発酵という“冬眠”によって魅力をアップした食材が新たな感動を呼ぶ、寛ぎのモダンフレンチ|西麻布【TOUMIN】
【タテルヨシノ銀座】や【ミッシェル・ブラストーヤジャポン】といったフランス料理の名店で研鑽を積み、食材の発酵を熟知したシェフ、井口和哉氏。松濤で3ヶ月期間限定のレストランとして予約困難な話題店となった【TOUMIN】が、2023年10月、西麻布の閑静な一角に場所を移してオープンしました。発酵や塩漬けなど“冬眠”させることで「素材が魅力的に伝わること」を信条とした料理と、常にゲストが心地よく過ごすことができる空間は、井口氏の優しく穏やかな人柄を投影したようなレストランです。
和のテイストを随所に散りばめた心地よい空間
染物に店名をあしらった暖簾が出迎えてくれます
【TOUMIN】が店を構えるのは、西麻布の交差点から数分の場所でありながら、静かなエリアに建つビルの2階。扉を開けると、和の趣漂う大きな暖簾が目に飛び込んできます。こちらは、創業100年の染色を主体としたブランド「桐染(KIRISEN)」の平本友里氏による作品。優しく多彩な色で染められたデザインに、食事への期待が高まってきます。ちなみに、店名の「O」の文字をよく見ると、右下の部分に小さな丸がついているのですが、これは発酵して分裂する様子なのだとか。
料理が完成する様子を楽しめる12席のカウンター
店内に一歩入ると、贅沢な広さが印象的。カウンターとその上部のデザインには杉の木を使用し、グレーの塗料で仕上げることで、店内に統一感が生まれています。ゲスト側はカーペット、カウンター内の厨房はフローリングにしたことも、より寛いでいただきたいという井口氏の考えによるもの。料理はすべて目の前で仕上げられ、すべてカウンターの内側からゲストに提供されます。「ペアリングをご注文される方が多いので、料理とドリンクの提供のタイミングにも気を付けています」(井口氏)。
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壁に掛けられたアートは高橋功樹氏による作品
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折敷には箸が置かれ、グラスは木村硝子を使用
店内に飾られた作品は、井口氏が惚れ込んだ日本ならではのものを厳選しています。壁に掛けられた大きな絵は高橋功樹氏によるもので、実際に高橋氏自身が来店して【TOUMIN】の空間に合うように製作したものです。店内の他の場所にも飾られていますのでご覧ください。野口悦士氏や池田優子氏、辻野剛氏など、使用する器も日本人作家によるものを好んでセレクトしています。「料理に使う食材同様、自分がよく知っている身近に感じられるような作品でゲストをもてなしたいと考えて選びました」と井口氏。
シェフのもとで“冬眠”して旬を迎えた食材が鍵を握る
爽やかな余韻の『兵庫県香住漁港 セイコ蟹 アスパラ菜の菜の花』
月替わりのおまかせコース(17,600円 税込)は、発酵と野菜をテーマに全11品で構成されています。最初のすり流しに続く2皿目は『兵庫県香住漁港 セイコ蟹 アスパラ菜の菜の花』です。セイコ蟹と小田原のグリーンバスケットジャパンがつくるアスパラ菜の菜の花を主軸に多彩な要素が小さな器に詰まっています。蟹の内子は味噌と、外子は3週間発酵させたトマトと和え、身はシンプルにそのまま。野菜や発酵に精通した井口氏らしい根パセリのピューレや大葉のオイルがアクセントに。セイコ蟹というと日本料理で登場するイメージが強い食材ですが、しっかりとフランス料理の一皿に仕上がっています。
カウンターで『エチュベ』の盛り付けを行う井口氏
【TOUMIN】では、カウンター内に炭火の焼き台なども完備し、すべての調理を行っていますので、音や匂いが伝わってきます。そして、ゲストの目の前で盛り付けて料理を仕上げるプレゼンテーションもご馳走のひとつです。『エチュベ』の盛り付けの際は、まるでキャンバスに絵を描くようにソースや野菜を並べて完成します。ぜひシェフとの会話もお楽しみください。
季節の移ろいを感じることができるスペシャリテ『エチュベ』
メニューは月替わりですが、毎回登場するのがこちらの名刺代わりともいえる『エチュベ』です。20種類前後の野菜と6種類のソースを使い、目の前で鮮やかに盛り付けられる様子は圧巻。野菜は、焼く、蒸す、煮るなどそれぞれの野菜に適した様々な調理法で仕立てられています。ローストした米麴の泡などソースも個性豊か。こちらの皿と同じタイミングでパンが提供されるので、ソースをつけて余すことなくいただけます。口に運ぶごとにそれぞれの野菜のインパクトある風味が感じられ、身体がパワーチャージしている感覚に。野菜は、神奈川県小田原のグリーンバスケットジャパン、山梨県の53FARM、東京都青梅のOme Farmなど各地の15軒ほどの農家から取り寄せています。
火入れが秀逸な『兵庫県柴山港 九絵 発酵みかん インカのめざめ』
『兵庫県柴山港 九絵 発酵みかん インカのめざめ』は、コースの中盤に登場する魚料理。神経締めにして1週間ほど熟成させた九絵は、優しい甘みを感じる米麹のパウダーをまとわせてムニエルに仕上げています。奥に添えた円形のものは、白味噌と共に発酵させたみかんの皮をバーナーで炙ったもの。発酵による上品な旨み、甘み、苦みが、上品な九絵の味わいに寄り添います。葱のソースや細切りにしたジャガイモとも引き立て合い、組み合わせのユニークさを楽しめる一皿です。
食することの喜びを感じるレストランのもてなし
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カウンター内の棚にも“旬”を待つ食材の数々
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厨房のテーブルの下に並ぶ塩漬けなどの瓶
【TOUMIN】の店内には、トマト、ビーツ、マロン、プラム、ハチミツなど、たくさんの瓶が置かれています。いずれも発酵や塩漬け、シロップ漬けなどによって、それぞれの食材がよりおいしさを増す時期を待つように“冬眠”しているのです。井口氏はこう語ります。「旬が短い食材を単に冷凍しても風味は時間と共に減っていきますが、その食材にあった発酵などをすることで、意味のある時間の経過とともに更なる食べ頃の“旬”を迎えることができます。発酵することでふくよかな味や香りが増しますが、重くなりすぎず軽やかな点も魅力です。例えば、春が旬のホワイトアスパラガスを発酵し、半年後に秋が旬の秋刀魚と組み合わせたり、夏が旬の岩牡蠣と冬の蕪を組み合わせたり。料理のバリエーションが広がります」。
アルコールペアリングで提供されるワインの一例
【TOUMIN】のオリジナリティ溢れる料理の数々と引き立て合うのがドリンクのペアリングです。アルコールは、国内外の自然な造り手のワインをメインに日本酒を組み込んだラインアップ。遊び心を感じるような1本も入れるようにしているのだとか。ノンアルコールは、店内に並ぶコンブチャや発酵シロップを使って、上質な日本茶や和紅茶を合わせて作っています。“冬眠”した食材は、料理だけでなくドリンクにも登場するのでお楽しみに。アルコールペアリング(11,000円 税込)、ノンアルコールペアリング(7,150円 税込)。
【TOUMIN】のシェフを務める井口和哉氏は、1988年、兵庫県生まれ。専門学校時代に感銘を受けた【タテルヨシノ銀座】の門を叩き、料理の世界へ。
井口氏は、【タテルヨシノ銀座】、【ル・コントワール・ド・ブノワ】、【ミッシェル・ブラストーヤジャポン】という名だたるフランス料理店で研鑽を積んだ後、【Bistaurant RNSQ】【REVIVE KITCHEN THREE AOYAMA】という個性あるレストランでシェフを務めた腕の持ち主です。幼い頃、飲食店がすぐ近くにないような自然に囲まれた場所で育ったことも現在の料理に大きく影響しているのではないかと感じさせてくれます。
「私たちにとっては日々の仕事ですが、お客様にとっては一生に一度のご来店かもしれません。3時間の食事をできるだけ心地よくご堪能いただけることを大切にしています」。料理の美味しさだけでなく、おもてなしに感銘を受けて料理人を志したという井口氏らしい言葉です。
撮影/中込涼 取材・文/外川ゆい
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