コンセプトは和魂洋才。薪焼きスタイルのイノべーティブフュージョンレストラン【Métis】
パリ16区のレストラン【ラルケスト】の姉妹店として神楽坂にオープンした【L`ETERRE】、ミシュランの三ツ星出身の若手が腕を振るう同じく神楽坂のモダンフレンチ【Jfree】、そして、グランメゾンで研鑽を積んだ気鋭の料理人が注目を浴びる中目黒【tsugumi】等々。話題のフレンチが相次いでオープンしている今日この頃、また一つ、ユニークなレストランが産声をあげた。六本木の外れで人知れず始動していた【Métis】がそれだ。
店名の“Métis”とは、ギリシア神話に登場する知恵の女神のこと(女神アテナの母神)で、フランス語では、“混血”、“混在する”との意味もあるとか。その名の通り、同店のコンセプトは“和魂洋才”。和と洋、つまりは、日本の四季を彩る食材と伝統的なフランス料理の手法やフィロソフィーを融合、混在させることで'美食都市“TOKYO”の現在(いま)に即した革新的な美味を追求しようとしている。加えて、ここでは、近頃話題の薪焼きにもトライ。薪火+イノベーティブフュージョンのハイブリッドで新たな境地に挑むのは、15歳で飲食の世界に飛び込んだ鈴木昌嗣シェフ、39歳だ。
カウンターに立つ鈴木昌嗣シェフ。15歳で料理の世界に入り、20歳で渡仏。パリの星付きレストランでも研鑽を積んだ経歴の持ち主だ
「高校生の時、たまたまアルバイトをした鉄板焼き店での待遇がめちゃくちゃ良くて。それで、飲食の世界で生きて行くのもいいかな、と思ったんです。もともと、食べることが好きな家庭で育ったせいもあって、迷うことなく料理人への道を選んだ。」とは、鈴木シェフ。2005年、20歳の時に渡仏。フランスの一つ星レストランで研修した後、2008年に再渡仏。【ステラマリス】や【ジェラール・ベッソン】、【ラペルーズ】などパリの星付きレストランで3年間腕を磨いて帰国。【ケイスケマツシマ】の副料理長、【グローバルダイニング】の執行役員総料理長を経て2022年【Métis】の料理長に就任したキャリアの持ち主だ。
パリでクラシックなフレンチを学び、【ケイスケマツシマ】では南仏のエッセンスを身につけ、グローバルダイニングでは数多くのコンセプトに基づく料理やレストランを手掛けてきた鈴木シェフだけに、コースを彩る皿の数々も、実に多彩。フォアグラを忍ばせた温泉饅頭のような遊び心あふれる一品が出るかと思えば、ノイリー酒風味の白ワインソースで頂く『北海道産メヌケのポワレ』といったクラシックな皿も登場するなどコースの流れも手慣れたもの。『薪火焼きステーキ』というスペシャリテで魅せながら、脇を占める料理に隙がない。
アミューズ5品。右から『白レバーのムース 蜜柑のジュレ』、『和牛タンとフォアグラのルクルス』、『枝豆の冷製スープ』、『鮎のパテと西瓜のジェリー』『水茄子と豊後アジのタルィーヌ』など
中でも、鈴木シェフの基礎力の確かさを感じさせるのは、アミューズの『牛タンのルクルス』。ルクルスとはローマ時代の美食家で、古典フレンチでは、この名を冠した高級料理がまま登場するようだが、これもその一つ。従来のレシピでは、牛タンを燻製にし、フォアグラとミルフィーユ仕立てにするそうで、フランスはヴァレンシエンヌの名物料理だ。鈴木シェフは、これを現代に即した味にアレンジ。「牛タンは燻製にかけず、ポトフにして素材感を生かし、フォアグラもバターを加えず軽めに仕上げています。」とのこと。そのほか、旬の鮎を使ったパテとスイカのジュレ、昆布ウォーターをベースにした枝豆のスープ、茄子のシードでくるんだ鯵のマリネや白レバーのムースとみかんのジュレ等々、メリハリのついた味の構成も心憎い。
ハンバーグ状にまとめた粗挽き肉を生の状態から薪の直火にあて、薪の薫香をまとわせるよう、豪快に炙り焼く『ステックアッシェ』
料理が進むにつれて目の前の炎も勢いを増し、ゆらゆらと幻想的な趣を醸し出している。その燃え上がる炎に、鈴木シェフがおもむろにかざしたのは、大きな手付きざる。ざるの中には、ハンバーグ状の肉が置かれ、ざるをゆすりながら、豪快に炙ること数分。焼き上がったのは、薫香豊かなハンバーグならぬ『ステックアッシェ』。粗挽き肉で作るフランス風挽肉ステーキだ。ハンバーグと違ってパン粉などのつなぎは無し。味付けも塩、胡椒のみと至ってシンプルだ。肉はステーキと同じ黒毛和牛のクリミを使用。周りにはしっかりと焦げ目をつけつつも、中はベリーレア。外側のカリッとした食感と中の肉のねっとりと蕩ける旨みとのコントラストも魅力なら、付け合わせた卵黄による味変も楽しみ。洋でありながら、肉醤と味醂に8時間ほど漬けた卵黄が和な味わいに引き寄せている。
『ステックアッシェ』とは、フランス風挽肉ステーキのこと。肉醤と味醂を合わせたタレに付けた卵黄につけて食べれば、思わずご飯が欲しくなる
また、『長崎産真魚鰹炭焼き 吟醸酒粕 ディルガモット』も、和魂洋才のコンセプトに相応しい佳品。真魚鰹は、皮をパリっと焼き上げるべく薪火ではなく炭火で焼き、ソースは白ワインソースならぬ、フュメ・ド・ポワソンを煮詰めてバターで繋ぎ、吟醸酒粕を加えたもの。和とフレンチの要素が巧みに交錯する一皿だ。素材に応じて、薪火と炭火、そしてフライパンでポワレと熱源を様々にを使い分けるセンスにも注目したい。
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『真魚鰹の炭火焼き 吟醸酒粕ソース』は、魚料理のメイン的立ち位置
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フュメ・ド・ポワソン(魚のだし)を煮詰めてバターで繋ぎ、吟醸酒粕を加えたソースは、まさに和魂洋才を旨とした一皿
そして、いよいよクライマックスは『薪火焼きステーキ』。牛の産地は、その時々で最上のものを仕入れているため、銘柄は変わるが、変わらないのは、A5ランクでBMS12の黒毛和牛であることとクリミの部位を使うこと。クリミとは、牛の前脚上部で肩肉の一部。脂肪が少なく旨みが濃い部位だが、運動量が多い箇所だけに、通常は肉質も硬めになりがち。そこで選んだのが脂肪交雑が高い、肉質等級A5BMS12の牛肉というわけだ。「このクラスになると、クリミにまでしっかりとサシが入ってくるんです。」そう言いつつ、鈴木シェフがカウンターに置いたのは、見事なマーブル状の霜降り肉。ヒレかと見まごうようなこの肉塊がクリミで、これを、厚さ3cmにカット。冷たいまま薪火で焼き上げていく。
黒毛和牛BMS12の見事なクリミ。サシの入り具合は、まるでヒレ肉のよう。鈴木シェフによれば、「BMS12の黒毛でないと、腕肉のクリミにここまでサシは入らないんです。」
薪は、楢やさくらを使用。薄く焼き目をつけていくように幾度も返しつつ、時に火から外して休ませながら火を入れていく。肉にハリが出てきたら、焼き上がりだ
鈴木シェフによれば「10分焼いて10分休ませ、また10分。計30分ほどかけて焼きあげ、お客様にお出ししている。」そうで、一見、ウェルダンのような焦茶色の焼き上がりながら、ナイフをいれれば、鮮紅色の断面が現れる。口にすれば、しっかりとした歯応えながら舌触りはシルキー。噛み締めるほどに、滲み出る肉本来の旨みとジューシーさが味蕾を潤していく。その美味しさをストレートに味わってもらいたいと、ソースもその肉のだしジュ・ド・ブッフを使用。シンプルに肉ラバーの本能を満たしてくれる。
『熊本県産プレミアム黒樺牛BMS12クリミの薪焼き』。付け合わせは、山形県産のグリーンアスパラガス。周りはカリッと中はレアに焼きあげられている
〆めには薪の竈で炊いた羽釜ご飯が登場。といっても、白飯ではなく、サフランとフュメ・ド・ポワソンで仕立てるブイヤベース風の炊き込みご飯。粒々感を残したご飯の食感は、どこかピラフやパエリアを思わせる仕上がり。ホタルイカなど旬の魚介とのマリアージュも上々だ。
ボルドー大学醸造学部でワイン造りへの造詣を深め、名だたるフレンチの名店でシェフソムリエを務めてきた小笠原篤氏がセレクトしたペアリング10,450円~も見逃せない
コースに合わせたペアリング15,000円もあり、フランスワインを中心に黒龍などの日本酒を交えつつ、8種類ほどを楽しませてくれる。ちなみに、グラスシャンパンは2,500円~、グラスワインは2,000円~。
撮影/佐藤顕子 取材・文/森脇慶子
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