ウィーン名物カツレツととんかつの由来と落語、そしてミルフィールカツレツについて
明治に産声をあげ、昭和初期に和洋折衷のレシピの開発により堂々完成した「とんかつ」は、いまや日本を代表する近代和食として外国人観光客にも人気が高い。サクサクした衣と肉が織りなす絶妙な食感を堪能する時、日本人の食への思いと愛、そしてロマンを感じるのである。
とんかつバンザイ!
みんな揚げ物が好きである。子供のころから鳥の唐揚げに親しみ、ポテトコロッケをおやつとし、大人になればランチに天丼やとんかつを頂き、夕闇が迫ればガード下なんかで串かつを肴にビールを煽る。日本人にとってこの揚げ物は無くてはならない国民食といっても過言では無い。
中でもパン粉をつけて揚げる、俗に言うフライ物の人気は高く、それだけにたくさんの種類がある。まぁ大概の食材はパン粉をつけて揚げるとおいしくいただけるのだが、それでもあえて定番のフライ物としてあげるとすれば、真っ先にあがるのはとんかつだろう。次にメンチカツ、そしてポテトコロッケとクリームコロッケ、続いて魚介系のエビフライ、アジフライ、カキフライの7種となる。異存のある方もいるかもしれないが、まぁこんなところではないだろうか。
あの48人が集う人気アイドルグループ風に言うならば“神7”の揚げ物メニューとなる。そして不動のセンターがとんかつなのだ。ついでに言うなら歌う曲はやはり「フライングゲット」なのだろうか。
そのとんかつも今やすっかり和食を代表する料理として広く世界的にも認知されているが、その誕生には紆余曲折があり、その過程はまさに和洋折衷を国是として発展していった、近代日本を象徴するにふさわしいヒ・ト・サ・ラといえるのだ。
それではその和食のとんかつと洋食のポークカツレツの違いはなんだろうか。「そりゃあ一緒だよ!」と、立ち飲み屋なんかで興が乗って、ついとんかつ談義などをしていると、いい気分のお父さんに一蹴されそうだが、これが明確に違う。ご存知の方もいるとは思うが、一般的には厚みがあって最初から切り分けられていて、とんかつソースをかけて箸で摘んで頂くのがとんかつ。一方薄くて切り分けられていなく、ウスターソースをかけフォークとナイフで頂くのがポークカツレツ(*冒頭写真)ということになる。さらに言うならとんかつの場合だと添え物として必ず生キャベツの千切りが添えてあるということが必須といえる。
切り分けされるといつものとんかつになる
※とんかつは浅草橋のサンプル屋のショーウインドーで撮影
さて、とんかつの誕生には諸説あるものの、その歴史は前身ともいえるカツレツから始まる。そしてそのカツレツを最初に日本に紹介したのは、明治時代の銀座で洋食屋の『煉瓦亭』を営んでいた創業者の木田元次郎氏だった。実はカツレツという名称も、フランス語のコートレッツと英語のカトレットが合体して生まれた和製外国語なのだ。
最初は居留する外国人向けに細々と営業していた『煉瓦亭』だったが、次第に評判となり大繁盛する。最初はパン粉をまぶした豚肉をソテーしてからオーブンで焼くという手間のかかった本場フレンチの調理法を踏襲していたのだが、そのあまりの忙しさから、いつしか天ぷら風に油で揚げて早く仕上げる調理法に変えたという。奇しくもこの油で揚げるという調理法からとんかつが誕生したわけである。
とんかつの聖地それは上野御徒町
御徒町駅ネームプレート
さて時代は大正へと進み、震災前後になると御徒町駅のガード下周辺にとんかつを出す洋食屋が出店し始める。当時はまだカタカナのトンカツだったようで、それが昭和に入るとひらがなに変わっていき、それと共にとんかつの一大ブームが巻き起こっている。当時庶民の間で人気が高く影響力のあった落語家の中にも「カツレツ」というお題の新作落語を高座で披露したのが出るほどだったというから、とんかつ人気はいわば社会現象、揚げ物だけど人口に膾炙していたんでございます。上手い! 座布団! いや、キャベツおかわり!
現在の御徒町駅ガード
当時は厚い肉に熱を通す火加減など技術的に未熟な店も出てきていたというが、そんな店からビール瓶でトントン叩いて薄く伸ばした肉を重ねて揚げる製法も編み出されていた。そう、これは近年流行ったミルフィールとんかつの原型ではないのか。ちなみにトントン叩くからとんかつと呼ばれたという説もあるし、単純に豚=とん、だからと様々である。
また元祖とんかつの店に関しても諸説あって定まらない。現在も御徒町で営んでいる『ぽん多本家』に昭和始め頃に上野駅前に出店していた『楽天』。さらには御徒町のガード下にあった『ポンチ軒』に、さらにややこしいことに近所でやっていたひらがなの『ぽんち軒』という店だという説などがあるが、トンと確証はつかめていない。いずれにしてもとんかつの聖地は上野御徒町であることに間違いないようである。
アメ横ゲート
かつて上野動物園にいたパンダのトントンのトンはとんかつとは無関係。写真は御徒町駅前広場の地下駐輪場入口のパンダ像
そういえば、何年か前に世界的に有名な日本のある写真家が、展覧会開催のためウィーンを訪れたのだが、その歓迎パーティーに饗せられたのがカツレツだったという。だがその写真家がそのカツレツを一口食べて「上手い!」と誉めたがために、その夜から毎夜ホテルでの夕食がカツレツになり、胸焼けしたという落語のような話を一緒に同行した知人が言っていたのを思い出す。そのカツレツに日本式に生キャベツが添えてあれば多少はましだったのではないかといま思うのである。
撮影・文/薬師寺十瑛
オヤジ系週刊誌と月刊誌を中心に請われるまま居酒屋、散歩坂、インスタント袋麺、介護福祉、住宅、パワースポット・グラビア編集・芸能そしてちょっと霞ヶ関と節操無く取材・編集・インタビューに携わる日々を送る。現在、脳が多幸を感じる食事や言葉に注目中。
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