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更新日:2017.06.09食トレンド

「こんなに嬉しいことはない」。パクチー人気の火付け役・佐谷氏、ブームに万感

空前のパクチーブームが到来。都内には続々とパクチー専門店が登場していますが、2007年創業の【パクチーハウス東京】はその草分け的存在。日本の食文化にパクチーを呼び込んだ、ブームの“火付け役”にお話を伺いました。

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パクチー専門店の先駆け【パクチーハウス東京】

 経堂駅に佇むパクチー専門店【パクチーハウス東京】は、ファンの間では知らない人はいない「聖地」。前菜やメイン料理だけでなく、デザートやカクテルまですべての料理にパクチーを使用し、約50種にわたるメニューを提供しています。店舗で消費するパクチーは年間2トンというから驚愕です。
 現在は契約農家から届く新鮮な国産パクチーを使用していますが、創業当時は仕入れに苦戦。「ブームの前はパクチーを大量に卸してくれるところがありませんでした。生産者のもとまで足を運んで、ネットワークを築いていったんです」。そう振り返るのは自他ともに認めるパクチー狂で、オーナーシェフの佐谷恭(さたに・きょう)氏。パクチー後進国だった日本に人気を呼び込んだ、ブームの“火付け役”といえます。

パクチー後進国、日本での専門店立ち上げに「無謀だ」と周囲の批判

 パクチーがまだ日本の食シーンに登場しなかった時代に、佐谷氏はどこでパクチーと出会ったのでしょうか。
 遡ること約20年前。京都大学に在籍していた19歳当時、ひとり旅に出て世界を旅する中でパクチー料理に出会い、その独特な風味に魅了されたそうです。
 同氏が中国を旅している最中に出会ったのが、パクチーとラム肉を使った料理。中華料理では伝統的なこの組み合わせに感銘を受け、自分好みのオリジナルの味に仕上げた『ヤンパク』は思い出の味だと語ります。

    パクチーの絨毯にラム肉が鎮座する『ヤンパク』は佐谷氏の思い出の味なのだそう

  • 『パク塩アイス』はパクチー三昧のデザート。パクチーの葉と種、パクチーの花から採った蜂蜜を使用

  • パクチーの爽やかな香りが存分に楽しめるカクテル『パクチーモヒートアップ』

「パクチー専門店」という新ジャンルを立ち上げるための挑戦

 京都大学卒業後、英国ブラッドフォード大学大学院へ留学。華々しい経歴を経て、2007年8月に株式会社旅と平和を創立。同年11月に【パクチーハウス東京】をオープンさせました。周囲からは「無謀だ」と止められながら。
 “パクチー専門店”。この新ジャンルを立ち上げるために佐谷氏は奔走します。当時はこれも先駆け的に店舗のSNS発信に力を入れることで、潜在するパクチーファンを取り込んでいきました。同氏が後ろ指を指されながらも奮闘した労は実り、店は盛況を博していきます。
 近年はパクチーを使った料理を提供する店舗が増え、都内に続々と専門店がオープンしています。さらにはパクチーを使った食品や調味料が発売され、野菜売り場でもその姿を見かけるほど、その普及は身近に体感できるものになりました。

    自家製“パクソース”を贅沢にパスタに纏わせた『パクソースのパスタ』

 【パクチーハウス東京】はパクチー好きが出会える場であり、且つ、苦手意識を抱いていた人がパクチーを好きになり、元々好きだった人が魅力を再発見できるという意味でも“出会いの場”になっています。実は、常連さんの半数が最初はパクチーに抵抗を持っていたのだそう。同氏曰く「パクチーは語りたくなる食材」。好き嫌いについて人々が感情を抱き、これほどまでに熱く語れる食材は多くありません。
 「聖地」として取り上げられる今、空前のパクチーブームについてどう感じているのか? その胸中を尋ねると「こんなに嬉しいことはないですね」と淀みなく話します。追われることへの焦燥は見えません。自身の軌跡をブームに変え、ブームを追い風に変えて、この道を駆け抜けます。

 

この記事を作った人

文=佐藤亜希子(ヒトサラ編集部) 写真=花村一昇

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