【照寿司】(北九州)豪快、コミカル、横綱級のネタ <ヒトサラ編集長の編集後記 第23回>
北九州・戸畑。アクセスも不便な地方都市の寿司屋に、天寿司や小松弥助といった鮨レジェンドが訪れ、アジアベストレストランでトップに輝くガガンなど、海外からも多彩なゲストが後を絶たない。新しい寿司のスタイルで世界にメッセージを発信する照寿司って?(小西克博/ヒトサラ編集長)
お決まりのドヤ顔でスタート
このへんからいってみますか・・・
異能の人というのは時々耳にしますが、異形の人というのは珍しいかもしれません。これが歌舞伎なら「睨み」。「成田屋っ!」の声もかかろうかというものでしょうが、ここはれっきとした寿司屋のカウンター。注文をしようとするとこのように睨まれるのです。
本人曰く、お決まりのドヤ顔。これが照寿司のやり方。どうだと言わんばかりに手を伸ばし、指の先に握った寿司を載せるスタイルに注目が集まっています。
丸刈りの巨躯に可愛い蝶ネクタイ、日の丸の入ったコックコート。その姿での睨みは、子供なら泣いちゃうかもと思う反面、とてもコミカル。客はそのあわいの感覚で極上の魚を愉しむというスタイルです。
この異形の人こそ、北九州は戸畑にある照寿司三代目の渡邉貴義さん。国際武道大学で柔道を学んだ人です。太い腕で特注の大きな包丁を握り、横綱級のネタばかりをボリュームたっぷりに出してくれます。
家業の寿司屋を継ぐにあたり、地方からしっかりと発信しなければと試行錯誤、それに持ち前の目立ちたがり精神が高じてこのスタイルになっていったそうです。
「努力なんてみんなやってますよ、僕だって握り何カン握ってきたことか。でも地方から全国規模で発信してくのは至難の業。僕はフェイスブックやインスタグラムを最大限利用して自己アピールをしました。それがこのスタイルを生んだ。やっぱこの時代みんながわかりやすいのはインスタ映えでしょ。これは世界に通じますよね。だからドヤ顔無料キャンペーン実施中なんです」
渡邉さんはそう語り、豪快に笑います。
その笑顔はとてもチャーミングで、始まる前からこの寿司劇場のファンになってしまいそうです。
どうです、これ、マヨイガツオ・・・
切っただけですよ、という豊前の海で獲れた赤ナマコから始まり、小ぶりの牡蠣、小倉は合馬(おうま)のタケノコ。タケノコもシンプルに茹でただけというが、これが甘くて柔らかくておいしい。
同じく豊前もので立派なワタリガニ。粕酢のジュレが添えられます。ワタリガニは濃厚で、ジュレは上海蟹を食べる時の酢のイメージだそうです。そして山口は仙崎の紫ウニ。淡泊ですが優しい甘みがあります。
立派な包丁でカツオを切り「どうですこれ」とおきまりのポーズが始まりました。ステーキのような大きなカツオの切り身です。
「マヨイガツオって対馬あたりにいるんですが、絶品ですよ」
そして、1キロ近くあろうかという大きなアワビに驚かされます。
「これ、酒使わずにふつうに蒸します」。
アワビの香りがあたりを漂い、カツオを燻す藁の香りもしてきます。
余分な脂を感じないカツオは玉ねぎのソースとの相性がよく、アワビの香り、磯の香りが口の中に広がります。
「このへんの地元でこれだけの材料が揃うんです。何も築地追っかけなくていいと思うんですよね」
そう言いながら、アワビのキモのソースに、シャリを少し入れてくれます。
「混ぜて召し上がってください。キモソースは脂と酢と塩と、ちょうどマヨネーズみたいですから」。確かに海の香りのするマヨネーズです。
大将が惚れた放血神経じめ
天然うなぎ、これ、焼きます・・・
「次はこれ焼きます」
見せてくれた大分の天然うなぎ。これもなんと大きなうなぎでしょう。顔つきも獰猛で、およそ酢飯にあわせて小粋にいただく類ではないようです。
「鰻はね、ほんと美味しいですからね、なんとか寿司のネタにしたかったんですよ。うちの名物ですから、楽しみにお待ちくださいね」
そして、
「ちょっと、これも見てくださいよ」
と見せられたのがサワラです。
白く透き通るようで、美しい。
「これは放血神経じめといって、船上で血を全部抜いて完全に雑味をとってあって、新鮮そのものなんです。普通より白く見えるのは血が抜けている状態。藍島の両羽さんという素晴らしい漁師さんとの出会いの賜物です」
放血神経じめのサワラ、本当にきれいでしょう・・・
この白いサワラは、まったく寝かせた様子もなく、獲れたてそのものでしたが、繊細な優しさと気品に満ちています。渡邉さんの影響で、いまでは地元の高級レストランでもこのサワラは珍重されているといいます。
そしてクエです。これは五島列島の江口さんから仕入れたもの。この人ともSNSを通じて出会い、出向いて交渉して仕入れルートを確保したとか。
「僕はどんどん人に会いに行くんです。そしていいなと思ったものをベストの状態で回してもらう。寿司屋は仕入れが命ですから、僕は惜しみなくお金も時間もかけます。そうするとまたいい出会いがあるんです。国産トリュフもこれから出していきますよ。だんだん寿司屋から離れていくという人もいますが(笑)」
2週間寝かせたクエにはとろけるような上質の甘みがあり、酢の効いたシャリと合わさることで、旨さが何倍にも広がる感じがします。いつまでも口の中にいてほしいような寿司の醍醐味を味わわせてもらった感じです。
天然うなぎをバーガースタイルでどうぞ
ウナギバーガー、熱いですよ・・・
「ん、じゃ、一番でセリ落とした大間のマグロもいっときますか?」
本来ならメインの一カンとして出てくるマグロの霜降りを、あえて軽く出します。確かにこちらではマグロは寿司ネタとしてはさほど重宝されてはいないようです。いわゆる江戸前のマグロ神話は崩壊させたほうがいい、と渡邉さんは笑います。
「ついでに、北九州の芦屋町でつくった100グラム1万円の塩も添えましょう」
こうなると諧謔的ですらあります。
ウニが出て、エビが出てきます。
ウニは下関の蓋井島(ふたおいじま)産の締まったもので、下にはトラフグの白子、そしてシャリ。そこにだいだいをたっぷり垂らします。地元っぽい寿司です。爽やかな美味しさです。
エビもでかい。身の中にシャリを詰め込んでサンドイッチ状態で手渡しされます。
しかし、これだけ凄いネタばかり並べられたら酢飯は普通ではもたないはず。訊くと、島根のコシヒカリを少ない水でカチッと炊き上げ、オリジナルの赤酢でブレンドしているとのこと。
先ほどのクエの焼き物が出てきました。魚というより豚足のような濃厚さです。
そして、真打、いや、もう全部が真打なんでしょうが、先ほど焼きに入ったウナギの登場です。
「熱いから気をつけてください」
手渡されたウナギは、この店のオリジナルのウナギバーガー。
あつあつの焼きウナギ、それも分厚い天然物にシャリをはさみ、海苔で巻かれています。ほうばると、ウナギの脂がじんわり沁みてきて、なんとも幸せな気分になる一品です。
このあたりでかなりおなかもいっぱいになってきます。でもまだまだ続きます。
つなぎでこれ飲んどいてください、とドメーヌ・タカヒコのトモ・ルージュ。希少なものです。北海道の大地で飲んだことがありましたが、北九州の天然鰻バーガーに合わせると、また違う美味しさがあります。メニューになはい、それでいて一期一会的な価値のあるものを、さりげなく出してもらえると、もう常連客のような気分になれます。
これ、エビサンド・・・
大きなアカガイです。通常の2倍はあるでしょうか。豊前の海でケタアミで獲るそうです。さまざまな旨味が混在しています。昆布の味もします。
そして済州島近海のサバ。脂の乗りが素晴らしく、しっかり酢飯にからみます。
サバはウグイスに見立て、渡邉さんの手から私の手へやってきます。
こういう演出も面白いものです。外国人客はこれをリトルバードと呼ぶそうです。
しかし、考えてみたら、まだ一回も目の前の皿に寿司が置かれていません。それを問うと、
「え、その皿って、お客さんが手に持った寿司を休ませるときに置くものじゃないんですかあ?」ですと。
これが照寿司のやり方
ウグイスに見えませんか・・・
刃打ちしたヤリイカ。酢飯との間にウニが忍ばせてあります。イカとウニの相性はよく、ときどき見かける握りのスタイルです。五島列島の出口さんからというアマダイも放血神経締めして8日寝かせたもの。これもクエ同様にとろける旨さ。
同じく天然シマアジも8日寝かせています。弾力があり、味が細やかで、高級魚の貫録を見せつけてくれる一カンです。
トリガイが出てきます。夏のものかと思いきや、こちらでは冬場に旬をむかえるのだとか。
さきほどのマグロのジャバラも握っていただきました。
そしてクエのヅケです。
「ちょっとイタリアンな感覚で、生ハム感で」と渡邉さん。玉ねぎソースでいただきます。
最後は肉厚のコハダでシメ。酢が効いていて、クエのイタリアンな脂感をすっきりさせてくれました。
止のお椀に玉子。
デザートに津軽のコミツ、果汁があふれ出すような甘いリンゴでした。
リンゴもいっちゃいましょう・・・
リンゴを長い包丁で切りながら
「ダンミツじゃないのが残念」などと言いながら、にっこり手渡し。
なんとチャーミングな大将でしょうか。
「ここは食材の宝庫ですよ。地元の魚だけで、これだけできる。でもそれが注目されないと、何にもならない。いまはSNSがすごいから、ちゃんと発信すれば世界が見てくれる。僕はここから世界を目指したい」
寿司はうるさい人が多いので、自分は「#これが照寿司のやり方」だ、とうたうことで、オリジナリティを発信。
渡邉さんとはじめてお会いしてから1年ほどになりますが、メディアの影響も大きいのでしょう、彼のやり方は加速しているように思います。
毎回このドヤ顔をつくるのは大変でしょうと問うと、サービスの一環ですからと喜ぶ。もちろんネタを仕入れる力、職人としての技量、それらがあったうえでのサービスでしょうが。
「外国の有名シェフが僕の恰好を真似てインスタに上げたりしてる。うれしいですよ。僕のやり方は強烈すぎるのかもしれないけど、地方でがんばってる人たちへのエールでもあるんです。地元が活性化すれば、僕はまたいい食材を買える。いい循環をつくりたいです」
賛否両論あるのでしょうが、一度このスタイルにはまってしまうと、しばらくは虜になってしまう。大将いわく「あまり調子に乗りすぎなければ(笑)」まだまだいろんな可能性を秘めているお店だと思うのです。
小西克博(ヒトサラ編集長)
北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。
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