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更新日:2017.03.05グルメラボ

古代から現代へ 万葉集に見る日本の食の原風景

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古代の人々の生活ぶりを知ることができる第一級の史料

 万葉集は奈良時代後期に完成した日本最古の歌集です。飛鳥時代から奈良時代の歌が4500首以上が収められ、全20巻で構成されています。編者については諸説ありますが、大伴家持が編纂したという説が有力です。

 万葉集の特徴は、作者を問わず優れた歌を収録していること。有名な歌人の歌だけではなく、天皇、貴族、下級官僚から防人(辺境防備のために徴兵された男性)のような庶民まで、さまざまな人の歌が選ばれており、作者不詳の作品も数多くあります。素朴で力強い庶民の歌は、広範な地域の生活習慣や方言など、当時の暮らしを知る貴重な史料ともなっています。

現代につながる食材も。バラエティに富む古代の食

 平安時代に編纂された古今和歌集以降、「風雅ではない」という理由で食べ物が詠まれることはほとんどなくなりましたが、生活に密着した万葉集では、食に関する歌も多く見られます。

醤酢(ひしほす)に 蒜(ひる)搗(つ)きかてて 鯛願ふ 我れにな見えそ 水葱(なぎ)の羹(あつもの) 

長意吉麻呂

<意味>
醤と酢に蒜をつぶしてまぜて鯛を食べたい。水葱の羹なんかはいらない。

 
 さまざまな食材が登場しますが、歌自体に意味はなく、宴会で「目の前のごちそうを題材に詠め」といわれて披露した、いわば「おふざけ」の歌のようです。万葉集に食べ物がよく登場するのは、宴の席で詠んだ歌がたくさん収録されているから、ともいわれています。

 醤は、大豆の発酵食品でもろみのようなもののよう。酢は現代と同様に酢を指します。蒜は、ニンニクやらっきょうなどの香辛性のある野草。水葱は水葵のことで、安価な野菜です。羹とは、スープ、吸い物を意味します。

 鯛をにんにく風味のもろみ酢でいただく、なんて…おいしそう! 鯛は古代からごちそうでしたし、ウナギは当時から滋養強壮によい魚として知られ、鮎もよく食べられていたようです。ダイダイ(柑橘類)、梨など、いまでも身近な食材も数多く詠まれています。

おいしいものを愛する人へ! 想いを込めて食を詠む


瓜食(は)めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものぞ 眼交(まなかひ)に もとなかかりて 安寐(やすい)し寝(な)さぬ

山上憶良

<意味>
瓜を食べれば子どものことを思い出す。栗を食べれば子どもがいとおしい。子どもはどこからやって来たのだろう。子どもが目前に浮かんで、なかなか寝つけない。


 これは収録歌中もっとも有名な食べ物に関する歌でしょう。万葉集には、こういった「なにかを食べて誰かのことを思ったり、誰かのために野草を摘んだり魚を釣ったり」という食べ物に想いをのせて詠んだ作品がほかにもあります。


戯奴(わけ)がため 我が手もすまに 春の野に 抜ける茅花(つばな)ぞ 食(め)して肥えませ

紀女郎

<意味>
あなたのために手を休めることなく、春の野で抜き取った茅花(つばな)ですよ。食べて肥ってくださいね。


我(あ)が君に 戯奴は恋(こ)ふらし 賜(たば)りたる 茅花を食(は)めど いや痩せに痩す

大伴家持

<意味>
あなたに私は恋をしているようです。いただいた茅花を食べても、ますます痩せてしまいます。

 
 茅花とは、イネ科チガヤ属の多年草・茅萱(ちがや)の花穂のことです。若い花穂には甘みがあります。やせ過ぎている彼氏の体を思ってスイーツを贈る彼女。「きみが好き過ぎて太れないんだ」と答える彼。なんともかわいらしい恋の歌です。好きな相手においしいものを食べてもらいたい、と願う気持ちはいつの時代も変わりはないようです。

 万葉集のなかにあるのは、いまのわたしたちと同じように、寝て起きて、働いて、食べて、泣いたり笑ったりしながら懸命に生きる人々の姿です。身近な食というものさしを通じて古代人のこころに思いを馳せてみませんか?

この記事を作った人

取材・文/塩川千尋(フリーライター)

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