<休業中/リニューアルオープン準備中>グランメゾンを渡り歩いたシェフが腕を振るう、カウンターフレンチの店|中目黒【tsumugi】
2023年はフレンチの当たり年⁉️と思えるほど、名店出身の若手料理人が相次いで独り立ちする中、2023年6月1日に、また一つ新たなフランス料理店がグランドオープンした。さまざまな飲食店が立ち並ぶ中目黒の路地の中、隠れ家的な佇まいを見せる【tsumugi】がそれ。ここでは吊るし熟成短角牛をテーマに、現代的なフレンチのアプローチでその新たなポテンシャルを引き出そうとしている。
それと知らなければ、通り過ぎてしまうこと必至の階段を上がれば、堅牢な漆塗りのカウンターが目に入る。奥の個室を仕切る格子戸には白地の暖簾掛かり、家紋に見立てたロゴが染め抜かれている。和の要素を所々に取り入れた清閑な空間で腕を振るうのは、中学生の時から料理の道を目指していたという津野一平シェフ、33歳だ。
中目黒の小路の途中、うっかりしていると見過ごしてしまうほどさりげない看板
高校も食物科のある駒場学園に進み、卒業後は日本橋の老舗【たいめいけん】の日本橋三越店に入る。津野シェフが笑いながらこう語る。「この頃は、複雑で難しそうなフレンチに進む気持ちは毛頭なく、オムライスが好きだったので洋食もいいかなぐらいの軽い気持ちでした。」
フレンチというよりシックなバーか和食店のような落ち着きのある空間
家紋のようなロゴが記された白い暖簾の奥には個室が用意されている
それが、先輩からの一言が人生を変えた。「フランス料理をちゃんと基礎からやりなさい。」の言葉に触発され、当時、麹町にあった【エメ・ヴィベール】に入社。ここで若月稔章シェフの薫陶を受ける。2011年、21歳で渡仏。パリで1年間学び、帰国後は銀座【レカン】の門戸を叩く。その後は、銀座【ロオジエ】、飯田橋【ソンブルイユ】とグランメゾン畑を歩いてきた逸材だ。
名だたる名店で腕を磨いてきた津野一平シェフは33歳。素材感を活かした料理が信条だ
ここでは、岩手県田村牧場の「田村牧場吊るし熟成短角牛」をコンセプトにしたコースを展開。津野シェフ曰く「旨みが違うんです。噛み締めるほどに広がる力強い味わいが魅力ですね。」とのこと。
通常、短角牛は春から秋半ばにかけては野山に放牧させ、秋冬は里の牛舎で育てる夏山冬里方式が常套だが、田村牧場では年間を通して放牧。恵まれた環境の中、のびのびと育った短角牛はストレスもなく健康そのもの。加えて栄養たっぷりの青草や粗飼料を食べて育つため、アミノ酸やグルタミン酸などの旨味成分が豊かで、脂肪分の少ない赤身肉に仕あがるのだとか。
岩手県田村牧場の熟成短角牛のサーロイン。枝肉のまま約1か月ほど枯らし熟成させている
牛肉は、塩パイで包み焼きにした後、炭火で表面を炙り香りをつけている
しかも、田村牧場では、これを更に枝肉の状態で約1ヶ月間熟成。ナッツ香が特徴のドライエージングではなく、牛の半身を吊して冷蔵保菅する昔ながらの“枯らし”の手法で熟成させ、肉の水分が自然に抜けて旨みが増すように仕上げている。
16,500円のコースでは、この短角牛が、口直しのコンソメやステークアッシェなどさまざまな味わいとなってお目見えする。
牛頬肉の花山椒ソース。牛の頬肉は、柔らかく煮込んだ後、仕上げにカリカリに焼き上げている。食感を大切に考える津野シェフならではのひと手間
中でも意表をつかれたのは、『短角牛 花山椒』と書かれた一品。抹茶のようなグリーンのソースに包まれているのは、4〜5時間かけて煮込んだ牛頬肉。それも、生のままただ煮込むだけではない。頬肉は煮こむ前に約1週間、ソミュール液でマリネしているのだ。ソミュール液とは、ざっくり言えば砂糖やスパイスを合わせた塩水のこと。この液につけることで下味が肉全体にまんべんなくつくだけでなく、肉を柔らかくジューシーにする効果もあるそうだ。
仕上げに周りをカリカリに焼いた頬肉は、サクッとした歯触りの中、口中で肉の繊維がほろりとほぐれる食感に心が弾む。そして、その旨味を包み込む花山椒のソースがまた独特。爽やかな辛味と香りが、ともすれば重くなりがちな煮込み料理を、軽やかな食後感に仕立てている。「料理は旨味と食感を大切にしている。」と語る津野シェフの思いが窺われる佳品といえよう。
メインは、短角牛のステーキで、写真はイチボ。サーロインになることもあり、部位はその日によって変わる
また“何を食べさせたいかがはっきり伝わる料理”も、津野シェフのポリシーの一つ。
例えばメインの肉の一皿。皿の上には、しっとりと潤いを帯びたイチボのステーキが鎮座しているのみ。だが、その美しい鮮紅色が火入れの精良さを物語る。津野シェフ曰く「エシャロットやローリエ、タイムなどとともに2時間ほどゆっくり火を入れている。」そうで、保温しながら関接的に火を通すことで、パサつくことなく仕上げられるというわけだ。これを更にオーブンで休ませつつ火を入れ、最後は炭火焼きにして香ばしさをプラスするなど食感と旨みへのこだわりは、ここでも十二分に活かされている。
水茄子と甘海老の前菜。ねっとりした甘海老にサクサクの蕎麦粉のチュイール、ジューシーな水茄子と異なるテクスチャーのコントラストが楽しい
短角牛の料理が続く中、水茄子に甘エビを組み合わせた前菜やシンプルに炭火で焼いた鰻を黒トリュフソースで食べさせる一品など旬の食材を短角牛の合間にタイミングよく挟み、最後まで舌を疲れさせない心配りも、これまでグランメゾンで研鑽を積んだ努力の賜物だろう。
鰻の黒トリュフソース。炭火でシンプルに焼いた鰻には、黒トリュフたっぷりのソースペリグーをそえている
モダンフレンチ的なアレンジをしつつも、要所要所でクラシックの要素を組み込む。その加減も手慣れたもの。その津野料理に寄り添うワインペアリングも独創的。ドイツやオーストリアのワインも登場し、新たなマッチングを楽しませてくれそうだ。
アルコールペアリングには、フランスを始めオーストリアやドイツ、そして日本酒とバラエティ豊かな美酒が登場する。ペアリング6杯 7,700円、4杯 5,500円
※店舗情報は取材当時の情報です。最新の情報や営業時間は店舗にご確認ください。
撮影/玉川 博之 取材・文/森脇 慶子
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