17年の時を超えた絆から生まれた、究極のコラボレーション|銀座【エスキス】x台北【RAW】シェフインタビュー
17年前。フランス・リヨンの名店【メゾン・トロワグロ】で二人の才気あふれる料理人が出会った。その名はリオネル・ベカとアンドレ・チャン。今や世界を股にかけて活躍するトップシェフの二人が10年の歳月を経て再会し、台湾で奇跡のコラボレーションを果たしたのが今年1月のこと。そんな二人が東京で開催した2回目のコラボイベントテーマは「感覚-地球への視点ー」。彼らが伝えたかった思いとは。
シェフプロフィール
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アンドレ・チャン(ANDRE・CHIANG)
【RAW(ロウ)】 オーナーシェフ。フランスの【メゾン・ トロワグロ】をほか数々のレストランを経験した後、 2010年6月にシンガポールで【Restaurant André】をオープン(現在閉店)。その後2014年12月に故郷 台湾 に【RAW】オープン。「2019年アジアのベストレストラン50」30位、 2019年版「ミシュランガイド台湾」で二ツ星を獲得。
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リオネル・ベカ (LIONEL BECCAT)
【エスキス(ESqUISSE)】エグゼクティブシェフ。【メゾン・トロワグロ】でスーシェフを務めたのち、2006年東京の【キュイジーヌ [S]ミッシェル・トロワグロ】オープンに伴い来日。シェフとなる。 2012年【エスキス】のシェフに就任。2013 年~2019年現在「ミシュランガイド東京」で二ツ星を獲得、2018年に「ゴ・エ・ミヨ」の"今年のシェフ賞″受賞。 -
僕たちのコラボレーションは、料理で奏でる"ジャズセッション"
―リオネルさんとアンドレさんは、17年前、【メゾン・トロワグロ】で一緒に働いたことがあると聞きました。お互いの印象はどうでしたか?
リオネル・べカ(以下リオネル 敬称略):アンドレは、17年前に出会ったときも今とまったく同じ目をしていました。先をまっすぐ見ている目が印象的だった。働き方を見ていても一つ一つの動きに無駄がない。凄いやつだと思いました。ですから、再会したときに彼はすでに世界的なシェフとなっていましたが、それについてまったく驚くことはありませんでした。
アンドレ・チャン(以下アンドレ 敬称略):僕はあまりほかの人と交わるタイプではないのですが、【メゾン・トロワグロ】に入ったとき、リオネルはすぐに話しかけてくれました。最初にできた友達ですね。僕はモンペリエからやってきて、彼はマルセイユ出身。南仏のノリで波長があった。リオネルは威張らず、どこにも属さず、正直でフェアでいろんな可能性にオープンな人だった。そんな印象は情熱的な部分も含めて今も変わらないです。
「芸術、色、形」という言葉から始まり、「希望・思考」という言葉で終わる全6種のテーマを設定。そのテーマに沿って、各シェフが1品ずつつつくるというメニュー構成
―今回のコースは印象的な言葉のテーマに沿って、二人が一品ずつつくるという内容でしたね。メニューはどのようにして決めましたか?
リオネル:二人のコラボは今回が二回目。一回目は自分たちのルーツをテーマにしました。今回のテーマ【感覚―地球への視点ー】は、二人の日常で話していたこと。地球の環境問題から、美しさ、ともに経験した懐かしい日々。そんな二人だけの話を料理を通じてゲストに分かち合いたいと思ったんです。そこから得たインスピレーションで言葉をいくつか考えて、アンドレに渡しました。彼がその言葉に沿って料理を考えて僕に戻してくれたので、そこから自分の料理を考えていきました。
アンドレ:【RAW】は台湾の食材と、台湾のホスピタリティを発信し体感してもらうレストランです。その基本スタンスはそのままに、彼から投げかけてもらった言葉の間を埋めていくように料理のイメージを膨らませました。第一回目が過去がテーマだとしたら、第二回目は"今"がテーマ。僕が興味のある"今"の要素―アートや形や考えや風景-を、リオネルの言葉にフィットさせるように料理を考えました。
キッチンでの息もぴったり。リオネル・ベカシェフ(左)とアンドレ・チャンシェフ(右)
―抽象的な言葉だけで、一つのコースを二人で作り上げていく。まとめていくのは、とても大変なことのように思います。”こうしよう”というルールなどがあったのでしょうか。
リオネル:特にありません。例えば、猫は高い所から空中にジャンプしてもストンときれいに着地できるでしょ。お互いを信頼しているからうまく着地する。自分のことも相手のことも予想がつくから、”驚くこと”はあっても、”突拍子もない”ことはならないって確信していましたね。
アンドレ:我々のコラボは、ジャズのセッションのよう。個々の練習は必要だけれど、二人の練習は必要ない。初めて演奏するにしても、どっちがソロをやるのかという順番も関係ない。違うことを違う楽器で演奏するのに、一つの曲として成立する。自由に奏でてそのときのバイブレーションで一体化する。そんな感覚です。
「芸術・色彩・形状」というテーマに合わせて、リオネルシェフがつくった料理。なかは酒粕を入れた、フォアグラのムース。周りは薄くスライスしたマッシュルーム
フランスの魂を持ったアジア人、アジアの魂を持ったフランス人。正反対な二人だから、うまくいく
―それにしても、お二人の料理はどちらも本当に美しいです。そしてとても調和していました。
リオネル:前菜のマッシュルームの一皿は、パピヨン(蝶)が飛び立つイメージでつくりました。この皿の前に出すアンドレの料理が牛肉のタルタルで、鮮烈な赤、卵黄の黄色、キャビアの黒、と強いコントラストがあった。だから、僕は一切の色を無くそうと思った。折り紙のようなはかない生き物がそっと皿の上で羽化した。そんなイメージで生のエネルギーを感じてほしかった。シンプルに見えるけれど、この料理はいろいろな技術をつかってつくっています。
アンドレ:僕たちは、とても似ているけれど、とても違う。リオネルはフランス人だけれどアジアの魂を持っているし、僕はフランスの魂を持ったアジア人。料理の方法も正反対。彼の料理は一見エレガントでシンプルだけれど、中は驚くほどパワフル。私は逆に、パッションをもっとダイレクトに表現する。けれど中は静寂。インサイドアウトとアウトサイドイン。お互いが持っている反対の部分をよく理解していて、それがうまくかみ合ったと思います。
「遺産、工芸、伝統」のテーマでアンドレがつくった『ニガウリとシリアル』。軽くマリネしたゴーヤの下には、鶏のだしで炊いた冷たいおかゆが隠れている。塩卵の黄身のクリームを添えて
―アンドレさんのゴーヤの一皿も美しく、そして意外性がありました。ゴーヤの下はおかゆでしたね。
アンドレ:「遺産・工芸・伝統」というワードから、台湾で子供時代に日常的に食べていたおかゆをつくりました。ゴーヤを重ねたのは、積み重ねてきた人生をなぞらえて。ゴーヤは体を冷やす食べ物だから、夏、台湾でも食卓によく登場する食材です。昔から伝わる食べ物にまつわる知恵は、DNAレベルで体が覚えていると思うのです。私たちの無意識下にあるルーツ、我々はどこから来たのか、そんなことを料理で伝えられたらと感じました。
―メニューには、「アンドレの悪夢」や「もっと薄くできないの?」という面白いタイトルのものもありました。
リオネル:「アンドレの悪夢」は、毎日毎日アンドレがなすを大量に仕込まなくてはいけなくて、"なすを見るとその時の悪夢がよみがえる"という、今だから笑える記憶から生まれたもの。同じように、「もっと薄くできないの?」は、僕が牛乳とレンネットで凝乳シートをつくる仕込みをしていると、ミッシェル・トロワグロ氏から「もっと薄くできないの?」といつも怒らていた僕のトラウマから生まれた料理です(笑)
「風景、人生、要素」というテーマでリオネルがつくった『キンキ、梅、花ズッキーニ』。ウロコを立たせて仕上げたキンキに、肝でつくったソース。青梅のコンポートを添えて
―リオネルさんの「風景、人生、要素」というのはどんなイメージでつくったのですか?
リオネル:料理人て、頭が先行して、皿の上で自分自身を主張してしまうことがある。内省的になってしまい、料理に自分を投影してしまう。この一皿では、素材そのものをきちんと前に出る料理にしたいと思った。メイン食材はキンキ。だからキンキの良さを前面に出しました。なにも隠さないし、自分の意識は乗せない。食材の美しさを感じてもらうような料理を、コースの中で一皿は食べてもらいたい、これは【エスキス】で常に考えていることです。
―しかし、内省的、つまり自分が今までなにを見てきたかの積み重ねは大切なのではないでしょうか。だからこそ、極限まで素材そのものにフォーカスしても、料理人の中につもってきた様々な経験が料理にあらわれる……。
リオネル:そうした部分ももちろん大切です。美しさを見出す目を養うこと。人に対して誠実であること。自分で自分のリズムを刻みつづけられるかということ。詩的なことに敏感であるかどうか。自分の内なる声を聴き、クリエイティブなところに自分をおけるかどうか。そうした経験の積み重ねが自分を形づくっているのですから。
「美と儚さ」をテーマにアンドレがつくったデザート、『アイユー、タマリロ、ホエイ』。水分にアイユー(愛玉子)の果汁をいれると固まる性質を利用し、水に果汁をいれて固めたゼリーの上に、酒粕でつくったチュイルを添えて
―「夢と儚さ」と名付けられたアンドレさんのデザートは、アイユー(愛玉子)と水のゼリーがメインでした。これはどういうメッセージが込められていますか?
アンドレ:このデザートはこれからの食の未来を考えた一品です。アイユーは、台湾で昔はよく食べられてたゼリーに使う柑橘でした。けれど、最近は一昔前の食べ物として忘れられてしまっている。だから、そこに光をあてたかった。昔はあたりまえだったのに、今の生活からはじかれてしまっているノスタルジックな食べ物を今に引き戻す。それは自分の店のメニューづくりの考え方でもあります。
リオネルとこれからの食について話したことがあったんです。とても大きなテーマですけれどね。僕は50年後に虫を食べなければいけない未来が待っているとは思えない。忘れられた食べ物に光をあてる、というのもそうですが、いろんな視点で未来は変えられる。台湾カカオの殻をお茶にする、というのは”使えないものを食べ物にする”という視点が未来につながると考え、最後に出しました。
今日初めてお披露目したという、台湾カカオの殻のお茶。ほんのりとカカオの香りがするハーブティー
―初めてお互いが出会ってから17年間。その間に自分自身も環境も、時代も変わってきました。これからどのように料理と向き合い、チャレンジしていきたいですか?
リオネル:来日して13年、自分の視点は変わっていませんが、自分自身のパーソナリティは変わったと思います。日本で暮らす中で日本人的な感覚が身について、繊細さをより感じ取れるようになりました。最近は無駄のない、ピュアな料理にはまっています。程よいバランスとシンプルかつ力強さを見いだせる一皿を作りたい。そうはいっても料理で実現させることは難しい。まだまだチャレンジは続きます。
アンドレ:僕の家族は父親が書家で母がシェフ、自分自身は彫刻と陶芸を勉強していた芸術一家でした。ですから僕は、クローズしたシンガポールの【アンドレ】、台湾【RAW】、四川【ブリッジ】、マカオ【シチュアムーン】と別の絵を描くようにそれぞれのレストランをつくってきました。すべてのレストランは私の心です。
そんな私にとって、今も昔も大切なことは、"いい世界を信じること"。その考え自体が正しいかどうかわからないけれど、ポジティブシンキングさえあればどんなこともやり遂げられる。なにかの経験が、驚くようなことに導くとは思っていません。日々の考え方の積み重ねが、自分がイメージする絵を描けるように導いてくれるのだと思います。
今回のコラボレーションも大成功。より絆が深まった二人のシェフ
撮影/石井宏明 取材・文/山路美佐(ヒトサラ副編集長)
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