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更新日:2017.09.28グルメラボ

秋の味覚「さんま」にまつわる面白考察

「さんま」といえば昔から秋の味覚として愛され続けてきた、日本を代表する国民魚のひとつ。しかし最近は温暖化の影響からか、毎年その漁獲量を減らしていることと、日本人全体の魚離れから、年々日本の食卓から影を薄くさせつつある。そんな「さんま」について考えてみた。

秋の味覚「さんま」にまつわる面白考察

秋の味覚その名は「さんま」

    北海道沖の刺網漁による「さんま」が並ぶ。

    北海道沖の刺網漁による「さんま」が並ぶ。

 数ある秋の味覚それも魚介部門から挙げるなら、「さんま」は文句無く代表格といってもいいだろう。
 漁が始まるのは7月下旬から8月にかけての北海道は根室沖での「刺網漁」からとなる。
 漁の網にサンマ自らが突進して刺さった「さんま」を捕獲するところからその名が付いたこの「刺網漁」。
 そのため捕れた旬の「さんま」の首にはその時に付いた網の筋目があるという。しかしドラマ『科捜研の女』(※1)さながらに、被害者である「さんま」の首筋から、凶器の刺網を特定することはなかなか素人には難しいかもしれない。もっとも昨今の魚離れもあって「さんま」に限らず鮮魚を司法解剖…じゃなくて、まな板で三枚に下ろす主婦も珍しくなっていると聞く。
 この「さんま」は、冷たい海水を好む回遊魚で、オホーツク海から北海道そして三陸沖から房総沖へと季節の移ろいとともに南下していく。そのため各地での呼び名も、「サザ」、「サイラ」、「サイリ」、「サイレ」、「サイロ」、「サヨリ」、「カド」、「マルカド」、「パンジョ」…と様々だが、漢字表記では、「秋刀魚」、「秋光魚」、「西刀魚」、「鋼況魚」といずれも刀を連想させる表記なのである。

※1、DNA鑑定・画像解析等を駆使し犯罪を解明する京都府警科学捜査研究所を舞台にした法医研究員・榊マリコ(沢口靖子)の活躍を描いた1999年から放送されているテレビ朝日系列の人気ドラマ。

新幹線500系にも似ている?

    「さんま」は新幹線500系に似ている。

    「さんま」は新幹線500系に似ている。

 だが個人的には『新幹線500系』にも似ていると密かに思っている。世界初の営業時速300㌔を達成したこの『新幹線500系』は、そのSFチックな未来を先取りしたようなフォルムが特徴である。開発当初、JRの開発チームの面々は毎日のように「さんま」を買って帰ると七輪で焼いて食べては考え、食べては考えの試行錯誤の末に、あの未来感覚溢れるシャープなデザインに辿り着いたのだった…」なんていうのはウソだが、そんな妄想も「さんま」の塩焼きを前にすると思い浮かぶのだった。
 だがそんな「さんま」も江戸時代の昔は下魚(げうお)とされ、高貴な者は口にしないB級魚介類とされていた。いまも変わらず庶民の魚である。と言いたいところだが、昨今の温暖化のせいか、不漁続きで、将来B級からランクアップして高級魚となる日も近いのかもしれない。

海を泳ぐ健康食品「さんま」

    今年は不漁ながらそれでもスーパーに並ぶ「さんま」。

    今年は不漁ながらそれでもスーパーに並ぶ「さんま」。

 だがこの「さんま」をみくびってはいけない。栄養価でいえば、牛肉に比べてビタミンAが3倍、カルシウムなどは4倍、ビタミンB2も豊富で口内炎などは劇的に改善されるというから、まさにその「さんま」のまんま健康食品といえるのだ。
 若い頃からよくこの「さんま」などの青魚を食べ続けてきたという、近所に住む80歳近くになるお婆ちゃんは、(実は自分の母親だが)骨折しても『ウルヴァリン: SAMURAI』(※2)みたいにスグにつながって完治する驚異的な治癒力を持つのを見るにつけ、やはり「さんま」は骨粗鬆症の改善にも有効と考えわけである。

※2、アメコミ『X-メン』のキャラクターで両手から鋭い爪状の刀を出して闘う不死身であることが特徴のウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)とヤクザとの死闘を描いた日本を舞台にした映画。2013年20世紀フォックス。

落語「目黒のさんま」

    茶屋坂下にある『茶屋坂街かど公園』

    茶屋坂下にある『茶屋坂街かど公園』

    公園にあるイラストプレイートに描かれた「目黒のさんま」の図

    公園にあるイラストプレイートに描かれた「目黒のさんま」の図

 そんな「さんま」と庶民との関わりをネタにした有名な古典落語にご存じ『目黒のさんま』がある。お殿様がお鷹狩りで腹を空かしていると、そこに漂ってくるさんまを焼く美味しそうな匂い。生まれて初めて嗅いだ香ばしいこの匂いにつられて訪れたのは一軒の茶屋だった。そしてその茶屋では今まさに爺が自分の昼の支度でさんまを焼いていたところだったのだ。
 あまりの空腹にたまりかねたお殿様は家来が止めるのも聞かず。「苦しゅう無い」と小骨もワタ(内蔵)も一緒にかぶりついて、武者だけにムシャムシャと平らげたのだった。 この初めての「さんま」体験にいたくご満悦のお殿様は、それから何日かたったある日、お出かけ先の家で再び「さんま」をご所望されるのだが、気を利かせた当家の家来はよせばいいのに小骨と脂を抜いて、「さんま」の原型をとどめない、ある意味創作さんま料理を御前に出したのだった。当然のこと以前食べて感動した「さんま」と似ても似つかぬ味に、「これはどこのさんまだ?」と家来に思わず問うと、「品川沖です」と言われたお殿様、「やっぱりさんまは目黒に限る」と訳知り顔で納得するのだが、そんな世間知らずのお殿様を笑い者にして、庶民の溜飲を下げるというシニカルな落語である。

「さんま」の聖地で行われる「さんま祭り」

    落語『目黒のさんま』の舞台となった茶屋があったとされる辺りに建つ茶屋坂の標柱と坂

    落語『目黒のさんま』の舞台となった茶屋があったとされる辺りに建つ茶屋坂の標柱と坂

    岩手産さんま7000匹、徳島産すだち1万個、栃木県那須塩原の大根そして、和歌山県からの備長炭で開催された第22回目の『目黒のさんま祭り』。

    岩手産さんま7000匹、徳島産すだち1万個、栃木県那須塩原の大根そして、和歌山県からの備長炭で開催された第22回目の『目黒のさんま祭り』。

    道路片側を交通規制して行われてたさんまバーベキュー大作戦。

    道路片側を交通規制して行われてたさんまバーベキュー大作戦。

    大量に焼かれたさんまで目黒の街は煙に包まれた。

    大量に焼かれたさんまで目黒の街は煙に包まれた。

 ちなみにこの『目黒のさんま』にちなんで目黒駅周辺では秋になると大量の「さんま」を、交通規制した路上で大きな網で炭焼きにして、訪れる人に振る舞う豪快な炭焼きバーベキューフェスティバル『目黒のさんま祭り』というのが開催されている。今年(2017年)で22回目ともなるこの祭り。いまや目黒は都内における「さんま」の聖地といっても過言ではないだろう。
 ところで、この落語のモデルとなった実際の場所は、その目黒駅からお隣の恵比須よりにある閑静な住宅地に通る『茶屋坂』にある。いまはただポツンと坂を知らせる標識と、その当時のいわれを書いた説明書きが建つ小さな公園があるのみである。
 さてこの「さんま」はワタを除かずに焼いて食べるめずらしい魚だが、海の魚ではこの「さんま」、他には川魚の「鮎」ぐらいだろう。それは「さんま」には胃が無く消化菅があるのみで、約30分ほどで消化し排泄されて比較的ワタがキレイに保たれているためである。そしてこのワタも新鮮なものだと「ワタもさんまの値打ち」と言われるほどに甘みとほろ苦さが絶妙で日本酒が進む肴となる。

ほろ苦い味ワタ(内臓)は人生の味

    希望者に振る舞われた美味しそうな「さんまの塩焼き」。

    希望者に振る舞われた美味しそうな「さんまの塩焼き」。

 そんな「さんま」の味にまつわる映画に、小津安二郎監督の遺作となったその名も『秋刀魚の味』(1962年松竹大船)がある。
 父親:平山周平(笠智衆)が手塩にかけて育てた、やや嫁に行き遅れた娘:路子(岩下志麻)をすったもんだの末に嫁に出すという話だが、シンプルな父娘物語の中に潜むほろ苦い宇宙の法則を魅せ、それに『秋刀魚の味』と名付けた名作である。だが意外なことに「さんま」そのものはただの一匹も登場し無いから面白い。ついでに言うなら、この清純な娘役だった岩下志麻は、後に五社英雄監督の映画『極道の妻たち(ごくどうのおんなたち)』(1986年東映京都)でほろ苦いどころか激辛な「さんま」のチャンジャ的な家に嫁いだ妻を演じていて、考えればそのギャップに驚かされるのである。
 昔から日本人に馴染み深い「さんま」。これからもそのほろ苦い味を季節とともに味わい続けていきたいものである。

ライター薬師寺十瑛の食べ物考察

この記事を作った人

撮影・文/薬師寺十瑛

オヤジ系週刊誌と月刊誌を中心に請われるまま居酒屋、散歩坂、インスタント袋麺、介護福祉、住宅、パワースポット・グラビア編集・芸能そしてちょっと霞ヶ関と節操無く取材・編集・インタビューに携わる日々を送る。現在、脳が多幸を感じる食事や言葉に注目中。

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