にあります。
土壁の一角にひっそりとある扉は、一軒開けるのを躊躇しそうなほどにそっけない佇まい。そこの扉を開けてコートを預け、その先のもう一枚の扉を開けると、土壁に囲まれたスキッとしたカウンター席が現れます。黒い炭火の焼き台が印象的な調理場でキビキビと働くお店の方は、4人。聞けば全員京都の「安久」から東京に引っ越してきたのだそう。席につくと、かゆいところに手が届く目配りで声をかけてくれ、気持ちもゆるりと解けていきます。最初の扉の印象とは裏腹に、このお店の空気が本当に気持ちがいいのです。
一緒に訪れた友人と日本酒の杯を傾けながら、料理を待っていると、まるで京都にいるかのような錯覚に陥るから不思議。
そんなことを料理長の河村鉄兵さんに伝えると、「スタッフ全員が京都から来て、前となんにもかわらずに仕事していますから。自然と京都のような空気になっているのかもしれませんね」と笑って答えてくれました。
『はまぐりの真丈』。ゆずの皮とうぐいす菜を添えて
そんな河村さんが作るのは、旬の食材を生かしつつも、ひと手間かけたご馳走です。例えば、椀ものとして登場した『はまぐりの真丈』。吸い地は、はまぐりの出汁と、一番出汁をあわせたもの。塩は一切使っていません。はまぐりの出汁だけでなく、ここに利尻昆布とマグロ節で引いた一番出汁を加えることで、吸い地の味を下支えする旨みが加わり、深い味わいが広がります。
はまぐりの真丈は、驚くほどフワフワ。これははまぐりの固い部分は丁寧に取り除き、すり身と卵白をくわえて出汁で伸ばして作っているとのこと。この優しい食感と貝の甘みと香りが、出汁と一体化して春の訪れを感じさせてくれます。
料理長の河村鉄兵さん、41歳。京都の【安久】で5年働いたのち、【銀座 安久】の料理長に就任
そのひと工夫はコースに登場する一つ一つの料理からも伺えます。例えば焼きもの一つとっても、その食材を”どう美味しく食べてもらうか”、という河村さんの眼差しを感じることができます。この日、焼き物で登場したマナガツオ。京都のお店らしく、”山利”の白味噌で漬けにしたマナガツオを炭火でこんがりと焼き上げてそのまま出すのかと思いきや、なんと添えの湯葉を煮た出汁をあんかけにして上からトロリ。
「マナガツオってどうしても味噌漬けなどにすると水分が抜けてパサつくんですよね。ですから汁気のあるものと一緒に食べたらおいしいかなと」という河村さんの言葉通り、こんがりと味噌が香ばしくやけたマナガツオに餡がからみ、さっぱりとしながらも食べ応えのある一品に。上に添えられている蕗のとうの苦味と香りがまた、良いアクセントになっているのです。
この日の焼き物『マナガツオの味噌漬け 湯葉添え』
奇をてらわずに季節の食材に料理にひと手間かけることや、お客さまの楽しませ方は、京都【安久】の主人・上田陽三さんとともに腕を磨いた修業先、【一よし】の粟津加寿男さんから学んだといいます。お客さまの様子をみながら、ジャズのセッションのように柔軟に美味しいものをつくって出していく。そんな粟津さんの元で会得したカウンター割烹の真髄は、京都【安久】に受け継がれ、さらに【銀座 安久】にも受け継がれているのです。
河村さんが「これは、【一よし】の雰囲気が残る料理かもしれないですね」、と出してくれたのが『甘鯛の甘酢あんかけ』。鱗つきで揚げた甘鯛のカリッとしてフワッとする食感に、品のいい甘酢餡がからみ、いくらでも箸が進んでしまいます。一見親しみのある料理のように見えますが、一口食べるとどこまでもクリアで透明感のある洗練された味。食いしん坊が黙って夢中になってしまう一品でした。
『甘鯛の甘酢あんかけ』九条ネギをたっぷりと添えて
京都ならではの、カウンター割烹の楽しさを東京でもできたらー。そんな河村さんの思いは料理だけではありません。カウンター割烹の醍醐味はなんといっても、料理人とお客さまとのあ・うんの呼吸から生まれる空気感。その心地良い空気感を河村さんは実に大切にしています。
たとえば、お客さまのお腹の具合にあわせて細やかに量にも配慮します。実際、この日、私の友人がコース中盤でお腹がいっぱいになってしまってお料理を少し残してしまいました。それを見た河村さん、すかさず”次のお料理から量を減らしましょうか?”と声をかけます。そして、次のお料理からは一口ずつに量を調整してくれたことで、友人は最後まで気持ちよく食べることができました。さらに追加して言うならば、大食漢の私が、コース外のお肉を隣の人が食べているのを羨ましそうに見つめていたら、そっと”お肉食べますか?”と声をかけてくれ、同じお料理を私にも出してくださったのです。
デザートの『焼き葛羊羹』。抹茶のソースに、ナッツのすりおろしをふりかけて。コースはおまかせ1本33,000円〜
一人一人のお腹の具合まで見極めてくれることに感激していると、「粟津さんが、よく”量もご馳走のうちや”と言っていました。お腹が苦しいのに食べなきゃいけないって苦痛ですから。その人がこうだったらいいなと思っていることを、最大限実現させてあげられることが割烹のいいところなんです」と一言。
最後までこれだけ気持ちのいい時間が過ごせるのは、料理はもちろんのこと、決して声高ではなく、カウンターの内側から自然と寄り添ってくれるような心配りがあるからでしょう。
「お客様と一緒につくりあげていくというのがカウンター割烹ですから。これからも初心を忘れずに、お客様の声に耳を傾けて店を育てていきたいですね」。そう語る河村さんの言葉通り、【銀座 安久】の魅力は、旬の食材にひと工夫した心づくしの料理の数々に加え、料理人とつくる”カウンター割烹”の本当の楽しさ、を感じられることにあります。
みなさまも訪れたら、ぜひ身を委ねて京都らしい季節の味と割烹の醍醐味を味わってください。
撮影/佐藤顕子
取材・文/山路美佐
大学卒業後、丸の内の総合商社に入社するも食への探究心を抑えきれずイタリアに料理研修の旅へ。その後「家庭画報」ほかの雑誌で食・旅の編集を担当。ヒトサラ副編集長を経て、現在はフリーの食と旅の編集者に。美味探求の旅は30カ国以上にのぼる。
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