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更新日:2025.05.26グルメラボ

2025年「アジアのベストレストラン50」で発表された、世界の「サステナブル」アプローチ

もはや「サステナブル」は料理業界の指針の一つになりつつあります。昨年に続いて今年も韓国・ソウルで行われた「アジアのベストレストラン50」で、世界の注目レストランにおけるサステナブルへの取り組みを紹介するイベントが行われ、コンテンツ・ディレクターのウィリアム・ドリュー氏と、香港、マカオ、インド、マレーシアのシェフたちがそれぞれの取り組みについて語りました。世界が今、見ている「サステナブル」とは何か、その取り組みを探ります。

アジアのベストレストラン50

「アジアのベストレストラン50」(以下、50ベスト)では毎年、関連イベントとして、50ベストが選んだシェフたちに、メディアが直接話を聞くことができる「Meet the Chef(ミート・ザ・シェフ)」というイベントが行われています。これまでは自由に話を聞くスタイルでしたが、今回からテーマが設けられることになり、今回のテーマとなったのは「サステナブル」。アジア各地のさまざまな取り組みが紹介されました。
(※レストラン名の後ろには2025年の順位を記載)

香港【MONO(モノ)】24位

    【モノ】のリカルド・シャノンシェフ

    【モノ】のリカルド・シャノンシェフ

多くが輸入食材に頼る香港ですが、2019年に「世界のベストレストラン50」でNo.1に輝いた【Mirazur(ミラズール)】出身のリカルド・シャノンシェフのサステナブルなスタイルは、自らの店、コンテンポラリーフレンチ【モノ】で使う食材を、なるべく香港の食材で調達すること。

「香港の農業はまだスタートしたばかりで、どんなものがシェフに好まれる食材なのか、という基準を持っていない。そんな地元の農家が育てた食材をシェフ仲間で分け合い、味のフィードバックを行い、より良い農と食をつないでいる」そう。

シャノンシェフは10年ほど前に【ミラズール】で見た、日本の著名な学者でパーマカルチャーの先駆者として農業を営む福岡正信さんの動画をよく覚えていて、「完璧でないところに完璧さが宿る」という考え方に感銘を受けたと語りました。

「故郷のベネズエラでは、ファーマーズマーケットで買い物をしていた。歪な野菜が自然であるというのは幼い頃から知っていることで、福岡さんの言葉は、そんな記憶ともつながったそう。そんな、自然さを尊重する考え方をもっと世界に発信したい」と考えています。

自らのルーツとして南米からカカオを輸入し使いますが、可能な限りあらゆる部分を料理にし、端の部分はコンポストにするなどして、無駄を出さない循環型の食に力を注いでいます。

マカオ【Chef Tam’s Season(シェフ・タムズ・シーズン)】9位

    【シェフ・タムズ・シーズン】のタム・クオック・フンシェフ

    【シェフ・タムズ・シーズン】のタム・クオック・フンシェフ

マカオの【シェフ・タムズ・シーズン】のタム・クオック・フンシェフは、24節気をテーマに、マカオでの本来の旬の食材を大切にすること、さらにマカオの汽水域に住む魚の魅力を伝えることを大切にしています。週に5度ほど、店から車で15分ほどの場所にある海鮮市場に行き、季節感あふれる地元の魚を料理します。

「広東料理では、魚の加熱具合をとても大切にしていて、特に、加熱しすぎることを嫌うのです。マカオは汽水域で、魚の身が塩辛くなく、浅い場所でとれるので柔らかい。そんな鮮度の良い魚を軽く蒸して提供することで、魚の本来の味を感じてもらうことができる。マカオの魚の魅力を世界に発信したいです」と語ります。

また、タムシェフは以前シェフとしてオープンした【Jade Dragon(ジェード・ドラゴン)】をミシュラン三つ星直前まで育てながらも、「若い人を育てるために」と、2018年に現在のシェフ・タムズ・シーズンがある総合リゾート「Wynn Palace(ウィン・パレス)」に身一つで移籍した経緯があり、今回7年間かけて、チームを育てアジア9位のレベルに到達するまでの力をつけたという意味で、“人”のサステナブルに貢献するシェフ、ということもできるでしょう。

マレーシア・ペナン【Au Jardin(オ・ジャルダン)】100位

    【オ・ジャルダン】のキム・ホック・スーシェフ

    【オ・ジャルダン】のキム・ホック・スーシェフ

マレーシアの中でも、食の旅先として知られるペナン島。
「とはいえ、格安なストリートフードが人気の中心で、飲食業では生活が成り立たない上、『クールな仕事ではない』と、後継者が不足している現状がある」とキム・ホック・スーシェフは語ります。

レストランの魅力を伝え、業界に若者を惹きつけるのみならず、大量に収穫することに主眼が置かれていた野菜の質を地元の農家とともに追求するほか、地元の大学がペナンにつくった牡蠣とムール貝の養殖場と協働。店で使う食材の85%がマレーシア産で、65%が25km圏内で収穫されたものです。

レストランで農場についてのカードを渡し、希望する食事客には後日無料で農場などを案内することで、ペナンの食材についてより深く知ってもらうほか、地元の農家のモチベーションアップにもつなげています。

また、経済的にも成立するスモールビジネスのモデルとして、【オ・ジャルダン】と同じ食材で、フランス料理ではあまり使わない部位を活用した、小さな潮州風のお粥の店をオープンし、ビジネスとしての食のサステナブルも、若い世代にアピールしています。

インド・ムンバイ【Americano(アメリカーノ)】71位

    【アメリカーノ】のアレックス・サンチェスシェフ

    【アメリカーノ】のアレックス・サンチェスシェフ

一方、ムンバイのインターナショナルレストラン【アメリカーノ】は、街場のシェフの地位があまり高くないインドで、未経験者を教え、ワークライフバランスや職場環境を改善して、人に対するサステナブルなアプローチを行っています。

アメリカ出身のアレックス・サンチェスシェフは、インドに来た時に、飲食店スタッフの待遇に問題を感じたという。
「今はレストランでの労働時間はアメリカでは週に40時間、フランスでは週に35時間と決まっていますが、インドでは通常週6日労働で1日9時間、つまり週に54時間という店がほとんどです。私が料理を習った時代は、1日16時間働くのが当たり前の時代。でも、それでは今の若い人はついてきません。将来ロボットがサービスをするような時代になってほしくないなら、ちゃんと『人のサステナビリティ』を考えるべきです」。

チームはサンチェスシェフ以外全員がインド人で、週休2日、1日8時間労働を実現。忍耐強く教えたスタッフが別の店に行ってしまうこともあるというが、それは「十分に自信をつけ、ステップアップしたということ」とプラスに捉えている。とはいえ、待遇の良さと、敬意を持って接してもらうことで、多くのスタッフが留まり、「幸せなスタッフが醸し出す雰囲気」が、多くのゲストをリピーターにする秘訣だとサンチェスシェフは語っています。

「世界のベストレストラン50」
コンテンツ・ディレクター、ウィリアム・ドリュー氏

    ウィリアム・ドリュー氏

    ウィリアム・ドリュー氏

今回のイベントを受けて、コンテンツ・ディレクターのウィリアム・ドリュー氏は、
「かつて、サステナビリティはファインダイニングのメインストリームではありませんでしたが、今は50『ベストレストラン50』のDNAであり、素晴らしいレストランになるための中心となるコンセプトだといえます。

サステナビリティとは、環境や食材だけではなく、飲食業で働く人をどう扱うか、地域コミュニティとどのように関わるかも含まれます。地域やレストランのスタイルによって、どのようなサステナビリティを追求するかは異なり、今回の「ミート・ザ・シェフ」は、多様なサステナブルの追求を表現しようと考えられたものです。

今回の「アジアのベストレストラン50」のリストも、料理のスタイルや地域がこれまで以上に幅広くなったことに気づくはずです。アジアの伝統社会は、その言葉がなかったにせよ、多くのサステナブルな活動が行われてきました。今後の食はこれまで以上に体験化したことで、いわゆる高級食材を奪い合って争うのではなく、レストランと伝統社会がより接近したものになるでしょう。そして、高価な店だけでなく、より一般にアクセス可能な価格帯の店も増やしてゆく予定です」と語っています。

「農と食をつなぐ」「地元の旬の魚介類の使用」「若者への食の仕事への関心の向上」「雇用環境の改善」などのサステナブルなアプローチのみならず、再発見と時代に合わせた解釈による「伝統のサステナブル」も、これからの美食の一つのキーとなりそうです。

この記事を作った人

取材・文/仲山今日子

テレビ山梨・テレビ神奈川アナウンサーなどを経て、World Restaurant Awards審査員。ワインエキスパート、唎酒師資格取得。『料理王国』『専門料理』に連載を持つ他、国内外の新聞・雑誌に食と旅について英語と日本語で発信。世界約50ヶ国を取材。

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