<※閉店>ジビエの巨匠が西麻布の新店で復活! クラシックなフレンチでいまこそ際立つ個性を放つ|【ラミ デュ ヴァン エノ エヌ(L'ami du vin Eno N)】
六本木と西麻布を結ぶ坂沿いに、2022年9月【ラミ デュ ヴァン エノ エヌ】がオープンした。シェフを務めるのは2014年に惜しまれつつ閉店した【ラミ デュ ヴァン エノ】で腕をふるった榎本実さん。「ジビエの巨匠」として知られる職人の新たな挑戦に注目だ。
※この店舗は閉店しています
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ジビエで腕をならしたシェフが帰ってきた
細部まで手間暇のかかった料理
クラシックのなかに季節感を知る
ジビエで腕をならしたシェフが帰ってきた
1997年、神宮前に【ラミ デュ ヴァン エノ】という一軒のフレンチが開業した。当時の
日本ではジビエはさほど食べられていなかったが、その店では客のほとんどがジビエ目当て。食通やグランメゾンのソムリエ、料理人たちが噂を聞きつけ集まった。ジビエに本腰を入れた店が珍しかったからだ。シェフの榎本実さんは1980年代からジビエの魅力にとり憑かれていた。
シェフの姿が最も見えるテーブルは入って右手側
「きっかけはフランスでの修業時代。向こうでは普通にジビエが吊るしで売っていて、鳩をアパートにもって帰りフライパンで焼いたら、“ああ、これはおいしい”と衝撃を受けました。熟成されたジビエの香りがいまでも強い印象として残っています」
キジの羽を刺したコック帽をかぶる榎本さん
かくして39歳で【ラミ デュ ヴァン エノ】をオープンさせたが、17年後の2014年に惜しまれつつ閉店。その後は再び自身の名を冠する店を開くべく料理を続け、2022年9月、ついに【ラミ デュ ヴァン エノ エヌ(L’ami du vin Eno N)】をスタートさせた。
64歳になる年に、最後の挑戦。店名に足したNは仏語のヌーベル バーグ(nouvelle vague)を意味し、新しい波を起こす狙いが表されている。積み重ねたクラシックの技法を強みに、食材の組み合わせなどは自由な発想で楽しむ。
味わいのあるテラコッタのタイルが張られた窓際の席
西麻布の新店はふたつの空間に分かれ、ひとつは厨房に面するテーブル席、もうひとつは窓側のテーブル席。いずれも白壁に南仏の版画が掛けられているが、その絵は神宮前から飾っていたもの。太陽を感じる暖かな色使いがシックな空間を柔らかくしている。
ひとり仕事と聞いて驚く、細部まで手間暇のかかった料理
昼は8品8,800円から、夜は11皿16,500円からコースを提供。アミューズのリエットからして熟練の手仕事を感じさせ、コースを通して時間の費やし方が尋常ではない。
トマトとパプリカのジュレ、金柑を合わせた『徳島産鰆の昆布締め』
例えば『蝦夷鹿のトゥルト』はタルト生地の中に手間暇が凝縮している。鹿肉をベースとし、鴨のレバーや燻製をかけた砂肝のコンフィ、鹿のスネや鶏のブイヨンで作ったジュレなどが重なり、さまざまな動物の各部位が最適解で融合。添えられたマンゴーチャツネまでひとりでいちから作っているというから、ひと切れの重みが違う。
『蝦夷鹿のトゥルト』はカットする前にホールでプレゼンされる
パテ・アン・クルートに似ているが、「普通じゃ面白くない」とホールで焼いて生地も変えた。アーモンドパウダーを使い香りよく軽やかな生地とし、それがジビエの野性味と洒落たバランス。スパイス感のあるシラーでも合わせれば、フランスで感じるような洗練を味わうことができる。
クラシックのなかに季節感を知ることができる
桜が香る塩釜の中に入るのはオーストラリア産の仔羊
ジビエが醍醐味のフレンチではあるが、季節ごとの表現も見逃せない。3〜4月でいえば『仔羊の岩塩包み』で春の華やぎを表す。竹墨パウダーを煉りこんだ塩釜を割ると、桜の葉の香りがふわっと漂い、一気に春気分。ざくざくと釜を割る音やトップに飾られた桜の花も相まって、五感で季節限定のひと品を楽しむことができる。
桜とトリュフの香りの組み合わせも粋だ
丁寧に掃除された仔牛は休ませながらゆっくり火入れされ、断面はきれいなロゼ色。バターとコニャックで仕上げたフォンドボーのソースで再びクラシックの魅力を再認識できるのも嬉しい。なお、桜の花はティラミスに使用されるというから、最後にも春を楽しめる。続くホワイトアスパラのシーズンに期待する客も多い。
夏については、「冬に鍋を食べたいのと同じで、ジビエは寒い時期にこってりしたソースと食べたい。冬の栄養です。だから夏ジビエはやりません」と榎本さん。代わりにオマールブルーを主役にする。真夏はブイヤベース。舌ビラメも登場し、南仏の古き良き味を思い出させる。
そうして秋冬はいよいよジビエ。雷鳥から始まりシギに変わり、ジビエでも季節の移ろいを表す。伝えたいのは、熟成させることで出るジビエの芳醇な香りだ。
ジビエにはほどよくパンチが効いたローヌのワインなどが薦められる
「苦手な方には熟成させないで出しますが、やっぱり熟成させると香りが全然違います。長くて一カ月。その香りに合わせてソースも変えていきます」
いまは鮮度のよいジビエを熟成させずに出す店も多いが、それでは「物足りない」。かつて自分がフランスで衝撃を受けた香りを、長年の経験でさらに昇華させる。
榎本さんの料理について支配人兼ソムリエの富永直人さんは、「クセや強烈さじゃない。熟成をかけたジビエをおいしく食べさせるために、ソースや合わせる食材でぴったり調整するのが流石だなと思います」と話す。
多い時には1年に15種類のジビエを扱っていたこともある榎本さん
そんな榎本さんに一番好きなジビエを聞くと「ベカス(山シギ)。食べるのも作るのも。一番香りがします」と即答。“ジビエの王様”とも呼ばれるベカスは2月以降入るが数量限定なので、いまから頭にとどめておくといいだろう。
「料理以外にすることはなくて」と趣味はもたないシェフ。45年間、料理を繰り返し鍛えた腕で、海と山をご馳走にする。流行りには左右されない。長年の経験と新たな挑戦が入り混じるコースは、ここでしか味わえない満足度を与えてくれる。
撮影/上田 佳代子 取材・文/大石 智子(フリーライター)
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