福島県双葉町出身の店主が繰り広げる、めくるめく“熱燗ミュージアム”|【髙崎のおかん】青葉台
東日本大震災から10年目のある日、こんな連絡が入りました。「福島県双葉町出身の方が新しく店を始めました。熱燗に対して飽くなき探究心を持っている人です。会ってみませんか」。福島県双葉町は、東京電力福島第一原発事故の影響で、唯一、全町避難が続いている“帰れない町”。町民たちにとって震災は過去の出来事ではありません。その店主は、今、どんな想いを抱えながら新しいスタートラインに立つのでしょう。そして、どんな燗酒を楽しませてくれるのでしょう。自分の耳と目と舌で確かめたい。本能の赴くままに【髙崎のおかん】を訪ねました。
すべては最高のお燗をつけるために
髙崎さんは、1981年、福島県双葉町の生まれ。ご両親が洋食店を営んでいたことから飲食業に興味を持ち、いったん故郷を離れて複数の店舗で修行を積みました。それから地元に戻り、2009年に居酒屋【JOE’S MAN】を開業。しかし、店は2年と続きませんでした。正確に言うなら、続けられませんでした。2011年3月11日、あの東日本大震災が発生し、原発の5km圏内に居た髙崎さんは、町を離れることを余儀なくされたからです。
でも、髙崎さんは諦めませんでした。神奈川県の飲食店に就職し、再起を図るための準備を整えていったのです。その努力が実を結んだのは3年後のこと。世田谷区三軒茶屋に【JOE’S MAN 2号】をオープンさせました。経営は軌道に乗っていたといいます。にもかかわらず、髙崎さんは2021年1月、店を閉じるという決断を下しました。
そして、同年12月、【髙崎のおかん】という店を目黒区青葉台に開きました。
池尻大橋駅や中目黒駅、渋谷駅から徒歩10分以上かかる、所謂“陸の孤島”に誕生した【髙崎のおかん】。大胆に染め抜かれた暖簾が目印
ここで、早速、疑問が湧きました。なぜ、今度は店名に「JOE’S MAN」を謳わなかったのでしょう。並々ならぬ思い入れがあったはずなのに。
髙崎さんは言いました。「飲食店にある“一瞬の真実”と向き合っていく中で、あるジレンマを抱えるようになったのです」。そして、真面目な面持ちで次のように続けました。
「前の店にはカウンター席とテーブル席がありました。調理場の目の前にあるカウンター席と比べると、少し離れたテーブル席にはどうしても目が行き届きにくくなるものですが、忙しくなればなるほど、それが顕著になる。同じお金を頂戴しているのにもかかわらず。ずっと歯痒かった。僕は料理に対してこんな考えを持っているんです。最強のアートになりえる、と。なぜなら、料理は味、香り、音で、人の感覚を揺さぶることができるから。それなのに、その可能性を作り手が自ら潰してしまうなんてありえないこと。この現状を変えなければ、飲食業にはいつか限界がきてしまう。そう思い、店の在り方をイチから考え直すことにしました。店名を変えたのは、僕なりの覚悟の現れ。放送作家の鈴木おさむさんに命名していただきました」
【髙崎のおかん】の店内は、オープンキッチンをカウンター席が囲む“劇場型”の造り。席数は8席
【髙崎のおかん】が前身の【JOE’S MAN 2号】と異なることは、他にもあります。食事は19時一斉スタートであること。メニューはおまかせコース1本のみであること。燗酒と料理のペアリングを追究していること。居酒屋にしては、大胆な営業スタイルです。客を選び、客の期待値を自ずと高めることにもなりかねません。自らハードルを上げた髙崎さんに敬意を払いつつ、実際におまかせコースを体験してみることにしました。
髙崎さんは目の前で燗をつけてくれるので、その手さばきをじっくり観察することができます
おまかせコースは税込で1万6500円。お椀、お刺身、酒の肴、串焼き3種類、天ぷら3〜4種類、カツサンド、茶碗蒸し、炊きたてのごはんと、それぞれのお料理に合わせて燗酒が供されます。その数、なんと12種類。
例えば、熟成させた魚のお刺身には、福島県郡山市の酒蔵・仁井田本家の「にいだしぜんしゅ」にレモンピールを浮かべて。ユニークなのは、お刺身が盛り合わせでなく、単品で供されること。淡白なものから順番に出すことで、同じ燗酒でも異なる味わいを楽しんでもらいたいという髙崎さんの計らいです。
お刺身はイタリア産の塩でいただきます。この日は4日寝かせた天然のヒラメとマダイ、9日寝かせたキンメダイが登場
また、蝦夷鹿の天ぷらには福島県南相馬市で仕込まれる濁酒「CHAI doburoku」。髙崎さん曰く「どぶろくは、フランス料理でいうところのソースの位置付け」。思いがけない組み合わせでしたが、試してみると旨みが驚くほど増幅し、知らない世界に連れてこられたような感動を味わいました。
岐阜の名ハンター、坪井さんが仕留めた鹿のモモ肉を天ぷらに。衣には「風の丘ファーム」の自然農法による中力粉を用いるというこだわりよう
そして、何より驚かされたのが“茶碗蒸し”と燗酒のペアリング。そもそも、茶碗蒸しを〆のごはんの直前に出すなんて何か意図があるはず。そんなことを考えていたら、貝出汁の茶碗蒸しと、福島県浪江町の鈴木酒造店が県内の道の駅限定で販売する本みりん「黄金蜜酒」が目の前に。
このペアリングは常連の間で「時代劇式ペアリング」と呼ばれているそう。時代劇は45分から50分ぐらいに定番のオチが来るものですが、まさにこれがその役目を担っているとのこと
結論から言うと、目から鱗の食体験でした。というのは、茶碗蒸しを食べてから黄金蜜酒を口に含むと、プリンを食べているような感じを覚えたのです。まさに化学反応。髙崎さんの自由闊達さに喝采を送りたくなりました。
また、髙崎さんの燗をつける佇まいにもいたく惹きつけられました。髙崎さんがちろりを扱う姿は茶人のようでもありました。聞けば、髙崎さんは機械に頼らず、自分の感覚だけで温度を捉え、燗酒を振る舞えるようになりたいとのこと。道具が一切ないところで燗をつけなければいけない状況に追い込まれた経験が、その発想を促したようです。
勘だけで燗をつける。それは非効率的なことかもしれません。ですが、最高の燗酒を、そして最高の感動を提供するために己の全神経を研ぎ澄ませるということは、相手に対する最大の思いやりであると言えるのではないでしょうか。一度、絶望の縁に立たされた髙崎さんだからこそ、その大切さに気づけたのではないか。それを実践しようと思えたのではないか。そんな気がしてなりませんでした。
この記事を作った人
撮影/中込涼 取材・文/甘利美緒
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