すでに予約困難! 名店出身の若手がオープンした江戸前寿司【鮨処やまと】築地
あの【日本橋蠣殻町すぎた】二番手だった安井大和さんが自身の店を築地にオープンし、早くも予約が困難な店になっているという情報をキャッチ。師匠譲りの美しい握り姿、江戸前の仕事をほどこしたネタ、そして和食の名店で働いていた経験が活かされた食材の良さを引き出したつまみの数々。確かな腕と居心地の良さに鮨好きの熱い眼差しを集めるアドレスとして注目されている。
師匠譲りの丁寧な江戸前の仕事で握る気一本の鮨
「先日、故郷に帰って、小学校4年生の時に埋めたタイムカプセルを20年ぶりに開けたんです。そうしたら、大きくなったらお寿司屋さんかプロ野球選手になるって書いてあったんです(笑)」。やや照れた笑みを浮かべながら話を切りだしたのは、安井大和さん。見事、将来の夢を叶えた若き鮨職人だ。
店主の安井大和さん
香川の寿司屋に生まれ、幼い頃から漠然と“自分は鮨屋になる”。そう心に感じていた安井さん。だが、決して親から強制されたわけではなく、日々、父親の背中を見るうち、自然にその思いは膨らんでいっだのだとか。そして、修業先に決めたのは、言わずと知れた江戸前鮨の名店【日本橋蛎殻町すぎた】だった。
どこか、ほっとするような雰囲気のL字型のカウンター
しかし、少しだけ回り道をした。親の勧めもあり、調理師学校を卒業後、まずは、日本料理店で和食の基礎を学ぶことにしたのだ。人づてに紹介されたのは、当時、ミシュランの三ツ星に輝いていた銀座【小十】。19歳から約4年間修業。その間、気になる鮨店を食べ歩く中、心に刺さったのが【日本橋 橘町都寿司】。杉田孝明氏の握る鮨に魅了され、すぐさまその門戸を叩いたのだ。
時に安井さん23歳。折しも【日本橋蛎殻町すぎた】へと移転する少し前のことだ。その後、杉田氏のもとで研鑽を積むこと5年。ようやく去年の8月、念願の独立を果たした。場所は、築地本願寺のすぐ近く。まさに鮨屋の激戦地に暖簾を掲げることとなった。
鮨だねが整然と並ぶネタ箱。手前右が煮ホタテ。そこからと時計周りにさっと火を入れたホッキ貝、湯霜にかけた明石の鯛、佐賀のコハダ、小柴のスミイカなど。
修業時代を振り返って安井さんがこう語る。「和食店での修業が、今、どこかに生かされているのかと言われても、正直、具体的には言えません。でも、振り幅の広さは身に付いているのでは?とは思います。自分の気が付かないところで、自然に生かされているのでしょう。」
【日本橋蠣殻町すぎた】に入って半年ほどで(それまでの2番手が外国に行くことになったとはいえ)2番手としてつけ場に立つことになったのも、【小十】での経験が、知らずプラスになっていたに違いない。今、自分が何をすべきかを即座に判断し、親方の思いを先取りして動く。その素養が既に身に付いていたのだろう。そして、それはまた、安井さんの杉田氏に対する並々ならぬリスぺクトから生まれた自然な成り行きだったのかもしれない。
お任せのコースは18000円+税。サービス料はなしという価格設定、予約はネットではなく電話のみ。そして翌月分までしか予約を取らない。そんな店のシステムにも、実直でどこか頑固な安井さんの心意気が息づいている。
白地の麻の暖簾を括り、引き戸を開けると、店内はL字型のカウンターに椅子が8席。清々しい檜の香り、凛とした空気感が身を包む中、安井さんの人柄がそうさせるのだろう、どこか柔らかな雰囲気に心が和む。客を出迎えるその笑顔が、緊張感を解きほぐしてくれるようだ。
『牡蠣の海苔和え』北海道産仙鳳趾産の牡蠣はふっくらとしてミルキー。火を入れることで、更にそのあまみが膨らむ。軽やかな胡麻油の風味と海苔の香りがアクセントとなり、お酒を呼ぶ逸品に。
お任せのコースには、つまみが6〜7品出るものの、握りが13貫 と【日本橋蛎殻町すぎた】同様、握りを重視。和食経験者ともなれば、凝ったつまみに傾倒しがちだが、さにあらず。あくまでも鮨を主役に置いた構成を良しとし、つまみはかなり抑えめに表現。ヒラメやホタテのお刺身や溶いた卵黄を少しだけかけたのれそれ、白焼きにした穴子というようにシンプルなつまみが続く。だが、中には、北海道昆布森の牡蠣を鰹だしで炊き、太白胡麻油と海苔で和えた一品など、ひと手間かけた酒肴も登場。鮨への期待感が徐々に膨らんでいく。
「皮目が薄く、尻の方が肉厚のコハダがいい。脂がのっていて柔らかいんです。」とは安井さん。縦半分に切り、2枚重ねて握ることで、より肉厚感を感じさせる。この日のコハダは天草産。
そして、いよいよ握りにスイッチ。まずは、名刺代わりにコハダが握られるのも、修業先の倣いか。しかし、コハダに対する思い入れの深さは、杉田氏に決して負けてはいない。目の前に置かれたその一貫は、ふくら雀のように丸みを帯びたフォーム。【日本橋蛎殻町すぎた】の握りをこよなく愛する安井さんの想いが伝わってくるようだ。口にすれば、ふっくらとした身の厚さを感じさせつつ、舌にしっとりと馴染む柔らかさ。〆め加減が緩いわけでは決してなく、咀嚼するほどにコハダならではの風味、旨味が口中に充満しながら鼻腔に抜けていく。しっかりと引き出されたコハダ特有の風味と鮨飯が渾ぜんとなって広がる醍醐味に、のっけからやられてしまう。
赤酢でほんのり色づいた鮨飯。藁櫃で保温した鮨飯を、鮨だねごとに少しづつ取り出し、捨てシャリをせぬよう片手で飯の量を測りながら握る。一度に一升の米を炊くそうだ。
そう、安井さんが何より大切に考えているのは、鮨飯と鮨だねの一体感。そして、そこには、まず鮨飯ありきの考えがある。米を羽釜で炊くのは【日本橋蠣殻町すぎた】と変わりはないが、鮨飯自体は独自の味を確立すべく工夫を重ねた。米は富山のコシヒカリの古米を使用。酢は赤酢を2種、試行錯誤してブレンドし、酸味とコクのバランスを調整。「できるだけお客様がいらっしゃる直前に出したい。」との思いから、シャリ切りは開店ギリギリ30分前。50〜55度の温度帯を保つよう藁櫃で保温。鮨だねによって温度を微妙に変えているという。
「オープンしてまだ半年余り。今は、まだ【すぎた】で教わったことを守りながら、常にこれでいいのか、と自問自答しながら仕事をしています。」と静かに話す安井さん。その瞼の裏には、コハダの塩の仕方や洗い方一つにも細心の注意を払い、何度も繰り返し試していた杉田氏の後ろ姿がある。それを手本とし、気負うことなく自らの足元をしっかり見つめ、一歩一歩確実に進んでいこうとする無心な想いが、その有り様から感じられる。気一本な鮨だ。
早くも名物になりつつある煮ホタテ。北海道産の肉厚のホタテ貝を使用。煮るというより、熱い煮汁に漬け込む感覚で作る。見た目は地味だが、滋味深い佳品。仕上げにツメを塗って提供する。
そんな中にも、少しずつ彼なりの味が生まれてきている。例えば、煮ホタテ。醤油、砂糖、水を沸鰧させた中に漬け込んだもので、古い江戸前の仕事の一つだ。が、それをそのまま踏襲するのではなく、安井さんは、火の入れをややレア気味にしてホタテ本来の甘みを生かすと共に、鮨飯との一体感を図るべくホタテの繊維を手で細かく潰す一仕事を施している。更にその潰し方にも一家言あり、曰く「繊維を均一に丸く潰すイメージ。」なのだとか。
なるほど、口に入れるや、ホタテが鮨飯と同時に解れ、同化する。その他、秋のボウゼ(エボ鯛の幼魚)も、将来、【やまと】の名物になるであろう一貫だ。このボウゼや小鰯のような、そのままでは評価の低い小魚にも目を向け、きちんとした仕事を施すことで美味しい握りにして いきたいというのも、これからの安井さんのスタンス。そこに、鮨職人としての良心を感じずにはいられない。
撮影/佐藤顕子 取材・文/森脇慶子
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