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更新日:2020.11.14食トレンド

人形町【天ぷら やぐち】|「みかわ 是山居」の技術を受け継ぎ、哲学を追求する江戸前天ぷら

江戸前天ぷらの神様とも称される料理人・早乙女哲也さんの元で働いた料理人が、江戸前天ぷらの専門店をオープン。名店「みかわ 是山居」の技術と哲学を受け継ぎながらも、新しい食材選びを探求する【天ぷら やぐち】をご紹介します。

天ぷらやぐちの穴子

旬を揚げる、大衆天ぷらの魅力

かつては大衆食として親しまれた料理も、歴史を経るごとに技が磨かれ、哲学に溢れた食文化となることがある。江戸前天ぷらもその一つ。

江戸前天ぷらの特徴といえば、江戸前=東京近郊で獲れた魚介類をごま油でカラッと揚げること。油のかぐわしい風味と、季節によって変わる食材から旬を味わえることが何よりの魅力だ。

「江戸前天ぷら」を受け継ぐ店は東京の街に数多くあるが、ひときわ名店の呼び声高い店がある。それは“天ぷらの神様”と呼ばれる料理人・早乙女哲也さんがはじめた【みかわ 是山居】だ。1976年に日本橋・茅場町で店を開いて以来、各界の著名人たちの舌をも喜ばせてきた。

    天ぷらやぐちの店内

    店内はカウンター席のみ。谷口さんの揚げの技術を目の前で眺めることができる

そんな【みかわ 是山居】から独立した店【天ぷら やぐち】が人形町にオープン。22年間もの年月をみかわで過ごした店主・谷口ー樹さんによる、江戸前天ぷらのコースをいただくことができる。

「修行したのは“みかわ”だけ。生え抜きと言えばいいのか、食材選びから揚げ方、仕上がりのイメージに到るまで、“みかわ”での教えが胸の奥にいつもあります」そう語る谷口さんの天ぷらは、食材ひとつひとつとの向き合い方にも哲学があった。

食材の味を最大限に引き出す“揚げ”の技

    天ぷらやぐちの食材、魚介類

    揚げる具材はどれも新鮮な魚介類

“みかわ”での教えは数多くあれど、美学として強くあるのが、揚げる前に細工を施すことはなく“揚げ”と言う調理のみで食材の味を引き出し、仕上げることだ。

そのために、食材によって捌き方や打ち粉の量、揚げ時間を考える。「みかわでもそうでしたが、揚げる前から『このエビはこう仕上げよう』という完成形が頭の中にあります。そこまで持っていくために、逆算して調理のやり方を考えていくんです」

    天ぷらやぐちの「エビの天ぷら」

    身と頭を別々に揚げたエビの天ぷら

例えば、エビは他の食材よりも高い温度で揚げる。水分量が多いので、油の中でしっかりと脱水させるためだ。

「衣にも気をつかいます。理想的な衣って顕微鏡で見ると網の目状になっていて、その間から食材の水分が抜けてカラッと揚がるんです」。一方、水で溶いて時間が経つとどうしても粘り気が出る。「天ぷらは脱水作業」との言葉の通り、谷口さんが仕上げた天ぷらはどれも軽く、衣をほとんど感じさせない。

薄い衣を纏ったエビの頭からは、エビ本来の風味が強く香り立つ。少しの塩でいただけば、ボイルや鮨とは全く違ったエビの味が体験できる。

    天ぷらやぐちのあなご

    新鮮な大ぶりの穴子をそのまま揚げる

そして、人気の天ぷらのひとつが、3枚おろしをそのまま揚げる大ぶりな『穴子』だ。「穴子は皮目と身の間に独特のクセがあるんです。これを、揚げ具合によってクセではなく“香ばしさ”に変えられるかが勝負です」。

揚がった穴子の身はホロホロと細かい食感となり、その変化に驚かされる。無論クセはなく、皮目の香ばしさもアクセントだ。

    天ぷらやぐちのあなご

    皿に載せ、鉄箸で切った時に揚がる湯気を眺めるのはなんとも食欲をそそる体験だ

夜には、こうした天ぷらが8品のコース(12,000円・税別)で楽しめる。提供する間、谷口さんは、190〜200℃の温度に熱した油の中に次々と食材を入れ、それぞれの最適な秒数をカウントしながら揚げ上がりを待つ。もちろん、お客さんとの会話にも応じながら。

新しい食材を天ぷらにすれば、新しい哲学が生まれる

    天ぷらやぐちの谷口ーさん

    料理人の谷口一樹さん

「良い材料を揃えたら、そこそこの天ぷらは作れる。でも、江戸前天ぷらの哲学は“どううまくできるか”にあるんです」そう語る谷口さんは、天ぷらに使う新しい食材の探求にも強い関心を持つ。

【みかわ 是山居】で学んだ天ぷらの哲学は、語りつくせるものではないという。「食材がひとつあれば、その食材に対する考え方があります。全ての食材に対して哲学があるわけですから……。全て話そうと思ったら、ここじゃなくバーにでも行かないと(笑)」

食材ごとに哲学がある一方で、谷口さんは「天ぷらにする意義のある食材は、限られている」と語る。全ての調理の中で天ぷらが一番向いている食材でないと、“揚げる意味”はないと言う。

「ただ、魚を獲る海の状況も僕が修行をはじめた20数年前とは変わっています。昔はよく使っていたのに、今では見なくなった魚だってありますね」。

    天ぷらやぐちの「ししゃも」

    『ししゃも』の天ぷらは、身はホロホロと細かく、独特の旨味が感じられる

だからこそ、新しい食材を探求するのだと言う。秋のコースに提供される『ししゃも』は、修行時代のみかわでは扱うことのなかった食材だ。

「これまでのやり方をただ単に踏襲するだけじゃなく、自分で開拓していかないと」。それは江戸前天ぷらの流儀を受け継ぐためでもあり、そこにまた新しい哲学が生まれる。伝統ある天ぷらの技術を受け継ぐ谷口さんの元に通えば、新しい料理を体験することができるかもしれない。

この記事を作った人

撮影/佐藤 顕子 取材・文/乾 隼人

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