人気店が2軒目を出す理由(前編)|【デンクシフロリ】【創和堂】の場合
いま、飲食業界に大打撃を与えているコロナ禍をよそに、2軒目をオープンする名店が増えています。星付き店の「傳」と「フロリレージュ」が協業して開いた【デンクシフロリ】や、人気店「酒井商会」の2軒目となる【創和堂】などがその例。取材してみると、経営面だけでなく、人材の確保や教育、リスク分散など、そのメリットが見えてきました。
(写真)【デンクシフロリ】をつくるメンバー。左から【フロリレージュ】シェフ・川手寛康さん、女将・橋本恭子さん、シェフ・森田祐二さん、【傳】長谷川在佑さん
取材から見えてきた二軒目を出す傾向とメリット
-
1.カジュアルに楽しく、が主流
2.新しい世界観で広がる世界
3.人材が育つ、活躍できる場に
人気のフレンチ&和食店がタッグを組み、新店をオープン【デンクシフロリ】
串焼きの「焼き場」を中心にしたキッチンをカウンターが囲む。雰囲気にも【傳】と【フロリレージュ】のエッセンスが融合
2020年10月。「アジアのベストレストラン50」で日本最高位に輝く【傳】の長谷川在佑さんと日本2位の【フロリレージュ】川手寛康さんがタッグを組んで新しい“串”の店をオープン。料理は2人のシェフそれぞれの個性が融合したジャンルレスの串料理。世界のフーディがやってくる客単価3万円を超えるガストロノミーの世界とは違い、普段使いもできる9,800円のコース一本で勝負する。
『ビスク 海老芋』日本料理の定番“揚げた海老芋”がビスクとあわせて登場。海老芋を軸に料理を考えていたとき、2人で“海老繋がりでビスクが合うのでは?”とピンときたそう。新鮮な組み合わせだが、これが美味
「世界のフードシーンもカジュアル傾向に。2軒目は気取らず食事を楽しむ店にしたかった」と語るのは川手さん。自身にとっては【フロリレージュ】、台湾の【logy】に続く3軒目だ。「【logy】は田原諒悟(【フロリレージュ】元スーシェフ)の店なので、【デンクシフロリ】が僕にとっての実質2軒目。この店は【傳】の長谷川さんと共同で出す、と決めていました」と話す。
一方、長谷川さんはこの店が2軒目。「僕1人では、もう一軒店を出そうとは絶対に思わない。川手さんと共同経営だからできたことです」。と語る。自身の店を持つ2人のシェフが、共同出資で店を出すというのは、今までありそうでなかった形態だ。
『ピジョン えび』【フロリレージュ】の料理として出したこともある“鳩の味噌漬け”を、海老とともに串にして焼いた一品。肝のソースをつけると一気にフレンチに。鳩の骨で取ったスープはパスタを入れて付け合わせに
「構想は11年前からありました。ちょうど2人とも自分の店を開店した年ですが、最初は経営も苦戦しました。2人で試行錯誤しながらコラボレーションイベントをしたときに、2人でつくる楽しさを知って。この楽しさを表現できる実店舗をいつかやりたいと思っていたのです」と川手さん。
そんな思いを実際に行動に移したのが2019年11月のこと。共通の趣味、釣りに行く車のなかで、いつ店を出してもいいように、共同会社をつくろうと川手さんから持ちかけた。「物件というのは探し始めてもすぐに見つからない。だから、いい物件が出てきたらすぐに店を出せるよう準備をしよう」と話をしたそう。
気心が知れた間柄とはいえ長谷川さんが即答でOKと言ってくれるように、川手さんはプランをしっかり練って提案。誰もが好きで、楽しめる新機軸の店を2人でつくることに長谷川さんもその場で快諾した。共同出資の会社名は『神宮前フィッシングクラブ』。2人が好きな釣りにちなんで名付けた。
『プリン 煎茶のクリーム』川手さんが“ずっとやりたかった”という王道プリン。カジュアルな店だからこそできる、昔ながらの正統派プリンに煎茶のクリームをトッピング。卵の風味のなかに、ときおりほんのりお茶の香りが漂う
出資率は、川手さんが7、長谷川さんが3で設立した。そして機は4月に到来する。良い物件の話が来てすぐに契約。コロナ禍の真っ最中だったが出店への迷いは一切なかったという。「むしろ、時間があって週一ミーティングができて好都合だった」と話す。
会社の仕組みづくりや、運営の詳細を提案するのは川手さんの役目。そこに長谷川さんが意見を言い、肉付けしていくスタイルで開業準備を進めてきた。レシピ開発や人材採用は2人で担当。シェフは新規採用し、【フロリレージュ】のマネージャーだった橋本恭子さんを“女将”にすえ、2人の考えをスムーズに現場に伝える体制を整えた。
-
-
シェフ 森田祐二さん
北海道出身。北海道のホテルレストラン、イタリア料理店などに勤務し、【logy】の田原諒悟シェフに声をかけられ、来京。【デンクシフロリ】のシェフに就任。川手シェフ、長谷川シェフ考案のレシピを現場を仕切って完成させる。
-
女将 橋本恭子さん
【フロリレージュ】で2年半マネージャーとして働く。【デンクシフロリ】のオープンにあたり、自ら立候補して、女将に。レストランの事務方の仕事から、現場でドリンクの提案、サービスやホールでの仕事までこなす。 -
“串もの”というテーマも2人のセッションから生まれたもの。「最初は誰もが好きな焼鳥をやろう、と話していたのですが、つくりたい料理が焼鳥の枠からはみでてしまって」(長谷川さん)。「でも、長谷川さんのアイデアが良くて。気軽に楽しめるアイコン“串”だけ残して自由に表現すればできるよね、と今の形になりました」(川手さん)。
2人の息の合ったやりとりを聞けば、1人ではなく2人で共同経営をする楽しさが垣間見えてくる。しかし、一方で、難しさはないのだろうか。
「分かり合えるパートナーとの経営はメリットしかない。2人だから新しい世界が広がる。資金面でも無理がない。また、スタッフも、2人から多くの知識が学べる」と話してくれた。気の合うシェフ同士の化学反応はゲストにとっても魅力的。今後の新潮流になるかもしれない。
【デンクシフロリ】を出す理由
「新機軸の店で、ファンの裾野を広げる」【傳】や【フロリレージュ】とは全く違うタイプの新しい店を出すことで、食べる人の裾野を広げる。それはまた、自分たちの世界も広がることでもあるという。経営面で言えば、海外でも展開できるコンセプトとスタイルを見越して計画。複数店の展開を見据えれば、売上も積み重なり、3店舗全体のファンを増やせると見込む。
フィロソフィーは同じ。スタイルを変えて大ヒット【創和堂】
全員新規採用組。「まとまるチーム作りは採用が命。経験より、話が通じるかを重視し、80人面接して残ったのがこの10人です。採用を妥協しないことが経営の要」と酒井さん
渋谷の雑居ビルの2階に突如現れるシックなカウンター。吟味されて選ばれた日本酒と自然派ワイン、そして酒飲みの心をくすぐる料理の数々で瞬く間に人気の店となった【酒井商会】。その店主、酒井英彰さんが自身の2店目【創和堂】を出したのは2020年7月のこと。【酒井商会】をオープンしてわずか2年のことだ。
2軒目をオープンしようと思ったのは、開業1年目に差し掛かったとき。「1軒目は、自分の目の届く範囲の20席。料理は僕がほぼつくり、ほか3人でまわしていました。しかし、このままではスタッフに独立できる経験が身につかないと考えたことがきっかけです」。
『雲仙ハムカツ』500円。【酒井商会】でも大人気の一品が、【創和堂】のメニューにも登場。長崎の「雲仙ハム」を5cm程度に分厚くカットしてカツにした一品。ハムだけれど、肉汁があふれ、食べ応え抜群だ。酒井シェフの名刺がわりの一品
自店を出す以前は、「ゼットン」各店舗、【並木橋なかむら】と大箱の店で働いていた酒井さん。そこでの小さな店では得られない経験に助けられたと実感することも多かった。
「小さな店の経験だけだと手が遅かったり、大箱での経験だけだとゲストへの接し方で苦労する。チームのためにも両方経験できる場が必要だと思いました」。そう思い物件を探し始めたが、どんな店にするかは白紙だったという。
「大箱、というのは決めていましたが、どんな店にするかは物件ありき。別の物件を見た時は水炊き屋を考えました。今の物件は入り口が小さく奥が広い。この雰囲気なら【酒井商会】のコンセプトを踏襲した、新しい店ができるなと思いました」。
『原始焼き・のど黒』3,500円。この日ののど黒は島根県から直送されたもの。『原始焼き』は、旬の魚を炭火で焼き上げる、【創和堂】の名物メニュー。丸ごと一尾串に刺し、炭火の遠火で焼き上げる。皮は香ばしく、適度に脂が乗った身はふっくら
新店の面積は【酒井商会】の3倍。席数は2倍。スタッフは10人だ。九州のうまい食材を料理し、自然派ワインと日本酒で楽しんでもらうというコンセプトは変えずに、楽しむ場の幅を広げた。
大人のカップルがカウンターでゆっくりつまみと酒を〝おまかせ〞で楽しむのが【酒井商会】だとしたら、【創和堂】は開放的な空間で、大勢がアラカルトでシェアして楽しむスタイルだ。
『わっぱ盛り・おばん菜』1,800円。おすすめのおばん菜からセレクトされた3種の盛り合わせ。基本的には2人用でシェアするスタイル。この日は『牛すじとレンコンの八丁味噌あえ』『馬肉の生ハムと柿の白和え』『エビとニラ、ピーナツもやしのナムル』
双方に共通するのは「隠れ家」感。【創和堂】の入り口は二重扉になっていて、ゲストが最初に目にするのはシックなバー。奥の扉の先にダイニングがある驚きの仕掛けだ。〝わざわざ行きたくなる、使いやすい店〞と、7月のオープン直後から満席が続く好調ぶり。
「僕がいなくなって【酒井商会】は前田料理長の料理を楽しみに常連さんが通っています。【創和堂】のメニューはスタッフで話しながらつくるチームの料理。自分だけでは思いもつかない発想が生まれるのも、こうした場があるからこそですね」。
【酒井商会】
-
-
「隠れ家的雰囲気」
あえて看板を出さず、古い雑居ビルの階段を上ると突然シックな木の扉が現れるという仕掛け。雑多な印象のビルに大人が楽しめる店があるという意外性も話題に。
-
-
「親密なカウンター」
入り口を入るとすぐに現れるカウンター。奥にはテーブルが2席。予約は4人までなので、2人の利用客が圧倒的に多い。ゆっくりと親密にリラックスできる雰囲気をつくる。
-
-
「ドリンクは口頭で説明」
カウンターのコミュニケーションを大切に、よりパーソナルなサービスを心がける。ドリンクはおまかせも多く、ゲストとの会話できめ細やかにおすすめ。
【創和堂】
-
「バーinレストランを設置」
【酒井商会】の意外性を、店の中に独立したバーをつくることで表現。ゲストは扉をあけるとこのバーを通りダイニングへと向かう。もちろん、このバーだけの利用も可能。 -
-
「キッチンを囲む劇場型カウンター」
調理する様子が見られるカウンターは全28席。この他に個室が1つ、テーブル席も。大勢の人がつくる臨場感のあるさざめきが心地よい。子どももOK。 -
-
「ドリンクはメニューで」
ゲストは好きなドリンクをメニューから選ぶ。おすすめの日本酒などは、“爽”“薫”など味わいごとに分けて表記する工夫をし、初心者でも選びやすいようにしている。 -
撮影/石井宏明(デンクシフロリ) 佐藤顕子(創和堂) 取材・文/山路美佐
-
東京都食トレンド
「ミシュランガイド東京 2025」発表 星付き掲載店数18年連続1位の東京に新たな三つ星が誕生、掲載数は過去最多507軒に
-
六本木・麻布十番・広尾食トレンド デート・会食
“幸せを食らう”、至極の焼肉時間を。名店【焼肉うしごろ 西麻布本店】に行きたい理由|西麻布
-
人形町/小伝馬町食トレンド
札幌すすきのの老舗人気店が道外初進出! 【成吉思汗(ジンギスカン)だるま 上野御徒町店】7月14日オープン
-
全国グルメラボ
世界的レストランガイド「ゴ・エ・ミヨ 2024」の受賞者がいるレストラン
-
全国食トレンド
今後さらに期待を集める、35歳以下の若手シェフたちが織りなす料理に注目を!
-
神谷町食トレンド
最高峰のハンバーグ定食!? 川手シェフのスイーツプロデュース1周年記念「洋食 富炉利 × DEAR BUTTER SAND」イベントレポ
-
豪徳寺/経堂食トレンド
五感全てがネパールへ旅するようなショートトリップを|豪徳寺【OLD NEPAL TOKYO】
-
神谷町食トレンド
<終了>ハンバーグ×バターサンド!? 【DEAR BUTTER SAND】1周年を記念したスペシャルイベントが麻布台ヒルズ【フロリレージュ】で開催決定!
-
全国食トレンド
「ミシュランガイド京都・大阪2024」セレクション発表! 15周年となる京都・大阪の掲載数は過去最多の440軒に!
-
全国食トレンド
プロの料理人が選ぶ、ヒトサラ「ベストシェフ&レストラン 2023-2024」発表