食材を見ながらオートクチュールで楽しむ、アラカルト主体のネオビストロ【caillou】
いつのまにか当たり前のようになった一斉スタートのおまかせコーススタイル。小規模少人数対応のレストランが多くなってきた昨今の時流ゆえの事象とも言えそうだが、効率的に料理を提供できるメリットがある反面、以前のようにゲストが好きなものを好きな時間に食べる自由度がなくなりつつある……と思っていたら、このところ、アラカルト主体のレストランが復活の兆しを見せ始めているのは嬉しい限り。そんな中、更にその先をいく?オーダーメイドでも料理を作ってもらえるレストランが誕生! 西小山に去年の11月オープンした【カイユ】がそれだ。
西小山の庶民的な商店街に潜む美食空間。ガラス張りのシンプルながらスタイリッシュなデザインにも期待が募る
庶民的な店が続く商店街に忽然と現れるスタイリッシュな空間。席に着くと、まず案内されるのがオープンキッチンのカウンター、見ると、カウンター前のショーケースにはさまざまな食材が並んでいる。生のフォアグラやスモークサーモン、パテアンクルートにリ・ド・ヴォ―、仔羊の骨付き腿肉から骨付きサーロインの塊に真鯛も一尾丸ごと横たわっている。旬のホワイトアスパラガスもあれば、春キャベツや山菜等々、思わず目移りしてしまうほどだ。そう、実はこの店、食べたい食材を、可能な限りゲストの好みの料理に仕立ててくれる、いわばオートクチュールレストラン。例えば、リ・ド・ヴォ―はきのこと一緒にフリカッセにして、とかホワイトアスパラガスは茹で上げで等々、わがままを聞いてくれるのも、食いしん坊には願ったり、かなったりだろう。
もちろん「何をどう頼んだらいいのかわからない」と、二の足を踏む方もきっと多いことだろう。が、ご安心を。食材一つ一つについての丁寧な説明をした上で、それに適した料理をシェフがきちんとナビしてくれるのだ。
真鯛や仔羊の腿肉、リ・ド・ヴォ―などの食材が、マルシェのように並ぶショーケース。一番右の骨付き塊肉が、安達シェフが惚れ込んだ新保さんの牛肉
「わかりにくい料理名が並んだメニューを見るより、食材を直接見てもらいながら、どういう料理ができるかを聞いてもらった方が、寛いで食事ができるでしょう。」こう語るのは、安達晃一シェフ、43歳だ。大学在学中、アルバイトで入ったフランス料理店で飲食の世界に興味を持った安達青年、当初は「お洒落なカフェでもやれればいいな。」といった軽い気持ちで始めたつもりが、気がつけば、フランス料理にすっかり魅せられていたそうで、そこにはバイト先で出会った料理長の存在があった。
独立した料理長の誘いを受け、共に働くことになった新店は、小じんまりとしたビストロだった。とはいえ、スタッフはシェフと安達青年のほぼ2人体制。多忙を極めたが、その分料理に触れる機会も多く、次第にフレンチに興味を持っていく自分がいた。そして、決定打となったのは、初めて口にした赤ワインソースだった。曰く「ある日、料理長が(客に)即興で作ったソースを、仕あげの段階で味見させてくれたのですが、鳥肌の立つほど美味しかったんです。」この時の感動が、当時23歳だった安達青年をしてフレンチの道へと進ませたのだ。
その後、大阪梅田の【ブルデイガラ】で就業後、20代のうちに行きたいと思っていたフランスに、ワーキングホリデーを利用し、29歳で渡航。レボー・ド・プロヴァンスのレストラン【ラ・カブロドール】で一年間研鑽を積み、帰国。恵比寿【ラ・ターブル・ジョエル・ロブション】、日本橋【アサヒナガストロノーム】を経て、去年の11月、同店をオープン。念願だったビストロを立ち上げた。
シンプルながら、どこか洗練された雰囲気が漂う店内。木のテーブルと椅子が温もりを添える
煌びやかなグランメゾンで腕を磨き、【アサヒナガストロノーム】在籍中の2020年には、フランスで最も権威あるコンクールの「プロスペール・モンタニエ国際料理コンクール」で見事優勝を果たした安達シェフ。だが、自身が望んだスタイルは、ガストロノミーな高級レストランではなく、カジュアルな等身大のビストロだった。
「背伸びをすることなく、身近に楽しんでもらえる店にしたかったんです。僕が19、20才の頃、赤ワインソースを味わった時と同じ感動を、少しでも多くの人に経験して頂けたら、本望ですね。」とは安達シェフ。
安達晃一シェフ43歳は大阪出身。【ロブション】や【アサヒナガストロノーム】などグランメゾンを始め、幅広いスタイルのレストランで研鑽を積んだキャリアの持ち主だ
料理は全体的にベーシックなビストロ料理が主流。今回悩んだ末に選んだのは、伝統的なフランス料理の一つ『パテ・アン・クルート』と同店のスペシャリテ『サカエヤ 新保さんの 手がけたお肉』、そして安達シェフお勧めの『フォアグラのクレームブリュレ』の3品。これらを頂くことにした。
料理のオーダーは、ショーケースに並ぶ食材を見ながら、直接安達シェフにリクエスト。一つ一つの食材について料理法などを丁寧に説明してくれる
『パテ・アン・クルート』は、一時期、廃れ気味だったが、古典回帰の影響か、ここ数年で見事復活。あちこちのレストランでそれぞれに個性を生かした逸品を頂けるのは、
口福の至り。安達シェフのそれはドーム型で、深い狐色の焼き色が技術の確かさを忍ばせる。実はこの料理、フレンチの総合的な技術を要する思いのほか難易度の高い一品。火入れを始め、料理人の技術と個性が最も試されるーと言っても過言ではないだろう。安達シェフのそれはロブションのレシピをもとに、フランスの古典料理の原書も参考にしたオリジナル。仔牛肉や豚肉をベースに比較的あっさりと仕上げてあり、初心者でも食べやすい。お好みの量をカットして貰えるなど分量の融通が効くのも、いろいろ食べたい向きには嬉しい配慮だろう。
看板メニューの一つの『パテ・アン・クルート』は定番の味。好みの大きさにカットしてくれる
また、フランスを一番感じさせる食材といえば、やはりフォアグラ。安達シェフも「フォアグラの料理は、形を変えて必ず何か一品は出していきたい。」そうで、今回は、ロブションが世に広めたと言われているクレームブリュレスタイルで提供。もとより、フォアグラとトロトロの卵とは好相性。優しい甘みと滑らかさの中、フォアグラの旨味がバランスよく合わさることで、まろやかなコクが口中に広がり、舌に残る余韻に気品が漂う。安達シェフがグランメゾン出身であることを再認識させてくれる佳品だろう。
『フォアグラのクレームブリュレ』(2,090円)。上に添えているのは、リンゴのピューレとハチミツやオレンジジュース、スターアニスを煮詰めたもの
そして、メインのステーキは、滋賀の精肉店「サカエヤ」の新保吉伸氏が手当した鹿島の経産牛。かねてより、安達シェフが食べてみたい、使ってみたいと思っていた牛肉だ。「ただ肉を仕入れて売るだけではなく、生産者から料理人の手にわたるまで、新保さんが手厚く手当し、肉に命を吹き込む。そんなストーリーのある食材を使いたかったんです。自分もそのサイクルの中に入ることができたら最高だなぁと。」とは安達シェフ。いわゆるA5ランクのブランド牛とは、ある意味真逆の牛肉ゆえ、その焼き方も独特だ。建物の構造上、炭火が使えなかったため、代わりに同じ遠赤外線効果のある溶岩石を活用。肉は常温に戻さず、そのまま強火で焼き、滴り落ちる自らの脂で立ち上る炎にかざして表面を焼き固めたら、アルミホイルに包んで40~45分ほど休ませる。そして、ゲストに出す直前に、もう一度火に当てて仕上げている。肉本来の旨味を味わえるようソースはかけず、味付けは塩と胡椒のみ。微かな熟成香の中、噛身しめるほどに滲みでる﨟たけた肉の滋味をシンプルに味わいたい。
熱源は炭火と同じ遠赤外線効果のある溶岩石グリルを使用。「サカエヤ」の牛肉は、ショーケースから取り出したら常温には戻さず、冷たい状態のまま焼き始めるのが安達流だ。約40分ほどかけ、休ませながら焼き上げていく
スペシャリテの『サカエヤ 新保さんの手がけたお肉』。200g7480円から好みのサイズを焼いてくれる。ちなみに写真は400g。肉の旨みをストレートに味わえるようソースは用いず、塩と胡椒のみ。旬の野菜を付け合わせに添えている
ちなみに、ワインを合わせるなら、『ムーラン・ド・ナヴァン』のような厚みのあるブルゴーニュ地方ボジョレー地区の赤ワインがお勧めとか。アラカルトゆえ、特にペアリングのコースはないが、ワインはフランスを中心にヨーロッパ各国のワインを取り揃えている。グラスワインは赤、白各4種類以上で990円~、グラスシャンパン1650円も1種類取り揃えている。料理に合わせてソムリエ氏にオリジナルのペアリングをお願いするもよし、ボトル1本をゆっくり味わうもよし。行きつけにしたくなる一軒だ。
撮影/佐藤顕子 取材・文/森脇慶子
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