フレンチ、バー、はたまた鮨店。【焼肉 思食(おぼしめし)】の正体とは?|東京・赤坂
赤坂駅や赤坂見附駅からすぐ、ひっそりと佇む隠れ家のような焼肉店【焼肉 思食(おぼしめし)】。「お客様の口に入るまで責任を持つ」との考えに基づき、熟練の焼き手が目の前の焼き台で一枚一枚丁寧に肉を焼いて提供するという、フルアテンドのサービスで焼肉を堪能できます。
“ごちそう”の二大巨頭である「鮨」と「焼肉」は今まで何度となく取材してきたジャンルだが、近頃、東京・赤坂の裏路地でとても興味深い店を見つけた。名前は【焼肉 思食(おぼしめし)】。
赤坂といえば焼肉の激戦区だが、此処は店構えからして他と一線を画している。看板はなく、扉に小さく店名が刻まれているだけ。中に入ると、グランメゾンを彷彿とさせる洒脱な佇まい。また、料理のメニューはコース一本と潔く、焼肉と、目にも麗しい革新的な韓国料理が緩急をつけて提供される。しかもだ。肉はすべて目の前の焼き台で焼き手が焼き、味付けを施してくれる。つまり、ゲストは口に運ぶだけ。あたかも鮨店のごとし。なぜ、このような焼肉店が作られたのだろう。実際にお店に伺い、話を聞いてみた。
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狙うは、焼肉店初の“ミシュランの星”
“韓国料理”と“焼肉屋”の2つの軸で季節感を演出
それぞれが持ち場で力を発揮するチームワーク
狙うは、焼肉店初の“ミシュランの星”
店の入り口から敷居が高そうな雰囲気を漂わせる【焼肉 思食】
赤坂のネオン街を脇にそれた、どこか懐かしい風情を漂わせる裏路地に【焼肉 思食】はある。鉄の扉に閉ざされた佇まいにも惹きつけられたが、中に入ってさらに驚かされた。グレーを基調としたシックで重厚な空間には細長いカウンター。壁にはモルタルが塗られていて、クールでありながらやわらかい雰囲気も醸し出している。そこに焼き台の存在を認められなければ、バーに来たと錯覚してしまうほど洒脱だったのだ。
空間デザインを手がけたのは建築家・甲斐晋介氏。日本を代表するフレンチレストラン【フロリレージュ】などを手がけた人物だ
「焼肉店として本気でミシュランの星を狙おうと思ったんです」
こう話してくれたのは、【焼肉 思食】のオーナー・木山貴英氏。貸しビル業を営みながら多くの飲食店と付き合い、また、プライベートでもさまざまなジャンルの料理を食べ歩いてきた猛者である。聞けば、氏のまわりには韓国焼肉店を経営する仲間が多かったこともあり、焼肉店に星が付かないことが気になったという。
コースの終盤に登場するタレ焼肉の盛り合わせ。この日は北薩摩牛のヒレ、サガリ、松阪牛のハラミ、リブ巻き、リブ芯
言われてみればたしかにそうだ。なぜ、焼肉は日本でこれほど人気なのに、世界のステージに登れないのか。これについて、木山氏は次のように言った。
「お客様が自分で肉を焼くのは焼肉の面白いところではあります。ただ、それを鮨店に置き換えてみると、シャリとネタをばらばらにして召し上がっていただくようなもの。そんな鮨店はあり得ません。だとすれば、お客様が肉を口に入れるまで責任を持つ焼肉店があってもいいのではないか。ふとそんな考えが頭をよぎり、いつしか自分の手で作ってみようと思うに至ったのです」
焼き手の一人、柳野友明氏は、東京・阿佐ヶ谷にある超人気焼肉店【SATOブリアン】を長らく支えてきたプロフェッショナル
木山氏の言葉通り、【焼肉 思食】でゲストが肉を焼くことはない。経験を積んできた熟練の焼き手がカウンターに立ち、ゲストの目の前にある焼き台で調理する。
最もおいしく味わえるように部位に応じて切り方を変え、それに適した火入れを施し、さらに物によってはゲストに提供する前に刷毛でタレをひと塗りする。ゲストは口に運ぶだけ。まさに鮨店と同じ流れだ。こうしてプロの技が行き届いた焼肉は、しみじみ味わい深い。
“韓国料理”と“焼肉屋”の2つの軸で季節感を演出
自家製の甘辛いタレと味わう焼肉はすき焼き風。低温調理によって粘度を増した卵黄にからめていただく。目尻が下がる味わいだ
【焼肉 思食】において革新的なアイデアは他にもある。ひとつは、焼肉以外の料理にもこだわりを見せるところだ。オーナーの木山氏が再び口を開く。
「従来の焼肉店においては、総じて季節感の演出が乏しかったのではないかと思います。あって、焼き物の野菜を変える程度。しかし、世界基準を目指そうと思ったら、それではいけない。最低限、四季をとらえていかなければ。そこで、お肉以外の料理に力を入れようと考えました」
裏の厨房には、料理人としてのキャリアを積み上げてきた人間が腕を振るう。現在、シェフを務めるのは、フランス料理の老舗【プティポワン】(※現在は閉店)やスペイン料理の名店【スリオラ】などで経験を積んできた岩井寛和氏である。今度は岩井氏が言う。
「料理を考えるうえで大切にしているのは、“韓国料理”と“焼肉屋”の2つの軸を外さないこと。そこに今までなかったという視点をどれだけ加えられるかが重要だと思っています」
焼肉の定番料理『ユッケ』はこんな洒脱なスタイルで
たとえば、取材した当日はまだ夏の盛りだったので、『ユッケ』はコーンや枝豆などの夏野菜と共に仕立てられてきた。まわりを覆うのはコンソメのフィルムである。
「じつを言うと、オーナーに再三ダメ出しをされて、ようやく完成した料理なんです。僕はどうしても野菜を入れたくなってしまうのですが、オーナー曰く『肉が主役でなければユッケではない。食べたときにユッケを感じなければ』。それを踏まえ、試行錯誤の末にこの形に落ち着きました」
実際、見た目は軽やかだが、口にしてみると肉の旨みが存在感を発揮している。単にイノベーティブであろうとするのではなく、あくまで肉のおいしさを伝えようとする姿勢が感じられる一品だ。
また、『チャプチェ』も実にユニークである。
【焼肉 思食】のチャプチェは春雨の代わりになんと……
韓国料理で大切にされている「五味五色」を取り入れつつ、春雨の代わりにフカヒレを用いている。味付けは、チャプチェならではの甘さはあるものの、後味はすっきり。「焼肉屋の料理にはタレを含めて甘い要素が多くなりがちですが、コースで食べていただくことを考えてバランスを取っています」とは、岩井シェフの弁だ。
「イノベーティブ」と称される料理を解釈するのは難しいのだが、【焼肉 思食】の料理にはひとつひとつに理由があり、その視線はしっかりとゲストに向いている。もしかするとそれは、オーナーの木山氏が真面目な“食べ手”であるからかもしれない。
それぞれが持ち場で力を発揮するチームワーク
写真右から【焼肉 思食】の厨房を預かる岩井寛和シェフ。焼き手の一人で、広尾などにある【東京苑】で経験を積んだ木村誠氏、オーナーの木山貴英氏、前述した焼き手の柳野友明氏
最後に木山氏は言った。「私ひとりでは、当然ながらこの店を成り立たせることができません。カウンターに信頼できる焼き手がいて、厨房にコンセプトを理解するシェフがいる。それぞれが持ち場で力を遺憾なく発揮できてこそ、お客様に納得していただける料理を提供できるのです。ひとつのチームとして一丸となって、日々、おもてなしをブラッシュアップしていきたい」。
人気のヒレ肉のカツサンド。肉の食感を最大限に表現するために、肉とパンのやわらかさを揃えるというこだわりよう
地に足を付け、焼肉の文化、韓国料理の文化を現代の感覚に即して発信する。【焼肉 思食】は、伝統的な焼肉という食のジャンルにおいて、新しい在り方を体現する存在と言えるだろう。これからどのように深化し、さらなる進化を遂げるのか。そして、焼肉店初の星を獲得するという目標を達成できるのか。しばらく目が離せそうにない。
この記事を作った人
撮影/岡本 祐介 取材・文/甘利 美緒(フリーライター)
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