ニュースな新店|【慈華】(東京・外苑前)中国の古典と日本の感性を融合させた新中国料理
東京を代表する中国料理店、麻布長江が建物の取り壊しに伴い、20年の歴史に幕を下ろしたのは2019年4月のこと。それから7カ月の準備期間を経て、店名を慈華(いつか)と改め、外苑前で新しいスタートをきった。日本人ならではの細やかな感性が光る中華に定評のある田村亮介シェフは、新天地でもその辣腕ぶりを発揮。西麻布時代からの人気メニューをブラッシュアップさせた料理で、早くも新たな中華ファンの心を掴んでいる。
中華の技と和を尊ぶ心が宿る
美麗な料理でゲストを魅了
ここ数年で日本の中国料理は、広東、四川、上海、北京の枠を超えて大きく飛躍した。独自の解釈で中国料理の新しい魅力を伝える料理人が増えているが、麻布長江を一躍、中華の人気店へと押し上げた田村亮介シェフは、間違いなくその土台を築いたひとりと言えるだろう。美しい盛りつけやフォワグラにトリュフなど従来の中国料理では扱わない食材を積極的に取り入れた料理は、しばしば“ヌーベルシノワ”という言葉で表現されたが、田村シェフはいまも昔も変わらずに「中国料理の基本に忠実であること」を大切にしてきたと話す。
店は外苑前の裏通りにあるビル2階に。石と木を使いながらオリエンタルななかにほんの少しの和の要素を感じられる雰囲気に
ベースをくずさずに中華の可能性を追求してきた田村シェフが20年続いた店を閉めるというニュースは、多くの中華ファンに衝撃を与えたが、同時に田村シェフとの再会を心待ちにする人々の期待は日増しに膨らんでいった。 麻布長江の閉店から7か月。外苑前の裏通りにオープンした慈華は以前に比べて、よりモダンな設えに。シックな色味のクロスが敷かれたテーブル席と店奥には6名用の個室も備えている。落ち着いた照明、石と木を効果的に配した空間は、洗練のなかに温かみがあり、どこかしっとりとした和の情緒が感じられる。
店主の田村亮介シェフ。「西麻布界隈で移転先を探していたのですが、縁あってこの場所に無事開店することができました。驚きと楽しさがつまった中華のコースを提供していきたい」
「生産者や食材を慈しむ」という思いが込められた店名に違わず、日本の旬の食材を彩り豊かに盛りつけた料理は田村シェフの真骨頂だが、麻布長江時代からの名物メニューはもちろん健在。前菜には、下から上に向かって食べ進めていくことで運気の上昇を叶えるというメッセージが。内容は仕入れや時期によって変わるが、空豆と雪菜の寄せもの、中国茶葉でスモークしたアン肝、紹興酒の香りを纏わせたフォアグラと棗のテリーヌなど、見て幸福、食べて口福な逸品が8種前後盛りつけられており、次の料理への期待感を一層高める。
運気のあがる前菜(写真の料理は¥15,000のコースの一例)。食材を生かした調味料使いのセンスが光る。下から豆腐かんとせりのネギ油炒め、空豆と雪菜の寄せもの、アオリイカの自家製青豆板醤和え、余市のあん肝、筍のあおさ炒めなど
11種の料理が登場するディナーコースでは田村シェフの技と知恵を存分に体感することができるが「最近はどんどん古典に気持ちが向いてきている」という言葉を表している料理のひとつが四川ダック。北京ダックに比べて日本人の認知度は高くないが、ローストした鴨をスパイスのきいたルー水(内臓肉などを煮しめて作る醤油ダレ)に浸して煮ながら旨みを凝縮させていく四川の伝統料理はしっとりと脂を湛えた鴨肉と、重慶の火鍋をイメージしたという辛みのあるスープがヤミツキになるおいしさだ。
四川ダック。焼きと煮の2バージョンがあり、写真は焼き。山椒やクミン、八角などをきかせたスパイスをルー水に浸してローストした鴨はジューシィで旨みがたっぷり。重慶で親しまれている火鍋をヒントにしたスープとの相性も抜群
田村シェフ流の四川ダックは、紹興酒やカラメルなどと一緒に煮しめた鴨をスパイスたっぷりのスープとともに
田村シェフといえば、濃厚なゴマの風味が香る担々麺も有名。コースの最後に登場する麵はディナー時は2種を用意している。昆布と干し椎茸の出汁に茶葉を入れ、水だし状態にしたスープにほんの少しの塩とごまを加えた、昆布と干し椎茸、玉露でひいたあさり精進スープ麵は麻布長江時代にはなかった新作麵。濃厚な味わいの担々麺と迷ったときは、2種をオーダーできるというのも嬉しい限りだ。ランチ時は酸味と辛味のサンラー麵や白い麻辣麵などがメニューに加わることもあるというから、店に通う楽しみがますます増える。
田村シェフの〆の麵といえば、ごまのコクが引き立つ担々麺が有名だが、このたび出汁と玉露を合わせたスープでいただく麵も新登場。さわやなかお茶の香り、旨みがとけだしたスープが絶品
お酒とともに料理を楽しみたいときは田村シェフが厳選した紹興酒がおすすめ。江戸の粋をいまに伝える堀口切子のグラスとともにサーブされる、美しい細工が施された切子グラスなかには慈華オリジナルのデザインも。美しく輝く切子の煌めきに稀少な紹興酒の味わいもより際立つ。
「調理技法や食材使いなどチャレンジしたいことはまだまだたくさんありますが、軸足はあくまで基本を踏まえた中国料理。日本人だからこそ緻密に表現できる四季の移ろいや旬の味を丁寧に生かしながら、たくさんのお客様に驚きや楽しさを感じてもらえる中華を追求していきたいです」。
日本の器を使うのも田村流。皿は有田焼き、酒器は堀口切子を愛用。紹興酒は銘柄によってグラスの用意も
撮影/佐藤顕子 取材・文/小寺慶子
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