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更新日:2017.12.28グルメラボ

「納豆」にまつわる糸ひく歴史と伝説

高温多湿な日本の風土が育んだ世界に誇れる醗酵食品「納豆」。その誕生に秘められた意外な伝説や歴史の中の様々なエピソード、さらには完全健康食品としての可能性とそのパワーをつまんでいく。

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「北大路魯山人」の納豆作法

 ご存知の方はご存知だろうが「納豆」には2種類ある。今日、全国的に食べられているネバネバした糸を引いた「糸引き納豆」(※1)と、古くは奈良時代に苦労の末に日本にやって来た「鑑真和上」(※2)が寺の保存食として製法を伝えたとされている「塩辛納豆」(※3)。いわゆる「寺納豆」である。ちなみに寺の「納所」と呼ばれる台所で作られたから「納豆」と呼ばれるようになったというのが定説とされている。
 それに比べて「糸引き納豆」は広範囲かつ時空を超え、各地に様々な伝説や物語が残っており、同じ名前ながらその由来すら定まっていない。それだけに糸じゃなくて、大いに興味をひくのである。
 まず「糸引き納豆」を頂くのに正式なこしらえ方があるのをご存知だろうか。それはかの美食家である「北大路魯山人」(※4)が説くこしらえ方で、いわば納豆の作法ともいえるものだが、それが実に不思議な方法を説いている。

    昔ながら藁苞納豆はいまでも販売されている

 まずは納豆を器に移すと、何も加えずに(305回)かき混ぜる。そしてそこで初めて醤油を少量づつ垂らしながら、さらに(119回)かき回していくというものだ。
 この時点で当たり前ながら、納豆はドロドロ状態となっているが、ここで辛子や薬味を入れて仕上げのかき回しをするというのである。
 この作法のポイントとして挙げられるのは、調味は醤油味のみであるということである。「わざわざ通ぶる人は塩を用いる」などと、しっかりと揶揄する言葉を残しているほどに魯山人の「納豆」における醤油へのこだわりは明確である。

人の数だけある「納豆」へのこだわり

 しかしここで素朴な疑問として出てくるのが、さてその攪拌は左回りなのか、右回りなのかということ、日本は北半球だから左かなとか、オーストラリアだったら逆なのかとか、さらに辛子や薬味を投入した後の攪拌の数は果たして何回なのかがハッキリしないということ。そもそもなんで(305+119=424回)なのかと色々と考えてしまう。
 実際にこの魯山人式にかき回しているとけっこうな時間を要する。朝の忙しい時は避けた方がよさそうである。

    後三年の役に八幡太郎義家がこの坂で軍勢を揃えたことからその名の付いた東京青山にある勢揃坂。その時の馬の背には煮豆が仕込まれていたのか

 ただ無心でかき回していると意外にもストレス発散になる。場合によっては途中でなにやら作品を創作しているような、あるいわ禅の境地にも達しそうになるから不思議である。そう考えるとこの納豆のこしらえは、「茶筅」で茶をたてているのにも似たような厳かな感じすらしてくる。まさに「納豆道」といえるのかもしれない。
 だったらもっと厳かな儀式にするために、かき回す前に数ある豆の中から一粒を選び、それを凝視し「お世話になります」「マメに頑張ってますね」などと潜む『納豆菌』と心を通わせ、声に出して語りかけ感謝の念を送る時間を持つのもいいかもしれない。

発見された納豆菌「バチルス ナットウ」

 実際この「納豆菌」があるからこそ、納豆が作られるわけだから、そのぐらいしてもバチは当たらないだろう。ちなみにこの菌が発見されたのは1912年(明治45年)後の「東大農学部」となる「帝国大学東京農科大学」の「沢村真教授」による。
 沢村教授は藁苞(わらづと)の藁に着目しそれに付着する「納豆菌」(学名:バチルスナットウ)を発見することに成功するのだった。

    後三年の役の帰途、当地にあった平塚城に宿泊した源義家・義綱・義光の三兄弟がこの辺り一帯の郡衛であった豊島近義のもてなしに感謝し下賜した、鎧と十一面観音像のうち鎧により甲冑塚を作ったのが起こりとされる「平塚神社」は、東京北区のJR京浜東北線の上中里駅下車すぐ

 そして今度は1918年(大正7年)「納豆菌と其使用法」なるいわば納豆製造マニュアルを発表し近代納豆製造の基礎を作ったのが、後に納豆博士と呼ばれる「北海道帝国大学」の菌学博士であった「半澤洵教授」だった。こうしてみると近代納豆の誕生には2人の“さわ”が関わっていることになるのである。
 ところで藁苞と納豆の取り合わせはいつの時代から始まったのだろうか。昔から稲藁を生活の中で活用していた日本人は、これを防寒のために被ったり敷いたり、さらには家畜の飼料にしたり食品を包んでいたりしていたが、特に「納豆」にとっては稲藁は誕生するきっかけを作った必須アイテムだったわけである。

納豆サムライその名は「八幡太郎義家」

 そんな稲藁と納豆を巡り合わせた人物として、平安時代後期に活躍した源義家こと「八幡太郎義家」という武将の伝説が残っている。
 義家は朝廷の命により「前九年の役」(1051年~1062年)と「後三年の役」(1083年~1087年)で2度に渡って奥州(東北地方)の平定に赴いている。その奥州遠征のおりにこの納豆は誕生したというのである。

    平将門を祀った鎧神社と源義家の兜を埋めた兜塚が明治になり三井財閥の移転に伴い合祀したとの伝説も残る「兜神社」。ご祭神はウガノミタマノミコト

 当時の軍馬の飼料は煮豆で、それを藁で編んだ俵に入れて馬の腹にくくりつけて運んでいたのだが、ある時、俵を開けてみれば、馬の体温で良い具合に温められた煮豆が不気味にも糸を引いた「納豆」になっていたというのである。そして勇気を出して恐る恐る食べてみると、それが意外に旨いとなって、義家に献上し晴れて「納豆」は兵糧食となったと言われている。ついでに言うならこの時、家来が義家に“納めた豆”だから「納豆」と呼ばれるようになったとの異説もあるが定かではない。ただ義家が奥州平定の帰途、「秋田」を起点とし「茨城」を通った道筋には義家伝説と供に「納豆」の名産地が数多く点在していることを考えれば、少なくとも義家は納豆の伝道師“納豆サムライ”であることは間違いなさそうである。
 またその「前九年の役」で義家に滅ぼされ、太宰府に流された安倍氏が九州に「納豆」を伝えたと言われており、実際関西から西では広がらなかった「納豆」が、昔から九州各地で食べられていることを考え合わせると実に興味深い。また時代を遡って「奈良時代」には、あの「聖徳太子」が滋賀県の湖東町で「藁苞納豆」の製法を伝授したとの伝説も残っているという。

大戦中も世界から注目されていた

 考えてみれば、高温多湿で稲作文化を持つ日本ならば、いつの時代でもどこでも自然発生的に「納豆」が誕生しても不思議では無いのかもしれない。それだけに「糸ひき納豆」発祥の地の特定は複雑にも絡んだその糸を解くように難しいのである。
 近年になって「納豆」の健康効果に関する研究もさらに進み、中高年世代の健康維持のためにこの「納豆」の完全食品っぷりが注目を集めている。
 かつて第二次世界大戦では、かのナチス率いる「ドイツ」も、当時強かった日本軍にあやかって「満州」から大豆を30万トンも輸入し、ギリシャ戦線でのドイツ兵士の兵糧食として「薫製納豆」を採用したというから、時空を超えて義家とヒットラーが「納豆」の糸で結ばれたようで不思議な奇縁を感じるのである。

    「前九年の役」へ向かう途中の義家が嵐にあい鎧を海中に投じ龍神に祈りを捧げ難を逃れた伝説が残る「鎧の渡し跡」。今は「鎧橋」の名に残る

『納豆』は究極の“回春フーズ”

 数年前に雑誌の取材でお会いした、その時すでに70歳を超えていたナンパが趣味で(H29年今現在もナンパ実施中!)実際に数々の歴戦を重ねているという宮大工のお爺ちゃんに、気になるそのナンパの極意と共に、信じられない元気の秘訣を教えてもらったところ、何の精力剤もサプリも飲んでいないが、毎夜みじん切りにしたタマネギを「納豆」に入れて常食していると照れながら教えてもらい、その意外な答えに目からウロコ、絶句したことを思い出す。それ以来私の中で、夜の「納豆」は計り知れないポテンシャルを秘めた「回春フーズ」なのだと認識したのだった。

    「証券取引所」のある兜町の由来に義家と将門のどちらの伝承も残っている

 血液をサラサラにして、血栓を作り難くする効果があるとされる「ナットゥキナーゼ」をはじめ、様々な健康成分が含まれるという「納豆」。
 脳梗塞や心筋梗塞、骨粗鬆症やボケ予防、糖尿病予防さらにはアンチエイジング効果まで期待できるとされるこの糸ひく不思議な食べ物は、まだまだこれからも日本だけでなく世界で新しい伝説を生み出しそうである。


※1(糸引き納豆)煮た大豆に納豆菌をまぶして40度~50度の室で約15時間かけて菌を繁殖させて作る。


※2(鑑真和上)奈良時代の乱れた仏教の戒律を確立すべく唐より招聘されるも渡航に失敗を重ね6度目にして来日を果たし「唐招提寺」を建立する。日本仏教の救世主。


※3(塩辛納豆)煮た大豆に麹をかけて2~3日寝かせ、塩水につけてから乾燥させて作る。長期保存が可能。京都にある大徳寺納豆などが代表的である。


※4(北大路魯山人)(1883年~ 1959年)日本の芸術家、篆刻家(てんこく=印章作家)画家、陶芸家、書道家、漆芸家(漆器作家)、料理家、美食家などの様々な顔を持っていた。

この記事を作った人

取材・文/薬師寺 十瑛

オヤジ系週刊誌と月刊誌を中心に請われるまま居酒屋、散歩坂、インスタント袋麺、介護福祉、住宅、パワースポット・グラビア編集・芸能そしてちょっと霞ヶ関と節操無く取材・編集・インタビューに携わる日々を送る。現在、脳が多幸を感じる食事や言葉に注目中。

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