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更新日:2022.09.12食トレンド デート・会食

わがまま叶う肉の楽園、【肉焼屋D-29 広尾店】がストイックなまでにゲストの要望に応える理由

三田、表参道で“肉マニア”と呼ばれる人々の舌と胃袋を虜にしてきた【D-29】が2022年3月、満を持して広尾に移転。ゲストが食べたい部位を食べたい方法で提供するそのスタイルは、まるで焼肉のオーダーメイド。わがままが叶う「肉好きの楽園」が、広尾に誕生した。

D-29広尾店,タンの盛り合わせ

【D-29】といえば、東京界隈の肉好きにとっては聞き慣れた名前。肉界のカリスマ・寺門ジモンさんが絶賛し、メニュー開発にも携わったことでも知られる焼肉店だ。その名店が、長らく人気を博していた表参道から場所を移し、広尾に再オープンした。

店に訪れてみると、コース仕立ての焼肉は、ゲストが食べたい部位を、肉を知り尽くした店のスタッフと相談しながら組み立ていくという自在さ。焼肉店でありながら、お望みとあらば300g級のステーキや、骨つきのトマホークも提供するといい、「絶対に肉で満足させてみせる」という気概すら感じさせる。ストイックなまでに、ゲストの要望に寄り添うその姿勢は、一体どこから生まれるのだろうか。話をうかがった。

情熱を注ぐ生産者の和牛のおいしさを知ってもらいたい

    モノトーンの牛のイラストは三田店、表参道店から続く、【D-29】のシンボル

    モノトーンの牛のイラストは三田店、表参道店から続く、【D-29】のシンボル

多様なジャンルの名店がひしめく広尾散歩通りの外れ、静かな一角のビルの2階に【D-29】はある。大きな牛の顔が描かれたガラスの扉から中に入ると、すぐにここが“モダンな寛ぎ”が感じられる空間だということを直感する。3つのテーブル席はそれぞれに仕切りが設けられ、カウンターも各席のパーソナルスペースを広めに確保。コンクリート打ちっぱなしの壁と、暗めのトーンで揃えられたインテリアが大人の隠れ家らしい落ち着きを思わせる。

    焼肉店にはめずらしく、シェフズテーブルのようなカウンター席も用意

    焼肉店にはめずらしく、シェフズテーブルのようなカウンター席も用意

「おいしければなんでもいいというわけではなく、情熱をもって育てている和牛の生産者を少しでも多くの人に広めたいというのが、うちのオーナーの思いなんです」

そう語るのは、肉のカッティングなどを担う山地夏子氏。その言葉どおり、【D-29】で扱う牛肉は、長きにわたって精肉業に携わってきたオーナーの高村泰弘さんが独自に開拓したルートを活かして、仕入れる代物ばかり。それも、生産者の愛情をいっぱいに受けてストレスなく育てられた、いい牛ばかりなのだ。

たとえば、松阪牛肥育の第一人者として知られる畑敬四郎氏が育てる松阪牛、そして近江牛のなかでも最高品質と評される澤井牧場の澤井隆男氏が育てる近江牛の雌牛、“澤井姫和牛”。これら2つの銘柄牛をはじめ、至高の品揃えでゲストをもてなす用意が整う。

    畑敬四郎氏が育てる松阪牛は、品評会でたびたび優秀賞を受賞。まさにトップオブトップの牛肉だ

    畑敬四郎氏が育てる松阪牛は、品評会でたびたび優秀賞を受賞。まさにトップオブトップの牛肉だ

「これだけの肉を仕入れてるのだから、おいしいはず」と思いたくなる気持ちもあるが、それは少々早合点かもしれない。仕入れる牛肉はいわば原石の状態。そこに焼肉としての表情や魅力を引き出すのが、カッティングの技術だ。

たとえば、この日いただいた盛り合わせの中には、厚切り、薄切り、2つのタン元が盛られていた。牛の種類も部位も同じ。なのに、その違いは口に入れた瞬間に歴然とする。

厚切りのほうは、ザクっと音がなりそうなほどの食感と濃い旨みが際立ち、香りも強い。まったく下品ではないが、ある種のワイルドさを感じる。もう一方の薄切りは、ほどよい肉の香りと、歯切れの良さが抜群。切り方が違うだけで、こんなにも品がある味わいになるのか、と驚嘆せずにはいられない。

その、愛情を持って育てられた牛のおいしさを引き出す丁寧な仕事に、「少しでも多くの人に広めたい」という言葉が嘘偽りないことがうかがえる。

    『スライス盛り合わせ』(2人前)。サーロインのスティックステーキ、ハラミ、ヒレ、タン元を厚切りと薄切りの2種類の切り方で

    『スライス盛り合わせ』(2人前)。サーロインのスティックステーキ、ハラミ、ヒレ、タン元を厚切りと薄切りの2種類の切り方で

    料理人の山地夏子氏。自身も肉が大好きで、カットによる味わいの表現に余念がない

    料理人の山地夏子氏。自身も肉が大好きで、カットによる味わいの表現に余念がない

自分だけの焼肉コースがカスタマイズされていく贅沢

    名物『澤井姫和牛のハラミ』。希少な雌牛のハラミをそぎ切りにし、千切りにしたキャベツの浅漬けを巻いていただく

    名物『澤井姫和牛のハラミ』。希少な雌牛のハラミをそぎ切りにし、千切りにしたキャベツの浅漬けを巻いていただく

【D-29】が肉好きを虜にしている理由は、ほかにもある。その一つが、「わがままな食べ方が叶う」ということだ。

同店にとって、“おまかせコース”とは決められた部位を決められた通りに出すというものではない。「いま、どんなお肉を、どうやって食べたいのか」。ゲストが感じているその、肉に対する欲求を、コミュニケーションの中からスタッフが探り、最善の提案をする。もちろん、要望を出さねば、と気構える必要はない。すべてをお任せにするもよし、気に入った部位をリピートするもよし。そこまで含めて、完全に自由なのだ。

    やわらかく旨みをしたたらせるハラミと、シャキッと甘酸っぱいキャベツの真逆ともいえる特徴が、口の中で一体に

    やわらかく旨みをしたたらせるハラミと、シャキッと甘酸っぱいキャベツの真逆ともいえる特徴が、口の中で一体に

ゲストの要望に応えることは、新しいことへチャレンジできる機会でもある。たとえ業界的には邪道と言われるようなことでも、できる限りのことには対応したい、と山地氏は言う。

「ステーキが食べたいという方がいれば、鉄板でステーキもお出しします。先日は、グループで『トマホークが食べたい』というお客さんがいらして、6〜7人で大きな骨つき肉を召し上がった方もいましたので、まずは遠慮せずにご要望をお伝えいただければ」

当然、鉄板ステーキや特大の骨つき肉は、卓上のロースターで焼くことはできない。だから、調理場で火を入れてから提供するのだそうだ。ゲストの要望に応えるために、いかに「焼肉店」という枠にしばられずに考え、最善を提案できるか。

このエピソードだけでも、そんな姿勢がうかがえてくる。

    肉焼師として、ホールに携わる中村理荷亜氏。「おいしい肉を仕入れて終わりではなく、どうしたらもっとおいしく召し上がっていただけるかを考えています」

    肉焼師として、ホールに携わる中村理荷亜氏。「おいしい肉を仕入れて終わりではなく、どうしたらもっとおいしく召し上がっていただけるかを考えています」

さらに同店では、ゲストごとにどんな肉を提供したかを、記録して残しているという。それも「牛の種類」「産地」「切り方」「グラム数」「タレか塩か」「薬味」と事細かに記録する。なぜか。次の来店時、そのゲストの嗜好にさらに寄り添った提案ができるようになるからだ。

そうして次にやってきたときには、過去の食べ方や好みを踏まえた、自分だけの焼肉コースができあがる。つまり、ゲスト側から無理にわがままを言わなくとも、来店ごとに自分用にカスタマイズされたオリジナルのコース構成が楽しめるのだ。

これは、焼肉にとっての究極の贅沢といえるのではないだろうか。

「できない」「ない」とは言わない

    締めに用意する『一口牛すじカレー』。焼肉の後に食べるからと、肉の味よりもトマトの酸味と甘みを重視

    締めに用意する『一口牛すじカレー』。焼肉の後に食べるからと、肉の味よりもトマトの酸味と甘みを重視

「お客様のオーダーに、『できません』『ありません』とは言わないようにしています。ちょっとした工夫で叶えられるかもしれないし、材料や用意がなくてもその気持ちを満足させる提案ができるかもしれない。それ自体、自分たちにとってはチャレンジで、前に進む機会でもあります」

取材の後半、山地氏から聞くこの言葉に、しぜんと“ホスピタリティ”という言葉が頭に浮かんだ。

たしかに、この店の「ゲストの満足」に寄り添う姿勢は、並大抵のものではない。仕入れ、カット、コミュニケーション、提案、オーダー記録……一つ一つは小さな要素だが、その積み重ねが確実にゲストの満足感へとつながっている。ホスピタリティ、と言葉にするのは簡単だが、行動で実感させるほどのサービスを実践するのは、けして簡単ではないはずだ。

    店長という役割は存在しない。調理場とホール、それぞれが肉にこだわり抜いた仕事をする

    店長という役割は存在しない。調理場とホール、それぞれが肉にこだわり抜いた仕事をする

その姿勢の原動力は、一体なんなのだろうか。最後に、山地氏に尋ねてみた。

「店が受け持つのは、お客様が食べる最後の瞬間だけです。おいしそうに食べる笑顔も見られて、言ってしまえばいいとこどりなんです。
でも、お店で最高の肉を提供するまでには生産者をはじめ、仲卸、食肉処理従事者など多くの人が全力を尽くしている。それを無駄にするのが、自分たちであってはいけません」

単に、ゲストのわがままに応えたいというのではない。尽力するすべての人たちに報いるためにも、ゲストを「絶対に満足させてみせる」のだ。その強い気概を感じて、この店に通いたいと思ってしまうのは、筆者だけではないだろう。

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この記事を作った人

撮影/玉川 博之 取材・文/郡司 しう

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