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更新日:2024.05.15食トレンド デート・会食

食材、料理法の運命の出逢いを追究するマッチングの天才、上野宗士シェフのスペシャリテに酔う|銀座【DESTINA】

【DESTINA】というラテン語の店名。その意味は「運命」。人×食材×数々の技により生まれる料理ですが、「これぞ運命的な出逢い」と思わせる完璧な一皿を目指すことを信条にしているのがオーナーシェフ上野宗士氏です。常に食材、料理と向き合う精神性とただならぬ探求心を持つ上野シェフ。これ以上ないという域に達しているキャビア、トリュフなどのスペシャリテを通して見える上野シェフの人柄に迫ってみました。

食材、料理法の運命の出逢いを追究するマッチングの天才、上野宗士シェフのスペシャリテに酔う|銀座【DESTINA】

後世に語り継がれる必然の出逢いの一皿を追求

銀座5丁目で3年ほど営業していた【ル・シーニュ】をたたみ、2023年8月に銀座6丁目で店名も新たにスタートを切ったオーナーシェフ上野宗士氏。その経歴は華々しく、料理学校卒業後はパリの5つ星名門ホテル【オテル・ド・クリヨン】で研鑽を積み、帰国後は【ベージュ アラン・デュカス東京】の副総理長、【ル・コントワール・ド・ブノワ大阪】の総料理長、旧軽井沢ホテルのエグゼグティブシェフを務めてきました。

    キッチンの臨場感を愉しみつつ、極上の美食を堪能できるカウンターガストロノミー

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「生まれ故郷の熊本から始まり、パリ、東京、大阪、長野、金沢など料理人として辿ってきた道でさまざまな食材との出合いがありました。そうやって自分が辿ってきた中でベストのものを使いたい。自分が味わった中で一番おいしいと思える食材でフルスイングの料理をつくりたいと思っているんです」と熱弁するシェフ。

自分がベストと思う食材でフルスイングというのはつまり、活かし切るということ。妥協のない食材を使える環境も重要で、なんでも自分で決められるオーナーシェフとなった上野氏。「メイン食材があり、それを生かすための料理法、組み合わせる食材は無数にあります。でも、私が目指すのは、偶然の出逢いではなくこれ以上ない、という必然、究極の出逢いなんです」。そういう思いがあって店名は【DESTINA】(運命)なのです。

    「DESTINA」とはラテン語で「運命」の意味

    「DESTINA」とはラテン語で「運命」の意味

高級食材ということに甘えず目指した至高の一品

コースメニューは約2ヶ月に1回変わるが、必ず出されるスペシャリテが『銀座』と名付けたキャビアたっぷりの前菜と、『黒雪』という黒トリュフのデザート。上野氏が【ル・シーニュ】時代に完成させ、食通たちの間で瞬く間に話題になりました。

「2019年12月に【ル・シーニュ】をオープンさせたのですが、ほどなくコロナ期に突入。やむなく2ヶ月間ほど店を閉めた時に、強烈な印象、インパクトのある料理をつくらないと生き残れないという危機感を持ちました。これが必然の出逢い、運命の一皿を突き詰める大きなきっかけです」(上野氏)

    豊潤なキャビアオイルがオーガニックバターのような味わいのロシアンスタージオン単一種のオシェトラキャビア使用し、塩分濃度や熟成期間を指定した上野氏のオリジナル

    豊潤なキャビアオイルがオーガニックバターのような味わいのロシアンスタージオン単一種のオシェトラキャビア使用し、塩分濃度や熟成期間を指定した上野氏のオリジナル

生クリームの上に銀箔を敷き、そこに開けたてのキャビア缶から「えっ、そんなに?!」と誰もが嬌声をあげるほどたっぷりのキャビアをのせたスペシャリテ。メニュー名は『銀座』です。

「キャビアという高級食材は見た目も宝石のようでゴージャス。銀座という場所にもぴったりの食材です。でも、キャビアはしょっぱ過ぎるものもあったり、料理の上にトッピング的にちょっとのっかっているということもあったり……。ちゃんとそのおいしさを伝えられているのかなと常々疑問に感じていました。だからこそ、塩のパーセンテージや熟成期間などちゃんと考えられた“本当のキャビアって、本当においしい”という一皿を出せたら、きっと食べた人の記憶に爪痕が残せると思ったんです」

    キャビアと生クリームという究極のマッチングで「本物のキャビアのおいしさ」を脳裏に焼き付けてくれる『銀座』

    キャビアと生クリームという究極のマッチングで「本物のキャビアのおいしさ」を脳裏に焼き付けてくれる『銀座』

キャビアの塩味をまろやかにし、バターのような品の良い旨みを引き出すのは、生クリームしかない、というところにはすぐに辿り着いたそうですが、牛の種類、そして脂肪分のパーセンテージの検証では食べ比べをなん度も繰り返した上野氏。

「塩分3.2%のキャビアとのベストバランスは、脂肪分40%のジャージー牛でした。キャビアの旨みを引き出し、余韻も引き延ばしてくれるのです。盛り付けはお客様の目の前で。「徳川家康が銀板をつくっていたという銀座の名前の由来をお話ししながら、開けたての缶から直接すくって一缶の約3/1、33gほどを銀箔の上にのせます」と演出も完璧です。

    -20℃で凍らせた黒トリュフ。美しいカットのクリスタルの器もゴージャス

    -20℃で凍らせた黒トリュフ。美しいカットのクリスタルの器もゴージャス

もう一品のインパクトある「運命」のスペシャリテは、軽井沢でシェフをしていた時、冬に戸外に置きっぱなしにしてしまった黒トリュフが凍ってしまったという冷や汗モノの事故からの巻き返しで生まれました。

「一度凍ってしまうと、通常のトリュフスライサーで削った場合、水分がすぐに溶け出してペタペタとした感触。香りもすぐに飛んでしまい使い物にならないのですが、グレーダーで細かく削ると香りが驚くほど広がったのです。ただし温かい料理にかけるとすぐに香りが飛んでしまう。できるだけ細かく削り、できるだけ冷たいものにかけることでトリュフのピュアな香りが口の中で膨らむということがわかりました」

    目の細かいグレーダーを使って、バニラアイスの上に雪のようにふわっと積もらせていく

    目の細かいグレーダーを使って、バニラアイスの上に雪のようにふわっと積もらせていく

このような経緯でアイスクリームの上に雪のように細かい冷凍トリュフをトッピングする『黒雪』が誕生したのです。トリュフ凍結というアクシデントは、運命の女神から上野氏への贈り物だったのかもしれません。「食材をダメにしてしまった」という精神的なダメージも、持ち前の探究心でさまざまなトライアルをしたお陰で、誰も考えつかなかった一品に辿り着いたのです。

    冷凍されたままの温度を保てるよう、アイスクリームと一緒に口に入れるとトリュフの香りが鮮烈に広がる

    冷凍されたままの温度を保てるよう、アイスクリームと一緒に口に入れるとトリュフの香りが鮮烈に広がる

キャビアを突き詰めた『銀座』に加え、『黒雪』という凍らせたトリュフのデザートがSNSでも話題になり、コロナ禍を乗りきった上野氏。キャビア、トリュフという高級食材を使っていることで、キラキラなイメージばかりが強調されがちですが、実は「飾りじゃない」「本当のおいしさを表現してほしい」という食材の声に意識を傾け、食材の魅力を活かし切る使われ方が日常になってほしいと世の中に対してアンチテーゼを唱えているのです。

キャビアの名品といえば、イタリア料理では「キャビアの冷たいカッペリーニ」があります。これを最初に考えたのはモダンイタリアンの巨匠として知られるグアルティエロ・マルケージ。1970年台の後半のことです。40年以上経った今、マルケージが最初に考案した、ということも知らずにつくっている料理人もいるでしょう。

運命の出逢いを探究するということは、つまりこのように後世に語り継がれる、つくり続けられる名品ということで、料理の見た目のシンプルさからは計り知れないさまざまな出逢い、経験、技術の蓄積、そして観察力含め感性の鋭さがあってこそ。突き詰めたい食材を前に、いかに没頭し、本質に迫れるか……。上野氏は努力、労力を厭わないからこその天才なのだと改めて感じられる料理です。

シェフのウィットある人柄が最大の隠し味

『銀座』『黒雪』に限らず、コース料理のすべてが上野氏のスペシャリテです。そんな突き詰めた料理をつくる料理人はちょっと怖いのかも、という先入観を持ってしまいますが、心配無用。ウィットの効いた会話で楽しませてくれるエンターティナーでもあり、とてもチャーミングな人柄も魅力で、ゲストの心を掴むのです。

    熊本出身の上野シェフ。実家は代々赤牛を育てている畜産家、妹は自然栽培を実践する農家を営む

    熊本出身の上野シェフ。実家は代々赤牛を育てている畜産家、妹は自然栽培を実践する農家を営む

会話のきっかけになる謎かけ的なメニュー名も遊び心満載です。『ミニョンズ現る』という最初のアミューズもその斬新なネーミングでかなりSNSを騒がせました。メニュー名だけだと黄色と青に黒がアクセントの何かが現れるのかなと思いきや、精密なミニチュアサイズの「料理」。アミューズにしては手が混み過ぎていると誰もが感じるに違いありません。

    “ミニョン”とは「小さいもの」というフランス語ゆえ、「ミニョンズ現る」というメニュー名に

    “ミニョン”とは「小さいもの」というフランス語ゆえ、「ミニョンズ現る」というメニュー名に

「アミューズとは、そのフランス語の意味通り“可愛くて目を楽しませる”程度のものが多いですよね。でも小さな一品も絶対におざなりにしたくない。小さいものをどこまでおいしくできるか……。目で『可愛い、楽しい』と感動した以上に、口の中で『なにこれ!』という驚きのおいしさを味わってほしい。そんな気持ちでつくっています」と上野氏。

一皿目から上野氏の迷いも嘘もない精神性が貫かれ、フランス料理という心浮き立つ華やかさを大切にしながら食材や料理法、技の運命的なの出逢を突き詰めたスペシャリテ尽くしで「美食」の真髄に浸ることができます。

この記事を作った人

取材・文/藤田 実子

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