<閉店>特別な日は、銀座で極上ワインと華やかなフレンチを【ル・シーニュ】|銀座・東京
激動だった2020年もあと2ヶ月。今年は大勢で集まれない反面、大切な人と2人で「会って」幸せなひとときを過ごしたいと考える人も多いだろう。大変だった一年を締めくくるちょっと贅沢な‟お疲れ様会”でぜひ訪れたいのは、上質な本物に出会える大人のレストラン。銀座らしい華やかな料理とワインが登場する【ル・シーニュ】なら特別な夜を過ごすことができる。
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“銀座”という華やかで特別な街を料理とワインで感じる
「秋刀魚を応援する!?」独創的な料理名の秘密
偶然から誕生した、トリュフが雪のように積もるアイスクリーム
“銀座”という華やかで特別な街を料理とワインで感じる
インティメイトな雰囲気をつくり出すシックなカウンター
早いものでもう11月。年末が視界に入ってくる季節だ。今年は海外にも行けなかったし、クリスマスや年末に、贅沢においしいいものでも食べに行こうかな。バブル世代ならずともそんな風に考えている人も多いはず。そんなちょっと贅沢で特別なディナーを味わうなら、今こそ銀座に出かけてほしい。
昭和の人間にとっては、銀座といえば華やかで、少しおしゃれして出かけたくなる場所。紳士淑女が颯爽と歩き、多くの文化人に愛され、華やかでファッショナブルな独特の香りを放つ街だから。昔と比べれば今は、背筋を伸ばしたくなる穏やかな緊張感と、刺激が交錯する独特の雰囲気は薄れてしまったかもしれないけれど、海外の人で賑わっていた街が今は少し落ち着きを取り戻し、かつての銀座らしい空気が戻ってきたように思う。
そんな銀座のビルの一角に、銀座らしい華やかさ、そして現代の軽やかさが交錯するフランス料理を楽しませる店がある。その名は【ル・シーニュ】。「旧軽井沢ホテル」の総料理長を勤めていた上野宗士氏と、【ドミニク・ブシェ】でソムリエをつとめていた有馬純平氏がタッグを組んで、2019年12月にオープンしたレストランだ。
シェフの上野宗士さん。パリ【レ・ザンパサドール】などで修行後帰国し、【ベージュ アラン・デュカス 東京】の副料理長に就任。その後、「旧軽井沢ホテル」のフランス料理店【ル・シーニュ】のシェフに。2019年12月に現在の店【ル・シーニュ】シェフとなる
料理はおまかせコースのみ。メニューをひらけば、『ミニヨンズ現る』『完熟な未熟者』『銀座』のような、およそどんな料理かはわからない、短編小説の目次のような文字が並んでいる。
「ワインはどうされますか?」と有馬さんに聞かれて、想像つかない料理を楽しみに、‟おまかせで”と身を委ねることにした。が、しかし。それぞれの料理に合わせるペアリングだとアルコールが弱い私には少し辛くなってしまう。そんなことを正直に話すと、それぞれのグラスワインの分量を調整してくれるという。その心遣いがうれしい。そして、それが大正解!
お店で楽しめるワイン色々。ロマネ・コンティとルロワはボトル提供。フランスワインが中心だが、カリフォルニア、スイス、ギリシャなど、若く挑戦的で将来期待されるメゾンのものも揃えている
実は、こちら、ワイン好きにはちょっと話題のお店でもある。ストックしている銘醸ワインは250種類以上。ワインペアリングは16,000円から50,000円までという幅広いラインナップ。40,000円や50,000円のラインナップには、ブルゴーニュの注目株「ピエール・イヴ・コラン・モレ」のコルトン・シャルルマーニュや、ボルドーの格付け第1級シャトー・オー・ブリオンなど、他店では、まず、グラスで提供されることのないワインが登場する。
「やはり、銀座にいらっしゃるお客様に満足していただくようなワインのラインナップは意識しています。基本は本質的においしく、美しいワインを。若手の注目株から、銀座らしいオーセンティックなものまでお客様の嗜好にあわせてご紹介しています」と有馬さん。一つの料理ができあがると、上野さんと有馬さんで真剣に話し合い、合わせるワインや最終的な料理の味の調整をして、世界観を決めていくため、ペアリングのワインは一皿ごとに変えている。
お任せコース24,000円のなかの一品『銀座』。キャビアは5種類ほど常備し、常連のお客様にはあえて違う種類のものを出して味の違いを楽しんでもらうそう
‟銀座”という街の魅力を意識しているのは、シェフ・上野さんも同じだ。【ベージュ・アラン・デュカス 東京】の副料理長を務めていた上野さんにとって、‟銀座”というのは、思い入れのある場所だったという。集まる人の面白さ、華やかな街の魅力。そうした場所で、‟若すぎず、また年を取りすぎてもいない今”軽井沢から銀座に移り、シェフを務めることに魅力を感じたという。
そうした、彼らの思いがよくわかるのが、スペシャリテの一つ『銀座』だ。これは乳脂肪分40%のジャージー牛でつくられたクリームに銀箔とキャビアが‟これでもか”と乗せられたゴージャスな一品。これには、ペアリングをオーダーした人には値段にかかわらず、もれなくグラスに、シャンパンの王様・クリュッグがたっぷりと‟注がれる。
上品な塩気のキャビアと、濃厚ながらもしつこくないクリームを一口食べる。そして優雅で繊細でふくよかなクリュッグを口に含む。これぞまさに、オーセンティックな煌びやかさと軽やかな‟令和”が交錯した今の銀座を体現したかのような組み合わせ。背徳感のある贅沢に身を浸しながら、遊び慣れた大人気分で、自然と高揚していくのがわかるだろう。
「秋刀魚を応援する」⁉ 独創的な料理名に込められた秘密の話
『秋刀魚応援プロジェクト』。甘みのあるパプリカと脂が乗った秋刀魚の旨味の多重奏を、ハーブのフレッシュさで小気味好く切る
そして、こちらのお店で楽しいのが、料理につけられたメニュー名。『銀座』の次に運ばれてきた料理メニューは『秋刀魚を応援プロジェクト』。現れたのは、ハーブに包まれた可愛らしい黒いタルト。中身は、パプリカのコンフィに香ばしいサンマ。それらの食材をハーブのサラダとエディブルフラワーがドレスアップしている。なぜ、これが、サンマの応援料理なのだろうか?
その理由をシェフに聞くと「米津玄師さんの『パプリカ』ってあるじゃないですか。あれはNHKの番組で子供むけの応援ソング。一方、今年はサンマが深刻な不漁。そのなかでも長年つきあいのある仲買の方が脂ののったいいものを届けてくれるんです。そんなサンマの現状に意識を向けつつおいしさをちゃんと知ってほしい、組み合わせとしてもいいパプリカと合わせた料理だから、応援歌とかけて‟秋刀魚を応援プロジェクト”という名前になったんです」と笑顔で答えてくれた。
『名前はまだない』。熊本県産の‟えこめ牛”のローストにマデラ酒、ごぼうなどの付け合わせを添えて。赤身ながらも繊維がこまかく柔らかい繊細な肉に、さっぱりとしたソースが相性抜群
続いて運ばれてきた牛肉の一皿のメニュー名はその名も『名前はまだない』。どんな料理かといえば、赤身の牛肉のステーキに、マデラソース、そしてごぼうなどの野菜の付け合わせがのせられたもの。なんでも、このお皿につけたくなるような名前が思いつかないのだという。「料理名に生産者の名前や食材名、ソース名を並べるような表記にしっくりこなくて。そのお料理の食材の背景や歴史が見えて、記憶に残るものにしたいんですよね」と上野さん。
アラン・デュカスの元で薫陶を受けた上野さんが、その技術と哲学を消化して自分のものにし生み出す料理は、フランス料理の骨格がしっかりとありながらも、軽やかで自由だ。そうした彼の料理に、従来のメニュー表記は確かに似合わない。彼にとってフランス料理とは、‟火の入れ方、味の付け方、調理の正確さなどの基本的な技術の上で、それをどう解釈していくか”というところに真髄があるという。
例えば、この熊本の赤牛のローストは、バターをたっぷりと使い、アロゼしながら焼き上げたクラシックなフランス料理の手法のもの。ソースは従来のマデラソースよりもぐっと酸味を効かせてさわやかに仕上げ、黒ごまのパウダーを添える。付け合わせは、‟和食からヒントを得た”というごぼうを煮たものと、ごぼうでつくった団子。団子は【日本料理 晴山】に食べにいったとき‟美味しくて感動したもので、山本晴彦シェフに作り方を教えてもらって、早速料理に取り入れたものだそう。この組み合わせが実によく合う。
上野さんの柔軟で、‟料理をつくるのが楽しくてしかたない”という気持ちが一皿ごとに伝わってくる。そして、そこに、短編小説のような料理名が、ワクワクした高揚感をゲストに伝えてくれるのだ。
偶然から誕生した、トリュフが雪のように積もるアイスクリーム
デザートの『黒雪』にふりかけられるフローズン・トリュフ。その大きさは圧巻!フランスからオーストラリアまで、その時期によって上質なトリュフがとれるところから仕入れる。
軽井沢時代からのスペシャリテ『黒雪』は、そんな自由で料理を楽しんでいる上野さんを象徴する料理かもしれない。
このスペシャリテは偶然の産物だったという。冬が厳しい軽井沢。ある日、食材庫に行ってみたら、黒トリュフが凍ってしまっていた。凍ったトリュフは、どんな風になってしまっているのだろう? と疑問に思った上野さんは、まずスライスして食べてみた。すると、冷たいトリュフが、口の中で一気に溶け、花開くように香りが立ち上った。温度差によってその香りの強さと広がりが強調されることに気がついた上野さんは、トリュフならではの香りを極限まで引き出すために、凍らせたトリュフをすりおろし、口の中の体温で一気に花開くように冷たく提供するにはどうしたらいいかと考えた。そして生まれたのが、冷たいまま提供できる、アイスクリームというわけだ。
「トリュフをよりトリュフらしく届ける」ために、アイスクリームもトリュフのアイスクリームに。そこに細かく削ったトリュフを、雪が降り積もるようにたっぷりとかけた。「浅間山が噴火して、火山灰まじりの雪が降り積もったら、こんなイメージかもしれない」そう思い、『黒雪』と名付けた。
『黒雪』。見よ、この降り積もるトリュフの厚さを!! たっぷりとこころゆくまで振りかけられた黒トリュフが、口のなかで溶けるときに放つ芳香に、夢見心地になること間違いなし
このデザートは、コースを締めくくる最大のクライマックスだろう。口の中で一瞬にしてシュワっと溶けた瞬間、芳醇で媚薬のような香りが身体中に広がり、恍惚としてしまう。そして、この日にいただいた、数々の料理とワインが走馬灯のように思い出され、今日という特別なディナーが深く記憶に刻まれる。
【ル・シーニュ】というのは、‟兆し”という意味だそうだ。これからなにか起きそうな、ワクワクする予感。実際、食事をしている間、、次はどんなワクワクに出会えるのだろう? という予感がずっと持続していた。そして大人になった今だからこそ、心地よい高揚感を覚えながら、こうした銀座らしい落ち着いた場所で贅沢なひとときを味わうことで、忙しく走り抜けてきた日々をリセットできる。
きっと明日、なにかいい‟兆し”があるかもしれないな。寝る前に、いただいためくるめく料理とワインの素晴らしさを反芻しながら、幸せな眠りにつく。それは、いろんなものを経験してきた大人だけが味わえる特権なのかもしれない。
撮影/岡本 裕介 取材・文/山路美佐
幼少時代から筋金入りの食いしん坊。丸の内の総合商社に入社するも食への探究心を抑えきれず退職しイタリアに短期料理研修の旅に出る。帰国後世界文化社に入社し「家庭画報」ほかの雑誌で食・旅・アートの編集を担当。美味探求の旅は30カ国以上にのぼる。
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