浅草【ナベノ-イズム】~すでに円熟かもしれない江戸フレンチ<ヒトサラ編集長の編集後記 第11回>
江戸っ子は3代続いてようやく江戸っ子だと言います。文化というのはそういった時間の感覚の中にあるものかもしれません。すでに初会、裏を返した私ですが、次回3回目の訪問でようやく馴染みとして見てもらえるのかな。そんな成熟した店が現われたのだと思っています。
江戸とフランスが重なる場所
日本の近代文学に大きな功績を遺した作家・永井荷風は、明治期の西洋に遊び、帰国後は隅田川のほとりをこよなく愛しました。江戸下町文化が色濃く残るこの地で、当時のハイカラを全身に纏ったような文人が何を思ってこの水面を見つめていたのか。想像上の感傷的なシーンではありますが、私のお気に入りの風景のひとつです。
浅草は隅田川のほとりに誕生した【ナベノ-イズム】を訪れ、シャンパン片手に店の窓の向こうに広がる川を行き来する舟をぼんやり眺めていたとき、そんな荷風散人の姿が浮かび上がってきました。
かのジョエル・ロブション氏の右腕として21年働き、自分の店を持つならここと決めていたというシェフの渡辺雄一郎氏。フランス料理の頂点ともいえる世界を存分に体験し、そこから自分の本当のオリジナリティを表現しようとしたとき選んだ場所がここだというのも、そんな荷風が佇む風景とかぶってしまうのです。この場所、すみだのほとりには西洋と東洋を結ぶ不思議な磁場でもあるのでしょうか。
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すみだのほとりに建つ【ナベノ-イズム】の入口
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真ん中にラ・フランスとアンディーヴのガスパチョ。
雷おこし、最中のプティタルト、それと、恩師
ジェラール・アントナン氏の思い出と題された
グリーンオリーブのマリネ
新しい調理器具と古典技法の妙も
浅草でフレンチというと、ともすれば一見さんの観光客にもわかりやすいものかと思われるかもしれませんが、駒形は種亀最中の皮を使ったプティタルトや大心堂の雷おこしをつかったアミューズを一口食べ、ラ・フランスとアンディーヴのガスパチョを口にした瞬間、それはまったくの早とちりだと気づきます。
そんな浅いものではありません。アミューズからすでに渡辺シェフ、全力投球です。
次に出てきた蕎麦がきもそうです。ソースエミュリュショネの技法で炊き上げた蕎麦がきは朝挽き蕎麦粉、水、塩のみで炊き上げ、最後に少量のフランス発酵バターで乳化させてあり、キャビアが添えられています。そして客人との縁を結ぶ意味を込めたというオリジナルカラーであるオレンジ色の紐。美しさや美味しさもさることながら、このバランス感覚の素晴らしさには驚かされます。
それは東洋と西洋が融合した料理という単純なものではなく、双方を熟知した渡辺シェフでなければできなかったであろう円熟の料理だと思います。
両国江戸蕎麦ほそ川の蕎麦粉をソースエミュリュショネの技法で炊き上げた蕎麦がき
続くブレス産のピジョンと千住葱を使った料理では、フランス伝統食材と江戸伝統野菜が、日本料理とフランス料理の手法でコラボします。千住葱は甘みを出すためにゆっくりと蒸され、内臓や骨を使ったパテが添えられています。
そして、ラングスティーヌ(欧州アカザエビ)のスープに浸かったフレゴラ(粒状パスタ)にリーフマウンテンエッグ。これは半熟状の卵を割ってスープとパスタを味わうという、実にコクのある、優しい一皿。
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千住葱とブレス産ピジョン
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ラングスティーヌ
メインの国産牛ヒレはまろやかでふくよかな味わいで、これは最新の調理器具V.C.Cで調理したということです。備長炭で香りづけされ、添え物にキノコのバリエーション、生胡椒のペーストでアクセント。
ここでシェフがテーブルに現われ、クラシックなコンソメを添えてくれます。新しい調理器具で調理された肉とと古典技法のコンソメ。これも象徴的な一皿かと思いました。
国産牛フィレ
円熟の江戸フレンチ
最初のデセールは温州みかんとホワイトチョコレートのムースに、スパイスの効いたラム酒のソースがかけられます。
2皿目のデセールに登場したガトー・マジョレーヌは、伝統菓子をかなり現代的に再構築してありますが、脇のコーヒー風味のパンナコッタや和紅茶のアイスクリームとのハーモニーが素晴らしい。
最後に紅茶をいただきましたが、これはジョエル・ロブション氏のお気に入りのフレーバーのものでした。
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温州みかんのデセール
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ガトー・マルジョレーヌ
決して先端ではないと思います。というより気を衒ったものがない。渡辺シェフの年齢にもそのことは関係しているのかもしれません。日本にフランス料理を紹介した多くの先人たちに敬意を表しながらも、独自の世界観をはっきりと見せ、間違いなくその系統に正しく収まっている。熟練の技だと思います。
すでに円熟かもしれない江戸フレンチ。
江戸っ子は3代続いてようやく江戸っ子だと言います。文化というのはそういった時間の感覚の中にあるものかもしれません。
すみだのほとりの【ナベノ-イズム】は建物こそ新しいものの、そんな豊かで長い歴史と伝統の上に建っていて、その根を深く伸ばせば伸ばすほど、たわわな果実を実らせるのだろうと思いました。
すでに初会、裏を返した私ですが、次回3回目の訪問でようやく馴染みとして見てもらえるのかな。
そんな成熟した店が現われたのだと思っています。
小西克博(ヒトサラ編集長)
北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。
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