表参道の路地奥に佇む江戸前鮨の名店|【鮨 ます田】表参道
江戸前鮨の継承者として、あの【すきやばし次郎】から巣立って8年余り。未曾有のパンデミックとなったコロナ禍を経て、新たな一歩を踏み出した増田励さん。不惑の年を超え、今年の一月、再度表参道の地で始めたこの店で付け場に立つそのスタンスに気負いはなく、常に自然体。そんな増田さんの今の思いを伺ってみました。
銀座【青空】に続き、あの【すきやばし次郎】出身の若き鮨職人が独立する!と、美食家達が色めきたったのは、今から8年前のこと。表参道のビルの地下、こじんまりとした店を構えたのは、当時、34歳の増田励さんだ。
店は瞬く間に評判を呼び、その後、増田さんは「フォシーズンズホテル京都」や台湾の「マンダリン オリエンタル タイペイ」等々、ホテルの鮨店を次々にプロデュース、忙しい日々を送っていた。
ご主人の増田励さん。1980年生まれ。福岡県小倉市出身。旨い鮨を握ることだけでなく、居心地の良さも大切に考えている
「そうした中で、ビルの大家さんが変わるなどいろいろあり、前の店舗を出ることになったんです。それなら、プロデュースしている店舗をあちこちと回って鮨を握るのもいいかな、と思ったりしてね。時々は海外にも行けるし、握る場所が変わるのも新鮮で。いろんなところ行けるのも、気分転換になって楽しかった。」
だが、反面、慣れない付け場や厨房やでは思い通りに行かぬこともあり、ストレスになることもまま。そこには、自らの基点となる場所のないもどかしさもあったかもしれない。そうした折りも折り、「新型コロナですよ。世界的なパンデミックで海外にも行けない。緊急事態宣言下では、各ホテルの営業も不規則になる。」これが、後押しとなり、再び自らの店を立ち上げる決心がついたという。
真新しいビルの扉を開ければ、白地に“鮨 ます田”と染め抜いた暖簾が粋
新天地に選んだのは、古巣の表参道。増田さん曰く「この街の客層が好き」だそうで、前店よりやや外苑前よりの真新しいビルに店を構えたのは今年の一月。
ビルの一階とはいえ、路地奥に建つその店構えは実に素気ない。看板らしい看板もなく、うっかりしていると見過ごしてしまうほど目立たぬ佇まいは、まさに隠れ家と呼ぶにふさわしい。
だが、重みのある扉を開け、白地に「鮨 ます田」と書かれた暖簾をくぐれば、舞台を思わせる静謐な空間が現れる。吉野檜の見事な一枚板のカウンターに大理石の床、聚楽壁の落ち着いた色調が格調高い趣を醸し出す店内に、一瞬、息を呑むが恐るるに足らず。初めてのゲストでもー増田さんの軽妙な応対が、その緊張感を解きほぐしてくれるはずだ。
前店に比べ、店の広さは倍以上広くなったものの、席数は8席と2席増えたのみ。ゆったりと鮨を味わえる。奥には、別に、6席の個室カウンターもある
「食材に、特にこだわりはありません。」しらっとそう言い切る増田さんだが、裏を返せば、どの鮨だねにも思い入れがあると言うことにもなる。事実、「どれも好きなんだよねー」と呟きながら見せてくれたネタ箱には、ひと目で上ものとわかる魚たちが静かに据えられている。
艶やかな光沢を放つ青森産のヒラメは、やや蝋がかった白身が旨みの深さを連想させ、半透明の身も美しいサヨリは見事な閂サイズ。120gはある脂ののった極上品だ。聞けば、修業時代、寸暇を惜しむように河岸の魚屋でも働き、魚を見極める目を磨いたのだとか。それゆえの目利きの確かさが鮨だね一つ一つに現れている。
少数精鋭の鮨だねが並ぶネタ箱は、美味の玉手箱。左は一塩した閂、青森のヒラメ、奥は勝浦で上がった本鮪、右は、愛知のとり貝、天草のコハダ銚子の金目鯛など
鮨屋の華とも言えるマグロは、もちろんあのカリスマ仲卸し「やま幸」から。「僕が好きなのは香りがよくて柔らかく、脂もある程度のっているマグロ。そういうマグロって、実は色が変わりやすいんですよ。」とは増田さん。コースでは赤身、中トロ、大トロが登場。それぞれの味わいの違いを楽しんでみたい。
本鮪の中トロ。味わうほどに赤身の旨味と脂の華やかさがバランス良く口中に広がる。酢飯と渾然一体となった美味さは、また格別
また、江戸前鮨といえば、やはり真打ちはコハダ。増田さんにとっても思い入れの深い鮨だねのようで、その〆め方はとても細やかだ。コハダの大きさや身の厚さ、脂ののり具合いに応じて、日々、塩のあて加減や酢の〆め加減を変えるのは言わずもがな。同じ日に仕入れたコハダであっても、各々の大きさや脂ののりが違えば、その〆め具合を微妙に修正する気のかけ方だ。
江戸前鮨の定番穴子は、対馬産。シルキーな口溶けには、塩よりもツメが合う
曰く「しっかりと〆めてはいますが、以前に比べ、幾分の丸みのある味わいにしています」。それも、酢飯との一体感を鑑みてのこと。増田さんによれば、新しい店になって酢飯を手直ししたそうで「前のような尖った酸味ではなく、赤酢2種と米酢1種用い、少しまろみを出すようにした。」とのこと。
米は群馬水上のコシヒカリ。羽釜で炊き上げるスタイルは以前と変わりない。アルコールも充実。日本酒を始め、銘醸ワインも揃っている。
ワインはフランスワイン中心でボトル売りのみ。写真は、左から“ピュルニーモンラッシェ プルミエ クリュト レ コンベット”37,000円、“ヴォーヌロマネ プルミエ クリュ クロ デ レア”33,000円。“八海山 スペシャル大吟醸”一合3,800円
おまかせのコースは、すっぽんのスープやカラスミ餅、山牛蒡や海老おぼろ、卵焼きや干瓢等々9種類もの具を巻き込んだ酢飯少なめの中巻きなどつまみ7種類に握り10貫に巻物で32,000円。
遊び心のあるつまみに対し、握りは王道の鮨だねが並ぶ。そこに、江戸前鮨の継承者としての自負を感じるのは私だけだろうか。
取材・文/ 森脇慶子 撮影 / 佐藤顕子
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