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更新日:2017.02.27連載

【THE OPEN BOOK】田中 開の新宿ゴールデン街日記 Vol.3

新宿ゴールデン街にレモンサワー専門店【THE OPEN BOOK】をオープンした田中 開さんがこの街の景色や日常を綴る連載コラム。今回は、有名店【まえだ】にまつわる話。

ゴールデン街で店を構える人々

 先日、僕が働いていた【しの】のママと旦那が五丁目のイタリアンレストランでお昼を食べているところにバッタリ会って、ご一緒した。しのママが店を出した、42年前は、まだ、ぼったくりバーや客引きがたくさんいて、自分の店にたどり着くのも大変だったらしい。【しの】の店名はママであるしのさんが由来だ。昔は、客引きは、客が捕まったら、そのままお店に同行するが、そこは自分の店ではなく、そのとき間借りしていて、ぼったくった金額から幾らかが店に入る仕組みだった。ぼったくり被害なんて声高にいわれているけれど、そんなモノは昔からあって、何を今更と思ってしまう(何より、街中に流れるぼったくり注意の歌が情けなくカッコ悪い)。その物騒なころから、お店をやっていたのが、【しの】や【唯比庵】、【まえだ】なんてお店だったらしい。

 ゴールデン街でお店をやっている人達を、世代で考えてみると、いわゆる青線のころからやっていた第一世代、そのあと、お店を出した第二世代、ーいわゆる文士たちが集って飲んでいた文壇バーや先に挙げたお店たちがこの時代だろうー、それから、バブル期の地上げ時代を超えて、もう一度街に活気が戻ってきたのが、第三世代、なんて分け方ができるんじゃないかと思った。これは、僕の分類したがるクセだし、まだまだ考える余地がありそうだから、「思った」なんて言う(ホントは怒られないための予防線なんだけど)。

 【まえだ】は、当時の有名店としては、よく耳に入る。とにかくママが怖かったというどこで読んだか、当時若かった人が恐る恐る入店して、葡萄酒を頼むと、「自分で飲め!」と怒鳴られて、ボトルをカウンターに置かれたらしい。荒っぽい接客、いや、もはや客なんて線引きはないのだろうから、接客なんて言葉が矛盾しているんだろうけれど、そんなコト言われる飲食店は、ほぼないんじゃないだろうか。でも、今のゴールデン街は、そんな荒いママに叱ってほしくて来ているようなオジさんがいる、なんて分析はいささか主観的だし非科学的で、これもまだまだ考える余地がありそうだ。

タイムスリップ!?

 その【まえだ】は、ママが1991年に亡くなってしまい、お店も閉店してしまった。僕は、【まえだ】には行ったことないし、文字の上でしか知らない存在だ。今は、新しいお店に変わっている。【まえだ】は、写真でみると、カウンターと、奥に小上がりがある内観だったが、現在の場所は、おそらく内装も変えていて、その名残も残像も、すでになかった。でも、元のお店も知らない僕が、そんな情緒みたいなものを求めるのは…。

    それこそ、僕のお店も元はボロボロで今は改装して、その名残はほとんどない

 先日、そこにお邪魔した。その日は、雨でカウンターには僕一人だったし、なんとなしに、若いバイトの子に、【まえだ】のことを聞いてみたが、あまり知らない様子だった。すると、ドアが開いて、おじさんが「ここはまえだですか?」と少し酔ったのか虚ろな調子で入ってきた。バイトの子の代わりに、【まえだ】は無くなって変わったと僕が言うと、「そうですか」とバタンとドアを閉じて、また雨の中に戻っていった。傘もさしてなかった。

 僕は説明が下手で、その雨に濡れたおじさんの感じ、統一感のない野暮ったい服装をもっと描きたいのだけど、それは叶わなくて、でも、そのひょんな登場は、まえだの時代から、タイムスリップしたようだった。はたして、無くなってから10年も経ったお店を訪ねる人が、まだいるんだろうか。

 ところで、いったい、僕がその場にいなかったら、彼らの会話はどうなっていたのだろうか。バイトの子は【まえだ】すら知らないのだから、何も伝えられないだろう。たぶん、場所を間違えたと思って、おじさんは雨の中を歩き続けるのだろうか。タイムスリップだなんて不思議なことを考えるよりも、そんな現実味のある空想のほうが面白いと感じる。


田中 開 プロフィール
  • タナカ カイ
    1991年東京都出身。早稲田大学基幹理工学部卒業、現在は同大学院に在籍中。祖父はゴールデン街をこよなく愛する、直木賞作家の田中小実昌氏。その縁もあり、この街にレモンサワー専門店【THE OPEN BOOK】をオープンする。

この記事を作った人

田中 開

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