更新日:2017.05.27食トレンド 旅グルメ 連載
アジア・フーディーズ紀行 vol.5:シンガポール【Tippling Club】
上海、バンコク、ソウル、台北、香港……アジアの混沌は、料理においてもモダンを超越するのか? その直感を確かめるべく、現地のガストロノミーを巡る第5回。今回は、シンガポールでイノベーティブの新境地を追求する【ティップリング・クラブ】です。
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壮大なる前奏か。コース前の「snacks」は6皿
ジオラマのように美しく、かつ、自然から逸脱しないコース
核心は(たぶん)パンキッシュ、プログレッシヴ、エコロジカル!
上海、バンコクときて、シンガポールへ。さて、どこへ行こうか、何を食べようか。
さすがASEANの知と財の中心地と言うべきでしょうか、評判のレストランは、枚挙にいとまがありません。アジア50ベストレストランにも、10店がノミネート。2泊3日の滞在で、どこまで食べ尽くせるでしょうか。
本命は、フランス料理の【Restaurant Andre】(No.3)だったのですが、1か月前の問い合わせで、席は無し。【WAKU GIN】(No.6)や【Shinji by Kanesaka】(No.21)は和食なのでそれほど食指が動かず、【Les Amis】(No.12)や【Corner House】(No.17)、【JAAN】(No.29)などのフランス料理勢のディナーには、我が懐がおぼつかず…。
選択肢が多いだけに各店のHPを行き来する日々が続いたとき、ふとこの【Tippling Club】のHPが目に留まります。
それは、ほとんど一目惚れに近い感覚でした。
まず【ティップリング・クラブ】という店名。日本語に訳すと「酔っぱらい倶楽部」です。そして、HPを見ると、シェフはタトゥーにまみれたスキンヘッド。さらに、PCのスピーカーからは"酔いどれ詩人"トム・ウェイツがダミ声が流れ始めます。
このセンスは間違いない! そう確信して、到着する日の晩に、さっそく予約してしまいました。
70年代のウェストコーストが好きだという【メゾン・ルパンミュラ】の松村シェフ、ボブ・マーリーの自由さが原点だという【レストラン・モトイ】の前田シェフ、アメリカ西海岸で本場のJAZZの洗礼を浴びた【鮨 ミ雲】の大将、ディナーのBGMにレディオヘッドをかける【レフェルヴェソンス】の生江シェフ。
料理と直接的な関係があるかは別として、クリエイターとしてのバックボーンをつくった音楽の趣味が通じるシェフの料理に、ハズれた経験はほとんどありません。
コロニアル建築が心地よい南国の風をまといます
そんな直感で選んだ店ですが、アジア50ベスト・レストランでは2013年はランク外ながら、ワールド50ベスト・バーではNo.45。ベスト・レストランでも'14年からラインクインしNo.23、'15年はNo.36、'16年はNo.31。この中堅感がまたソソります。
やんちゃすぎて決してトップ10には入れないようなお店だったらいいなぁなどと考えながら、タンジョン・パガー・ロードにあるお店に向かいます。
通されたカウンター席は、厨房の真ん前。まさにシェフズ・テーブル! 料理人たちと目が合うと、こちらが恥ずかしくなってしまうくらいの至近距離でした
壮大なる前奏か。コース前の「snacks」は6皿
ディナーのコースは、『グルマン』(270SGD)と『クラシック』(170SGD)の2つに加え、ベジタリアン・メニューにも『グルマン』と『クラシック』があります。
ドリンクは、ペアリングが中心で、料理に合わせたカクテルとワインのコースを楽しめます。『グルマン』で160SGD、『クラシック』で105SGDがプラス。もちろんバイ・ザ・グラスでも頼めます。
メニューを決める際にサービススタッフが「『クラシック』は5皿、『グルマン』は8皿」と教えてくれたので、それほど食べれないからとノン・ベジタリアンの『クラシック』をオーダーします。
2008年のオープン以来カクテル・ペアリングを追求しているようで、まずはブドウのカクテルから乾杯です。
その後、小皿が出てきます。
すみません、突然、無言になりました。
一皿一皿、調理スタッフが丁寧に説明してくれるのですが、英語に付いていくのが精一杯。全部で6品。凝りまくった美しい小品ですが、口に入れると、奇をてらったテイストという印象はなく、つまみとしてストレートに楽しめるものばかりです。
それにしても出てくること、出てくること。バンコクの【ガガン】以来の衝撃です(と言っても、実際は3日前の出来事ですが)。
最後のカクテルを飲み干し、ふと我に返ると、「あれ、店のお姉さんは、5皿と言っていなかったっけ?」と思い返します。そして、スマホでHPのメニュー表を見直すと、そこには単に「Snacks(軽食)」とあります。これだけ凝った料理を繰り広げながら、ただ複数形の「s」だけで表される楽しげな皿の数々。
壮大なる前戯とでも言えばいいのでしょうか。楽曲の半分以上がイントロ、しかもそれがとてつもなく美しいソニック・ユースを聴いたとき以来の衝撃かもしれません(約25年前の出来事です)。
ジオラマのように美しく、かつ、自然から逸脱しないコース
さて、本題の5皿が、ようやく始まります。
1皿目の『ペツナ産オーシャントラウト ビーツの根、ワサビ、アオサ、スダチ』は、桂剥き器を使った根菜でオーシャントラウトを巧みに挟み込んだ冷菜です。
『PETUNA OCEAN TROUT beetroot, wasabi, sea lettuce, sudachi』
続いて、2皿目の『帆立貝 パープル、ブルターニュ、ガーリックスープ』は、クリーミーなポタージュの下に帆立が隠れた温菜です。
ここまでが、一般的に言えば、前菜でしょうか。
『SCALLOPS purple brittany garlic soup』
3皿目のメイン魚料理は、『マトウダイ カリフラワーとニンジンのテクスチャー 生姜酢』。鯛自体は、シンプルなグリル。付け合わせの野菜で、ジオラマのような美しさと味の複雑さを醸し出しています。
『JOHN DORY textures of cauliflower, carrot and ginger vinegar』
4皿目のメイン肉料理は、『フランス風仔羊 パール・オニオンのコンフィ、子羊のベーコン、ミント、玉ねぎのピューレ』。「ア・ラ・フランセーズ」は伝統的に肉と新鮮野菜が多用されるレシピですが、見た目も味も、より鮮明な印象です。
『LAMB A’LA FRANCAISE confit pearl onions, lamb bacon, mint, onion puree』
パンキッシュ、プログレッシヴ、エコロジカル!
さて、5皿目は? と思っていたところ、ちょっとはぐらかされます。
とりあえず、ヨーグルト系のカクテル。そして、口直しに、怪しげなプラスチックケースに入った錠剤。そして、ソルベと続きます。
日本人らしく律儀に5皿目は? ねえ、次は5皿目だよねと思ってしまっていた自分を少し恥じました。
ああ、心地よき、変拍子。
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酸味と甘みが心地よいカクテル(左上)とイチゴを凝縮した錠剤(右上)で口直し。プレ・デザートはトマトのソルベ(左下)
満を持して給された5皿目のデザートは、『トンカ豆のガナッシュ フィンガーライム、ラム酒で蒸したバナナ』。
味もさることながら、パティシエの風貌がまた気に入りました。写真は撮らせてもらえませんでしたが、料理人らしからぬ姿。腕はタトゥーで埋まり、あまりにも痩せっぽち。レストランより西新宿のCDショップ店員のほうが似合う青年でした。でもイケメン。
『TONKA BEAN GANACHE fingerlime, rum braised banana』
一つひとつの皿と向き合っていた時は、かなり野心的だという印象だったのですが、よくよく振り返ってみれば、ケミカルな要素はほとんど入っていません。むしろオーガニックな要素に溢れていました。テーマカラーはグリーンなのかな?と思うくらい、ほぼすべての皿のどこかにグリーンがあしらわれています。
店の佇まいのパンキッシュさ、料理のプログレッシヴさ、それを包み込みオーガニックな空気感という、この【ティップリング・クラブ】のスタンスは、非常に現代っぽさを感じます。
プログレッシヴというテイストはキーワードになっているようですが、「進歩的」というより「進行形」というニュアンスに感じます。
視点を変えて、考えてみます。
シンガポールで【Ristorante Takada】を経営する高田シェフが帰国時、【スブリム】【クラフタル】と東京にあるイノベーティブの新鋭たちの店を巡った感想は、次のようなものでした。
「いいですね、シンガポールでもこんな店をやりたいです。でも、食材が問題。日本の優れた食材があるからこそ、野心的な調理法を追求しても味がブレない、それで成り立っている部分は大きいと思います」
私自身も、同じ感想を持っています。食材というスタートラインを考えると、シンガポールの方が不利です。
ただ、この【ティップリング・クラブ】のディナーを体験した後だと、こうも思いました。日本のものの方が完成度は高い、けれども、表現の説得力みたいなことを勘案すると、そのデメリットを補って余りある、と。
だから、アジアの食べ歩きは、やめられません。
Tippling Club
営業時間:ランチ(月~金)12:00~15:00 ディナー(月~土)18:00~late バー(月~金)12:00~0:00 (土)18:00~0:00
電話番号:+65 6475 2217
email:enquiries@tipplingclub.com
予約の仕方
電話のほか、HPの予約フォームから送るのが便利。即時予約サービスを導入していますので、その場で席が確保できます。ただし、コンフィメーションが携帯のSMSに届くシステムですので、日本で予約する場合は、海外からの受信可の設定にしておくことをお忘れなく。
6名以上の予約の場合は、直接お店へ問い合わせてくださいとのこと。
やりとりの基本は英語です。
子供の来店も可能ですが、チャイルドメニューはなく、通常のコースを頼まないといけないので、だいたい10歳くらいからと考えておくのが妥当でしょう。
時間帯によってカフェやバーとしての利用もできますが、こちらは予約不可。直接お店へ。
今回は、夕方にシンガポールに到着した後、そのまま木曜20:00からのディナーでした。約10日前に予約。当日の客の入りは、9割くらいだったので、週末には早めの予約が必要でしょう。
1人での食事だったのですが、快く受け入れてくれました。2人以上から受け入れてくれるお店もあるので、即時予約システムで「1名」を選べると、わざわざ人数に関して問合せなくていいので便利だということを痛感しました。
ドレスコードや店の雰囲気
お店の佇まいから、最低限の清潔感だけ気を付ければ、それほど気にする必要はないでしょう。
クラブに遊びに行く感覚ぐらいが、もっともマッチする印象です。
撮影・取材・文/杉浦 裕
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