更新日:2020.10.09グルメラボ
御徒町【ぽん多 本家】|磨き上げられた看板と重厚な扉を前に身が引き締まる
宮内省で西洋料理のコックをしていた島田信治郎氏が、「ごはんに合う洋食を」と明治38年に創業した【ぽん多 本家】。洋食がハレの日のものだった時代から魚のフライやポークソテーといったメニューを提供し、日本で洋食が普及する礎を築いた店である。「日本一格好いい男」と今もなお呼ばれ続ける白洲次郎は、生涯にわたって「プリンシプル」を貫き通した。ここではそんな彼が贔屓にしていた明治創業の老舗洋食店【ぽん多 本家】のこだわりを掘り下げる。
日本人らしい丁寧な仕事を一貫して守り抜く
初代の頃はよく旦那衆がやってきた。そして、まとまったお金をポンと置いて「当分の間、これで食べさせて。足りなくなったらまた言って」という調子だったらしい。【ぽん多】を愛した常連の中にはかの白洲次郎もいた。
創業100年以上の歴史を物語る店内
現在、4代目として店を切り盛りする島田良彦氏は言う。
「祖母から聞いた話ですが、白洲さんは、店にお見えになるときは、きまってスーツをお召しになられていました。そして、ことさら時間に厳しかった。遅刻を許さず、食べ終わったらさっさと帰られる。『人様のお宅にお邪魔しているのだから』とおっしゃった。恐らく店側の都合をきちんと尊重してくださる方だったのでしょう」
4代目として店を切り盛りする島田良彦氏
そんな白洲は【ぽん多】のカツレツを好み、必ず注文した。明治期に西洋から伝わってきた仔牛のカツレツ、いわゆるコートレットやウィンナーシュニッツェルといった料理を豚肉にアレンジしたものだが、その調理法は実に独特だ。ロースについた脂身を下ごしらえの段階で取り除き、ロースの芯の部分のみを使う。トンカツの良し悪しを語る際に、脂の甘みや質が引き合いに出されることがあるが、それと【ぽん多】のカツレツは次元を異にしているのだ。
「いい素材といい揚げ油が出合って初めておいしい揚げ物が生まれる。だからラードは自家製にこだわります」と4代目・良彦氏。動物性油脂ならではのコクがあり、それでいて軽い食感を実現しているのが見事だ
「脂と赤身では揚がる時間に差があり、一緒にするとどうしても赤身のほうが揚がりすぎてしまいます。そこでうちでは脂身を取り除いて赤身だけを使います。そして、ラードで揚げることでコクを足しています」。贅沢で手間のかかることである。だが、これこそが現在に至るまで【ぽん多】で脈々と受け継がれてきたスタイルなのだ。「譲れないこと」はほかにもある。
初代がミラノ風カツレツを天ぷら式に揚げた、元祖『カツレツ』
【ぽん多】の揚げ油はなんと自家製。削ぎ落とした脂身を鍋でぐらぐらと炊いて自家製ラードをつくり、それでカツレツを揚げるのだ。しかもいきなり170℃で揚げるようなことはしない。箸に伝わるラードの粘度でその温度を探り、揚げどきを見極める。そして、衣が肉から離れないようにじっくり揚げるべく、低温から入れて優しく泳がせる。実際に見ていると、この間、良彦氏は沈黙を守っていた。それに対して突っ込みを入れると、氏からはこんな答えが返ってきた。
「お客様はおいしい料理を食べるためにうちにいらっしゃいます。だったらここで集中しなくてどこで集中するのでしょう。先代にもよくそう諭されました」
温度を上げながらじっくりと揚げて、赤身の旨みだけを内包した『カツレツ』
そうして揚がったカツレツは端正で美しかった。断面はほのかな桃色。口にすると、甘みが感じられて、豚肉の香りが鼻からすっと抜けていく。キャベツの食感もいい。聞けば、芯を丁寧に取り除くのはもちろん、葉脈に対して垂直に切っているそうだ。
カツレツがこんなに繊細な料理だとは思わなかった。その感想をストレートに伝えると良彦氏は控えめな口調で言った。
「何が正解かはわかりません。ただ、初代はこうすることがお客様にカツレツをおいしく召し上がっていただく最良の方法だと考え、それが代々守られてきました。これが【ぽん多】の一貫した仕事なのです」
特等席は、職人の仕事を目の前にするカウンター
そうかといってかたくななのではない。かつての品書きには値段が書かれていなかったが、それでは今の人たちは注文しづらかろうと改めた。日本人の生活習慣の変化に伴って椅子席を増やした。クレジットカードも使えるようにした。今をしなやかに受け入れながら、仕事は徹底的に一貫し続ける。そんな【ぽん多】のありようを見ていたら、白洲が遺した名言がふと浮かんだ。
「人に好かれようと思って仕事をするな。むしろ半分の人に嫌われるように積極的に努力しないと良い仕事はできない」
だれのためにおいしいものをつくるのか。そのために何を為すのか。物事の原理原則を重んじた白洲が【ぽん多】を好んだ理由がわかるようであった。
この記事を作った人
TEXT:MEN'S Precious編集部
BY :MEN'S Precious2019年秋号より
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
MEN'S Precious編集部
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
記事元:MEN'S Precious
この記事に関連するエリア・タグ
-
海外旅グルメ 連載
ヒトサラ編集長の食ダイアリー~とっておきの旅と食のはなし~vol.5|イタリア・ピエモンテ州③
-
豊洲旅グルメ
豊洲市場観光で立ち寄りたい! 市場内のオススメの店|東京・豊洲
-
海外旅グルメ 連載
ヒトサラ編集長の食ダイアリー~とっておきの旅と食のはなし~vol.5|イタリア・ピエモンテ州②
-
海外旅グルメ 連載
ヒトサラ編集長の食ダイアリー~とっておきの旅と食のはなし~vol.5|イタリア・ピエモンテ州①
-
海外旅グルメ 連載
フランス・ブルゴーニュ【コモ・ル・モンラッシェ(COMO Le Montrachet)】~ヒトサラ編集長の編集後記 第82回
-
新宿南口/代々木食トレンド
多彩な調理法で鰻料理の新たな感動をつくり出す|【参宮橋 あさや】参宮橋
-
天満橋・谷町四丁目旅グルメ 連載
大阪【馬藺(ばりん)】(パティーナ大阪)~ヒトサラ編集長の編集後記 第81回
-
虎ノ門食トレンド
たゆまぬ探求心で生み出す「焼鳥コース」という食体験|【焼鳥なかむら】虎ノ門
-
秋田/男鹿連載
ヒトサラ編集長の食ダイアリー~とっておきの旅と食のはなし~vol.4|秋田②
-
秋田県連載
ヒトサラ編集長の食ダイアリー~とっておきの旅と食のはなし~vol.4|秋田①
関連記事
-
2025.08.29食トレンド 旅グルメ
鎌倉の隠れ一軒家だから叶う! 丁寧に心豊かな時間を過ごす“ちょっとした夏旅”|【霹靂】鎌倉
-
2025.08.28グルメラボ
絶対失敗しない【PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI】の『ショコラブラウニー』のつくり方|「一流シェフのヒトサラレシピ」#15
-
2025.08.27グルメラボ
東京で楽しむ絶景テラス席レストラン5選|開放感あふれるおすすめグルメスポット
-
2025.08.26旅グルメ 連載
ヒトサラ編集長の食ダイアリー~とっておきの旅と食のはなし~vol.5|イタリア・ピエモンテ州③
-
2025.08.25旅グルメ
豊洲市場観光で立ち寄りたい! 市場内のオススメの店|東京・豊洲